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第二話

 学校の昇降口。靴箱の前にたどり着く。

「じゃあまた昼休みね。」

 華奈が小さく手を振りながらそう言った。

 俺と華奈はクラスが違い、靴箱は離れているのでいつもここで別れる。教室への方向は勿論同じだが、靴箱で一旦離れてクラスの友達に会うとそのまま一緒に教室まで行くことが多く、自然といつもここで別れるようになった。

 おう、じゃあ、と言おうと口を開いて、華奈に用事があったことを思い出す。『坂道を登ると』を返すんだった。

「あーちょっと待った。」

 手を止めて不思議そうな顔をする華奈。肩にかけていた学生かばんを開いてごそごそやり始めた俺を見て、やっとああ、と納得した声を出す。

 あったあったとかばんの中の『坂道を登ると』を掴んだその時、ふと妙案が閃いた。それは今の自分の気持ちを華奈に一番合った形で伝えることができる方法だった。なぜそう思えたのかはわからなかった。少なくともその時の俺は妙案だと思った。

 かばんの中の『坂道を登ると』を掴んで静止したまま、顔だけ華奈の方へ向き直る。華奈はかばんに突っ込まれた俺の手に一度視線を移し、その後再び俺の顔に視線を移して、訳がわからなさそうに苦笑いで首を傾げた。

「まだ借りてちゃいけないか?今日華奈の話を聞いて、もう一度読み直してみたくなった。」

 今考えた理由だった。まだ借りていたい、という気持ちだけは本当だった。

「いいけど…?」

 華奈はまだ腑に落ちないようで首を傾げたままだったが、俺がかばんから手を引っ込めるとなぜか納得したように微笑んで、わかった!じゃっ!と元気良く言い放って去っていった。華奈が何に納得したのかよくわからず、今度は自分の方が首を傾げる始末だったが、今の懸案事項は別にあったため、すぐにそんな疑問は頭の中から消え去った。

 木製で扉のない棚のような靴箱に、自分が履いてきた黒色のローファーを入れ、青のスリッパを取り出して履いた。ちらと他の靴箱にローファーがあるかないか一瞥し、今教室にいる人物を予測して廊下に出る。

 この高校は学年ごとにスリッパの色が違い、俺達一年生は青色、二年生が緑色、三年生が赤色となっている。だから廊下などですれ違う時でも何年生かはっきり区別がつく。だがそういったわかりやすい印がなくとも、やはり二年生や三年生というものは自分たちよりも大人びているように見えて、自然と区別がつくように思う。

 靴箱からのびる、中庭に地続きの廊下を抜けて、自分の教室のある校舎に移った。急にがやがやとした話し声が聞こえてくる。

 さて、どんな言葉を選ぼうか。華奈に気持ちを伝えるために。

 ある程度大まかに考えていた文章や言葉でも、いざ文字に起こそうとしてみると意外にもうまく繋がらないことに気づいた。自分の気持ちを伝えるための文章ではあっても、自分の気持ちが主題になる文章ではないから、そこに自分の気持ちを乗せることの難しさを実感する。

 南校舎に入った。教室が近づいてくる。紙に書いて情報を整理しながら考えるか、と一旦この思案は保留にした。

 南校舎一階の東から三番目。一年三組が俺の所属するクラスだ。校舎は四階建てで北校舎と南校舎があり、それぞれ西が教室棟、東が特別棟と言う風に、北校舎と南校舎を繋ぐ渡り廊下を区切りとして別れている。一年生八クラスは南北教室棟の一階にそれぞれ四クラス入っている。

 一年三組の廊下に面した窓と扉は全て開け放たれていて、話し声がまる聞こえだった。話し声とは言っても、聞こえてくるのは覚えのある一人の声だけだが。

 開け放たれた教室の後ろの方の扉からしれっと入る。自分の机は後ろから二列目の右から三番目だ。当の大きな声の彼は三列目の右から二番目、つまり俺の左前の席だった。前の席の友達と大きな声で話し込んでいるのを横目に、そうっと音を出さないように自分の席の椅子を引く。

 しかし彼は何を察知したのかこちらを振り向いた。そして嬉しそうにんまりと口角を上げる。くりくりと良く動く目がピエロの仮面のように弧が上を向いた三日月を形取る。

 見つかった。

「お!かっちゃん!おはよおはよ!!」

 耳を塞ぎたくなるくらいの大きな声の彼、遠藤は前の席の竹谷をほっといてこちらに身を乗り出してくる。水族館のイルカショーで水槽からステージに這い上がってくるイルカのようだった。彼の短く丸められた頭とその感情豊かな表情には人懐っこさが溢れていて、友達も多くクラスや彼の所属する野球部では中心的な人物である。

「かっちゃんおはよー。」

 前の竹谷も遠藤の後ろからひょっこりと背を伸ばして、いつもの解けた笑顔で話しかけてくる。ゆるくパーマのかかったミディアムヘアが似合う竹谷は、遠藤のようにガンガン人に話しかけるタイプではないが、いつでも人当たりの良い笑顔で話を聞いてくれる良い奴。

「おう、竹谷おはよ。」

 竹谷の方だけを向いて返す。すると笑顔の竹谷の視線は遠藤に移り、口角だけが少し下がった。苦笑い。

「あれ?あれ?かっちゃん俺は?俺は?俺今挨拶したよね?」

 遠藤が即座に自分を指さして無邪気に顔を近付けてくる。

「悪い、気がつかなかった。」

「いやいやいやいや竹谷見る時絶対視界に入るよね!?一メートルも離れてないし声が聞こえなかったとかあるわけないよね!?」

「悪い、気がつかなかった。」

「あっ、もしかして、俺のこと忘れた?かっちゃん大丈夫か?俺だよ俺俺、遠藤だよ?坊主でいつも元気な遠藤だよ?思い出した?OK?」

「悪い、気がつかなかった。」

「おまえは壊れたロボットか!竹谷~かっちゃんがいじめるよおおお。」

 盛大にツッコんだ後、おーいおいおいと両目に腕をあてて嘘泣きをする遠藤に、苦笑いの竹谷がいつもの冗談だよ、かっちゃん気づいてるから、大丈夫だってと言いながら肩を擦っている。良い奴だ。

 まばらにいるクラスメイトもくすくすと笑っていて、遠藤が作り出す和やかで心地の良い雰囲気はいつもの通りだった。

「ところでかっちゃん、聞きたいことがあるんだ。」

 いつの間にか嘘泣きをやめて真面目な顔になった遠藤が、獲物を狙う鷹のような鋭い目つきで俺を見据えてきた。顔から豊かな表情が消え、何を考えているのか読み取れない。ていうか立ち直り早えよ。

「なんだ。」

 近くにたくさんのクラスメイトがいる教室のど真ん中で、遠藤はこれから何を聞くつもりなのかと、数瞬いくつかの想像が浮かびあがる。その中で一人浮かんだ顔。少しだけみぞおちに感じる圧迫感。時間の流れが遅く感じられる。周りのクラスメイトもそのただならぬ気配をはらんだ問いに耳をそばだて、教室内には緊張感が充満していた。

 遠藤はその表情のまま、ゆっくりと口を開く。

「今朝アップロードされてたRe:ENDの新曲PV見た?今回の新曲、俺の大好きな愛歌ちゃんがセンターでさ~もう本当に朝から元気もらったわ!最高!」

「……。」

 そんな珍しく真面目な顔でアイドルの新曲PVの話とかすんなや!

「…いや、見てない。そもそもそんなに好きじゃねえし。」

「あれ?そうなの?でもかっちゃんの『そんなに好きじゃない』って『まあまあ好き』くらいでしょ?言動と本音に齟齬あるタイプでしょ?」

 ちょっと訳がわからない。わかりたくない。

「いやーでも愛歌ちゃんの推したくなるところって、スタイルとかその美貌とか面倒見の良さとか心配りのでき方とか、」

 まあでも、こんなぞんざいに扱うのが常な遠藤にも、個人的にはものすごく感謝していたりする。

「アイドルというより女性としての高い魅力を持ち合わせていながら、その女性らしさを自分のためだけに使うんじゃなくて、」

 俺はこんな寡黙な性格だから、すぐに人と仲良くなれる人間ではなくて、長い時間をかけてゆっくりと関係を結んでいくことしかできない。まだ生まれてから十六年しか経ってない身で何をとは言われそうだが、今のところ努力虚しく変われている実感はない。

「彼女自身、私にはアイドルっていう職業しかないから、みんなに愛される最高のアイドルになりたいって思いを持ってアイドルやってて、」

 そんな、うまく自分を出せない自分が、一年でクラスが変わっていく学校で作れた友達というのは、中学でもほんの数人だったりする。まあこれは当然だとは思うけれど、人間とは欲深いもので、自分にないものを持つ人が羨ましくなって、俺は遠藤みたいなやつを苦手に感じるようになったり、ひいては嫌いになったりもしたものだ。

「一見クールビューティーな彼女が、そうやってストイックに自ら理想とするアイドルになるために努力し続けているその熱意とひたむきさのギャップに、俺は心打たれたんだ…。」

 しかし遠藤は、この傍若無人で天真爛漫なお喋り野郎は、直感か何か知らないが俺の性格を見抜いた上で俺に関わってくれて、俺の個性を良くも悪くも引き出して晒してくれた。このおかけで、引っ込み思案で寡黙な自分でも、普通に話をし、笑い合える(自分は笑っていないかもしれないが)友達ができた。

「一年くらい前に、ダンスの練習のし過ぎで膝を壊して、復帰できるかわからないって告げられた時は、何でそこまでするんだってちょっとその性格を恨んだりした…。でも彼女は帰ってきたんだ…!熱意が彼女にそうさせたんだ!それが彼女なんだって思い知った。僕がバカだったんだ…。」

 ちょっと待て、この感じ、どこかで…。

 突然、デジャヴのような憶えのある感覚が降ってきた。遠藤のような人柄、今までにも感じたことがあるような気がする。かっちり当てはまるのが誰だったか、どうにもうまく思い出せない。

 どうしても思い出したくて、方法を変えてみる。自分と関わりのある人間の人柄から誰だったか思い出すことにした。そうやって始めて、答えは一人目で出た。

「でも正直最初は、みんなに愛されるアイドルになるって思いの愛歌ちゃんを、俺自身がそのひたむきさで推しとするのは愛歌ちゃんへの裏切りなんじゃないかと思った時もあったんだ…。」

 そう、華奈だった。遠藤のような人柄、ではなくて、遠藤に華奈のような人柄を感じていたのだった。友達が少ないせいもあってか、我ながら自分の中で華奈の占める割合が大きすぎることを思い知る。

「だけど、半年前に握手会に行った時にそのことを伝えたら、『理由はどうあれ、私を選んで応援して下さる事がとても嬉しいです!またいらしてくださいね!』って言ってくれて、本当に愛歌ちゃんを推してて良かったと思ったよ…、そしてこれからもずっと応援しようって決めたんだ…。」

 小学校の頃の俺と華奈を思い出してみれば、昨日の大回想での「二人いてやっと普通の子供らしくなれた」という言葉もあながち間違いではなかったと思う。華奈は他の友達に対するいたずら心を、感情が表情に出ない俺で大きく消費していたし、俺も華奈を通して個性が表に出て、小学校くらいまではそこそこ友達がいたように思える。

「どうだかっちゃん!愛歌ちゃん、アイドルとして最高だろ!?応援したくなっただろ?今度さ、新曲のリリースイベントで近くに来るんだ!一緒に行こうぜ!」

 華奈はいたずらの度に俺を連れ出していた。華奈はいたずらに引っかかって泣く友達を見ては毎回無邪気に笑っていたが、気の毒に思った俺は『華奈がごめんね、大丈夫?』と毎回謝る係をしていた記憶がある。その頃から仏頂面は健在だったから、一旦『ひっ!』と怯えられてから『うん、ありがとう…。』と言われていたのだった。

「竹谷にもさっき愛歌ちゃんの良さを教えて誘ってみたらノリノリでさ!かっちゃんも一緒に三人で行こうぜ!」

「いや僕その日部活の試合で行けないって言ったと思うんだけど…遠藤君…。」

 それにしても、今考えれば華奈は友達の女の子たちによくいたずらを仕掛けていた訳で、その女の子たちに手を差し伸べていた自分が少しくらいモテてもおかしくはないと思うのだが、そんなことはなかったことを考えると、当時の華奈の女子への影響力もしくは俺と華奈の二人組のイメージの強固さを疑わずにはいられない。

「あ、そうだっけ、まあいいや!じゃあ二人で行こうぜかっちゃん!昼の十五時からなんだけどさ!行けるだろ!?」

 そういえば、先生に怒られる時は何故か華奈と自分がセットだった。当時は本当にいい迷惑だと思っていたが、今考えてみるとそのおかげで自分が得られたものも大きかったと気づく。高校に入ってからは昔のいたずら好きは鳴りを潜めていたようだが、再び仲良くなって、時たま今朝のように仕掛けてくることもある。彼女曰く何事にも動じない俺はラスボスなのだと。

「かっちゃん!聞いてるか!?なあなあ、行こうぜ!暇だろ!?」

 勿論彼女を好いている自分からすれば、至極嬉しいことだが、彼女が果たしてどんな気持ちで自分にいたずらしているのか考えてしまうと、その日の脳内はその事で寝るまで支配されてしまったりする。答えがない問いほど、残酷なものも無い。

「あれ?ちょっとかっちゃん、聞いてる?あれ?かっちゃん?」

 ゆさゆさと遠藤に肩を揺さぶられて、遠藤が何か言葉を期待した顔をしていることに気づいた。

「ちょっとかっちゃん聞いてた?」

 まあどうせ大したこと喋ってないだろうと、ああ、うん聞いてた聞いてたと適当に返事を返しておく。

「で?リリースイベント行く?」

「行かん。」

 何のアーティストか知らんがお前とは行かん。うるさくてかなわん。

 遠藤がええーと大層大きな不満を漏らしたと同時に、朝のHRを告げるチャイムが鳴った。同時に前の扉からは担任が入ってきて、教壇の前に立つ。廊下からはバタバタと騒々しい足音が聞こえて、チャイムが鳴り終わるまでに何人ものクラスメイトが教室の中になだれ込んできた。

「はい、朝のホームルームを始めます。」

 初老でいつも柔和な表情の担任がHRの開始を告げると、遠藤は小声でまだ諦めないからな!と言いながら担任の方に向き直った。竹谷も気まずそうに笑いながら前を向く。

 担任はクラス全員の出席を確認すると、いつも通り本日の時間割の確認や連絡に入った。並べられる自分にとって重要度の低い情報に、次第に担任への注意は薄れていく。そして浮かび上がったのは、今朝の記憶。

「あの二人は、きっと付き合っても別れちゃうと思うんだ。」

 バスの窓際の席に座った華奈は、流れる外の景色をぼうっと眺めながら言った。

「あの二人は、三年間の高校生活でいろんな出来事を経験して、その中で多分お互い惹かれ合って、お互いの醜い部分を垣間見た時も苦しんでそれを受け入れて、全部二人で乗り越えてあの結末だったよね。きっとあの告白で、やっと二人は事実上恋人になって付き合っていくと、そこは私もそう思う。でも、おそらくその途中、お互いの嫌な部分を見つけた時、あの物語でそうしたように、好きな気持ちが続く限り苦しんででも受け入れて、受け入れ続けて、最後には一杯一杯になって別れてしまうと思うんだ。『受け入れる』って言葉、とても綺麗で良心的な言葉に思えるけど、私は違うと思う。それは『許す』ってことと同義で、何を許すかって言ったら、この物語では、『怠惰』。凪沙は自分の直情さを受け入れることにずっと苦しんで、男の子はそんな凪沙を受け入れて、自分自身を認める、それこそ許す手助けをしていた。けれど、彼らは、醜い自らを変えようとはしなかった。それが『怠惰』。お互い嫌だな、と思う部分を変えずに相手に任せて受け入れてもらうって、すごく無責任なことじゃない?一度そうなった時点で自分を変える努力をして、今後相手に嫌だなって思わせる回数を少しでも減らせるようにしなきゃ。」

 華奈はバスの窓に映る外の景色から目を離さずに言い上げた。長い長い独り言のようだった。そして自分に言い聞かせているようでもあった。

 あー。と華奈は何かに気づいた顔でこちらを振り向いた。苦笑いだった。

「ごめんまた熱くなっちゃったや、それに、かつとの考えを否定しちゃってごめんね。」

 あははと珍しく弱々しい笑いを漏らした華奈に、別にいい、と返す。

「さすが、愛読書なだけあるな。」

「そりゃあもう。何年もかけて読み返してるからね。」

 腕を組んで得意気に笑う華奈。そう、その顔が一番華奈らしい。

 華奈が語った結末は、自分にとっては聞きたくない結末だった。けれど、そこまでショックではなかった。それは多分、俺があの物語と自分の恋愛を重ねていたからだ。華奈が語った物語とその結末は、同じ文章を読んで想像したものとは思えない程に自分の想像とかけ離れていた。自分の恋愛を重ねる余地はなく、無情な程の現実感があった。

 むしろそれより印象深かったのは、受け入れることは相手の怠惰を許すこと、という華奈の言葉だった。今まで好きなように生きてきた自分はそんなことを考えたことすらなかったし、おそらく受け入れることより受け入れられることが多かったという自負はあるので、少し耳が痛い話だった。それに加えて気になったのは、華奈がそういう悟ったような考え方になった要因だった。少なくとも小学校の頃は、そんなことを考えるよりも次はどんないたずらを仕掛けてやろうかと考えていそうではあった。そもそもそこまで本を好んで読んでいた記憶はない。何かあったとすれば、それは中学の頃だった。

 俺が知らない華奈の過去。他人に関して無関心な自分にとっては珍しい、知りたい、という欲望が沸き起こっていた。今なら、今このタイミングで聞けばおそらく華奈は答えてくれる。ぽつぽつと、これから強く降り出しそうな小雨のように、俯いて、感情を押し込め少しずつ絞りだすように言葉を繋げる華奈の姿が思い浮かぶ。そんな雰囲気だった。

 だが、聞いてしまうことで何かが悪い方向に変わってしまうように思って、その踏ん切りはつかなかった。知ってしまったら、知らなかった頃には決して戻れない。話を聞いた程度では気持ちは揺らがない自信があったが、変わってしまう可能性があるのは決して自分だけではない。そして何より、自分には話を聞くこと以上にできることがないと感じていたからでもあった。自分の性格上の無関心がここで牙を剥く可能性は高く、相手にどんな気持ちを抱かせるか、例え幼馴染の華奈でもわからなかった。何か応じて行動を起こすにしても、慰めればいいのか、励ませばいいのか、共感すればいいのか、ずっと人間関係を蔑ろにして自由に生きてきた自分には難しい問いだった。

 華奈もそれを悟っていたのか、それ以上は何も言わず、学校に着くまで小さく鼻歌を歌っていた。

 さて。

 今朝思いついた告白の方法には、言葉の他にもいくつか必要なものがあった。今用意できるものもあれば店で買う必要があるものもあり、準備できる望みが低いものさえあった。

 チャイムが鳴る。いつの間にか担任の話は終わっていて、一限目が後五分で始まるという合図のチャイムだった。俺はかばんに入っている勉強道具を机の引き出しに移し、またそこから一限目の教科書とルーズリーフ、筆入れ、そして『坂道を登ると』を机の上に取り出した。

 今できること、まずは言葉から。今日の授業時間、帰宅してからの時間、全て使って練り上げる必要があった。まずは、と言っても「告白」という行為においての要であることは間違いない。ここで示したクオリティが、結果を左右すると言っても過言ではない。

 細長い黒の筆入れから、ボールペンを取り出して握る。俺はアイデアを出したり考え事をまとめる時はいつも紙にひたすら書き連ねる。単に次から次に考え事をしていると思いついたことを忘れてしまうことがあるからだが、脳に記憶することも放棄させて考えることだけに専念させた方が、より良い案が浮かぶような気がするからでもある。

 さあ、書き出しはどうしようかーーー。



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