恋の季節
雌猫たちは今年現れた期待の新星に色めき立っていた。
恋の季節にはまだ早く、モリル自身まだ幼さの残る少年にすぎなかったが、モリルが歩く姿を見ると雌猫たちはそわそわと落ち着かなくなった。
中には賞賛の声を送ってつきまとうものもいた。
とくに、まだ恋の季節を経験していない若い雌猫たちは、まだ見ぬ大人の世界への憧れと神々しいまでのモリルの雄の姿を重ね合わせてうっとりと見惚れた。
そういったものたちがモリルを囲む取り巻きを作っていた。
モリルも悪い気はしないので、彼女たちの賞賛のため息に包まれながらじっと優雅なポーズをとり続けることを楽しんでいた。
やがて昼が一番長い季節がやってきて、猫たちにとって今年二度目の恋の季節を迎えた。
モリルは未だ少年の域を出ず、恋には無頓着のまま狩りにいそしむ生活を送っていた。
だが、雌猫たちはモリルを放っておいてくれなかった。
いままでも熱い視線を送っていた雌猫たちはあからさまな挑発を行うようになり、若いモリルをおおいに戸惑わせた。
「なんだか、女の子たちの様子がヘンなんだ」
困ったモリルはマリルに愚痴をこぼした。さすがに母親には相談しづらかったらしい。
「ほうっておきなさい。あなたや私がまだ子供だということは、みんなわかっているのだから」
「じゃあ、なんであの子たちはヘンなちょっかいを出してくるのさ」
モリルは子供と言われて少し気分を害したのか、口をとがらせて言った。
もっとも、自分がまだ子供であることには自覚があったし、いくら狩りの実績があってもどうにもマリルにかなわないところがあって、それ以上文句は言わなかったが。
「彼女たちはみんな、今年初めて恋の季節を迎えるものたちなのよ。初めての恋でどのように相手を選んだらいいのかわからないものだから、あなたにちょっかいを出して試しているのだわ」
マリルは自分よりも年上の雌猫たちのことを、まるで生徒について語る教師のような口調で言った。
「うへぇ」
モリルはげんなりとした。
かといって、自分を取り巻く雌猫たちに冷たく当たることはできなかった。
生まれつきの才能に恵まれたモリルは多少天狗になっているところがあったが、しかし同時に、弱いものを助け女性を敬うというまっとうな正義感も備えていた。
雌猫たちもそんなモリルの紳士的な面に甘えているところがあって、まだ恋の資格のないモリルにちょかいをかけて楽しんでいるのだった。
「恋か。恋ってなんだろうな」
モリルは雌猫たちを避けて、同世代の雄猫の仲間たちと一緒に城の一角の屋根にいた。
最近は大人たちの様子がおかしいので、若い猫たちは大人の集まる場所を避けてたむろしていた。
「なんか、甘くって、すっぱくって、こう、じっとしていられなくものらしいよ」
仲間の一匹が言った。
「女たちを取り合って戦うんだろう?そんで、やっとの思いで勝っても、女に認めてもらえなきゃ結局なんにも手に入らないそうだ。なんか、男のほうが損じゃないか?」
別の一匹が言った。
「ふーん」
モリルは、要領を得ない様子で相づちを打った。
「そりゃあ、おまえはよりどりみどりだろうけどさ」
先ほどの仲間が不満げにいう。
「いや、おれだって選ばれるかわかんないし」
「うわー、嫌味だねー、こいつ。おまえが選ばれないんなら、おれたちなんてどうすりゃいいっつーの」
仲間がしっぽを振り回して不平を言う。
「ま、おまえの場合は、誰を選ぶのかっていう問題だよなー。おまえ、一人にしぼってくれよ?そうでなくても、おれたちには年上のきっついライバルがいっぱい控えていてたいへんなんだからな」
「なあ、誰か気になる子とかいないのか?」
さきほどまで、やいのやいのと言い合っていた雰囲気とは打って変わって、仲間たちが聞き耳を立てるようにして注目している。
「気になる子なんているわけないじゃないか。恋がなんだかもわからないんだし」
「ベスなんかどうよ?前はいつも一緒だったじゃないか」
「えー?あいつ、男みたいだし。それにいっつも小言いってくるし」
「おまえは実力のわりに、ボケたところがあるからなぁ」
「ぼんぼんだもんな」
「うるさいなー、もう」
「へへへ、俺たちはみんな、おまえのそういうバカ正直なところが気に入ってんだよ」
「なんだよ、上から目線な言いぐさだな」
「しっしっし、こんなことでもなきゃ、おまえに上から物事をいう機会もないからな」
仲間がにやにやしながら言った。
「ぬかせ」
「ああ、恋かぁ。どんなだろうなあ。早く恋してえ」
「ばーか」
モリルは仲間たちと他愛のない話をしながら、やっぱりよくわからないなと思った。
女の子たちを避けて屋根を縁を歩いていると、バルコニーのひとつで毛繕いをしているベスを見つけた。
彼女はなにやらぼんやりと考え事をしている様子だった。
そうだ、あいつも女の子なんだし、この騒ぎがどういうことかわかるかもしれない。
よし、あいつに聞いてみよう。
モリルは屋根の縁からバルコニーに飛び降り、ベスに話しかけた。
「なあ、恋って何だと思う?」
「!」
ベスは驚いて思わず逆立てそうになった背中の毛を懸命に落ち着かせた。
せっかく手入れした毛皮が台無しだ。
「あんた、一体どこから現れたの?」
さっきまで毛繕いをしながら思い浮かべていた相手が、突然目の前に現れたことに動揺を隠せずつい大声になる。
そんなベスの焦りに気づく様子もなく、モリルは質問を繰り返た。
「なあ、恋って何だと思う?なんで女の子たちはおれにヘンなちょっかいをかけてくるんだろう」
「なっ、それをあたしに聞くの?」
モリルは、突然顔を真っ赤にして怒り始めたベスの剣幕に目をぱちくりさせた。
「・・・」
「ふんっ」
ベスはそのまま、ぷりぷりと怒りながら行ってしまった。
「やっぱりわかんないな。女って」
それにしても、ベスはなんであんなところで一人で毛繕いしていたんだろう。




