蔵猫
城の一角に穀物倉がある。
穀物倉の奥には地下室があり、蒸留酒をいっぱいに詰め込んだ樽がいくつも置かれていた。
蒸留酒は何年も寝かせて、琥珀色のウィスキーになる。
この辺境の地で、極寒の冬を越すにはなくてはならない必需品であり、とくに人間の男たちにとっては魂の水と讃えられるほどのものであった。
「やっぱりモリルはすごいな」
「さすが、城猫さまのご子息だ」
「今月に入ってもうふたケタだって?今年産まれたばかりなのにな」
蔵の管理を任されている男たちが、作業の手を止めずに世間話に興じている。
「しかしさ、そんなにたくさんネズミがいるって言うのもどうかと思うぜ」
「そうだな。こんなに猫がいるのにな」
城猫を奉る国はもちろん猫にとって住みやすい場所で、城下町を含めて至る所に猫の姿を見る猫の国でもある。
「領主さまはネズミの駆除は猫たちに任せるっていう主義だからな」
「毒でも撒いちまえば手っ取り早いのに」
「おいおい、そんな台詞、領主さまの前で口にしたらだめだぞ。こっちがクビになっちまう」
「それに、ここにはトビーっていう、立派な蔵猫がいるじゃないか」
蔵猫とは、蔵に居着いている猫のことで、ネズミやハトなどの害獣から蔵を守る役割を任されている。
とくに醸造所の蔵猫は、城の男たちからも愛され頼りにされる、城猫とはまた違った意味で特別な存在だった。
トビーは黄褐色の毛皮に焦げ茶色の縞模様が美しい、どっしりとした体格のトラ猫だった。
「けどさ。モリルがあんなにたくさんのネズミを捕まえられるってことはさ、トビーがさぼってるってことじゃないのか?」
蔵の入り口に置かれた、陽の当たるオーク樽の上で昼寝をしていたトビーの耳がぴくりと動く。
「モリルが蔵のほうを担当してくれないかな」
「さすがに、城猫さまに蔵の番をさせるわけにはいかないだろう」
「それもそうか」
トビーは薄く目を開けて、男たちのほうをにらみつけた。
「トビーはきちんと仕事をしているさ。さぼっているのは、おまえたちのほうじゃないのか?おしゃべりスズメども」
太陽を背にして、蔵の入り口に小柄な年輩の男が立っていた。
「勘弁してくださいよ、親方。ちゃんと手は動かしてますって」
口々にいいわけをしながら、男たちは身を入れて作業のペースをあげた。
とたんに慌ただしくなった蔵を避けるように、トビーはのっそりと身を起こして歩み去った。
モリルが初めてネズミを捕ったのは、まだ乳歯が生え替わらない子猫の時分だった。
もともと体は城に住む猫たちの間でも大きいほうだったし、しなやかな身のこなしはまさしく天性の狩人というべきものだった。
モリルは、じっと獲物を待つ辛抱強さと、計算された軌道で飛びかかる鋭さと、相手の動きに瞬時に対応する反射神経を備えていた。
それは誰からも教えられたものではなく、生まれつきの才能だった。
モリル自身も狩りを心から楽しんでいて、うまくネズミや小鳥をしとめられた日は上機嫌だった。
モリルはたいてい狩りに成功していたので、つまり彼は毎日上機嫌だった。
同世代の雄猫の仲間は彼をリーダーとしておもねり、大人の雄猫たちは将来のライバルとの格付けを避けて、触れないようにしていた。
勝てない相手と競っても仕方ない。
雄猫たちはあきらめにも似た憧憬をもってモリルを見た。
モリルは周囲から絶賛されて育ったが、それをおもしろく思っていない大人もいた。
ある日、モリルが獲物を探して穀物倉の前を通りかかると、入り口にある樽の上からしわがれ声が飛んできた。
「おい、小僧。ここは俺のテリトリーだ。勝手なまねは許さんぞ」
「ああ、いいよ。獲物はほかでも手に入るからね」
モリルはトビーの声に含まれた険に気づかずに陽気に答えると、そのまま歩き去った。
「けっ、すかした奴め」
トビーが吐き捨てる。
「でも、最近はネズミだけじゃなく、鳥も捕まえられるようになったらしいじゃないか。あの若さですげえ奴だぜ」
樽の下にたむろしている雄猫の一匹がうっかりつぶやいた。
「なんだ、てめえ。あいつに鞍替えか?」
トビーが不機嫌なうなり声をあげる。
「いや、そんなつもりじゃないって。ただ、やっぱり城猫は違うなって・・・」
「城猫がなんだっていうんだ。あんな、人間の役にしか立たない魔法を持っているやつのどこが偉いって?」
「だ、だよなー。」
不用意な発言をした雄猫が慌てて相づちを打つ。
「・・・けっ」
トビーはわざと雄猫のしっぽを踏むように樽から飛び降り、どこかへ歩き去った。
雄猫はこれ以上ボスを怒らせないようにと、必死に悲鳴をこらえた。




