決闘
「悩みごと?相談に乗ってあげるわよ、ぼうや」
モリルがぶつぶつつぶやきながら歩いていると、鎧戸の張り出し部分に気怠げに横たわる雌猫が声をかけてきた。
「ぼうやじゃないよ」
モリルはちらりと彼女のほうを見ただけで通り過ぎようとした。
「女性関係の悩みね。ぼうやにはちょっと早いかな」
雌猫のくすくすと笑う声に振り向いたモリルは、妖しく光る琥珀色の瞳と目が合い思わず見入ってしまった。
雌猫はほれぼれするほどの見事な毛皮のトラ猫で、全身を覆う鈍い金色と濡れたような艶やかな黒の縞模様が浅い呼吸にあわせて妖しくうねり、じっと見ていると頭がくらくらしてくる。
モリルは密の滴る蘭の花に吸い寄せられる蜂のようにふらふらと雌猫のそばへと近づいた。
「どうしたの、ぼうや。悩みを打ち明けてごらんなさい」
雌猫の声が耳の奥を心地よくくすぐり、モリルの脳味噌は真綿でくるまれたようにぼうっとなった。
「女の子たちのことがよくわからないんだ。おれにちょっかいをかけてくるかと思えば不機嫌になったり。何かして欲しいことがあるならはっきり言えばいいのに」
「彼女たちはかまって欲しいだけなのよ」
「でも、おれが誰かをかまうとほかの子たちが不機嫌になるんだ。みんなには仲良くしてほしいのに」
「うふふ。あなたは優しいのね。それは嫉妬というものよ。甘いミルクはひとなめしただけでは満足できないの。ぜんぶ独り占めしたいって思うものなのよ」
雌猫はそういって舌を小さく出して口元をちろりとなめた。
モリルの背中にぞくりとしたなにかが走り抜けた。
「そうね。あなたはひとりしかいないんだし、全員に平等にというわけにはいかないわ。どうしても誰かひとりを贔屓してしまう。ならいっそ、私を選んでみる?」
「えっ?」
「ふりだけでいいのよ。私を選んだとみんなが思えば、みんなちょっかいを出さなくなるわ。みんなが平等になるにはそれしかないわね」
いつの間にか雌猫の近くに伏せるようにしていたモリルの背中をトラ猫のしっぽがくねくねと渦を描きながら撫でていた。
「うん、そうだね。でもおれ、どうふるまえばいいのかな?」
モリルは背中を撫でる感触に目を細めながら言った。
「いつも私のそばにいればいいわ。そして私を守るの。騎士って知ってる?」
「人間の兵隊の偉い人でしょう?」
「そうね。でもただの兵隊じゃないの。騎士は貴婦人を守る誓いを立てるのよ。そして貴婦人の名誉のために命を投げ出すの」
「貴婦人・・・名誉・・・うん、騎士になるよ。おれはあなたの騎士になる」
「モルガンよ、私の名前。すてきだわ、あなたのような騎士に守られるなんて」
「おれもあなたのようなレディの騎士になれる名誉にあずかれて光栄だよ、モルガン」
それからはモリルはいつもトラ縞の雌猫といっしょにいるようになった。
若い雌猫たちはモルガンがモリルの目を盗んで放つ鋭い視線に怖じ気付いて近寄れなかった。
モリルは毎日のように捕まえた獲物をモルガンの元へと運んだ。
「すばらしいわ、モリル。さすが私の騎士ね。でも次からはネズミじゃなくて小鳥がいいわ」
「私、あの陽向であなたとくつろぎたいわ。居座っている連中を追い払ってくれる?モリル」
「あいつが私の悪口を言っていたのよ。懲らしめて、モリル」
モルガンの要求は次第に独りよがりになっていったが、モリルはモルガンがたたえる言葉に酔いしれて言われるがままに従った。
「ちょっとあなた、いい加減にしなさいよ」
はじめのうちは悲しそうな目で二人を見守っていたベスだったが、エスカレートするモルガンのわがままに、ついに堪忍袋の緒が切れてしまった。
「若いモリルをどう丸め込んだのか知らないけれど、大人としてはずかしくないの?」
「丸め込んだなんて人聞きの悪い。モリルは自ら進んで私の騎士になってくれたのよ。ねぇ、モリル」
「ああ、おれはモルガンの騎士だ。モルガンを侮辱することはたとえベスでも許さないぞ」
「目を覚まして、モリル。あなたはこの女にだまされているの。なぜわからないの?」
「あら、私のことを『この女』呼ばわりだなんて。侮辱だわ」
モルガンが芝居気たっぷりに嘆いてみせる。
「言ったはずだ。たとえきみでもおれのレディを侮辱することは許さないぞ」
モリルはそういってベスの前に立ちふさがった。
「どうして?なぜ・・・」
「うるさいっ。何度も言わせるな」
モリルは威嚇するように前足で地面を叩いた。
びくっと身をすくめたベスの両目にみるみる涙がこみ上げてきた。
ちょっと怖かったのと情けなさと悔しさと悲しさとが胸に渦巻いて何も言えない。
ベスはわっと泣きながら身を翻しその場を走り去った。
「ふん、小娘が。いい気味。さ、行きましょうモリル」
「ああ」
モリルはモルガンに付き従いながらももやもやしたものが胸に溜まっていった。
広場をあとにしようとした二人をしわがれ声が呼び止めた。
「女子供相手にずいぶんと威勢がいいじゃないか、小僧」
建物の影からモルガンと同じトラ縞の雄猫が現れた。
「トビー、あんた・・・」
「火遊びはそこまでだ。この尻軽女」
「ふん、あんたにそんなことを言われる筋合いはないね」
「知り合いなの?」
モリルはトビーとにらみ合った視線をはずさずに聞いた。
「知るもんか。こんなロートル」
モルガンはいつのまにか蓮っ葉な口調になっていることにも気づかずに言った。
「そんなことも知らないのか、小僧。そいつぁ、おれ様の女房だ」
「えっ?」
モリルは思わずモルガンを見返した。モルガンはモリルに目もくれず、トビーを睨んでいる。
「浮気しておいて、よくも私のことを女房だなんて呼べたもんだね」
「猫の世界に浮気もくそもあるかい」
「ふん、その言葉、そっくりあんたに返してやるよ。猫の恋愛は自由なんだ。いつまでも亭主気取りでいるんじゃないよ、この唐変木」
「なんだと?このあばずれめ」
モリルはにらみ合う二人の間に分け入って言った。
「さっきからおれのレディに失礼だぞ」
「なんだ、小僧。おれさまとやり合おうってのか?」
トビーの目が細くなる。
「レディの名誉を守るのが騎士のつとめだ」
「けっ、尻の毛も生え揃わないガキが、決闘の意味も分からずに何言ってやがる。いいだろう。いつか生意気な城猫の小僧に教えてやろうと思っていたからな」
「ふん」
「人の女房に手を出して無事にすむと思うなよ、小僧」
いつの間にか二匹はふーっと背中の毛を逆立てぐるぐると円を描いて回っていた。




