決闘(2)
トビーはさすがは蔵の主というだけあって立派な体格をしている。
腕周りも太く、力がみなぎっているようだ。
しかし、モリルも負けてはいなかった。
若くしなやかな体つきなので目立たないが、体の大きさでもトビーとはほとんど差はなかった。
「しゃーっ」
奇声を発して飛びかかるトビーの一撃をモリルは難なくかわして横によける。
トビーは着地と同時に身を縮めると、息を付く暇も与えずにモリルに襲いかかった。
しかしモリルはその攻撃も見切って、トビーの爪を鼻先でよけた。
「くっ、ちょこまかと!」
「いいわっ、モリル。さすがは私の騎士!」
トビーがもう一度慎重に左に回り込みつつ隙をうかがう。
だがモリルには最初の二手で十分だった。
トビーはフェイントを入れて変則的なリズムでモリルに襲いかかる。
しかし、モリルはトビーの手をすべて見切ってよけた。
離れ際にモリルのパンチがトビーの腹をしたたかに打つ。
「うぐっ」
「あんたの攻撃はあたらないよ」
「ふん、しっぽを巻いて帰りなさい」
モルガンのあざける声がトビーに追い打ちをかける。
「なめやがって。うらぁっ」
トビーが再度モリルに飛びかかる。
しかしモリルはトビーの攻撃をすべて受け流して、ときおり隙を見つけてはトビーに爪を仕舞った手で打ち込んだ。
「こんな子供に手も足も出ないなんて、あんたも落ちぶれたもんだね」
「うるさい」
トビーが両腕を広げてモリルの背中につかみかかろうとする。
モリルはぱっと飛びすさってトビーの間合いからはずれる。
伸びきったトビーの体はむなしく地面に落ちて土埃をあげた。
「なにやってんだい、情けない。あんた、それでも蔵猫のボスかい」
「ぺっぺっ、くっそう」
トビーは口の中に入った砂を吐き出してヒゲに付いた土を右手で拭う。
「もうやめときなよ」
モリルにとって、もう勝負はついていた。
これ以上やってもなんだか弱い者いじめをしているみたいだ。
「このまま引き下がれるかよ」
トビーはふらつく脚を踏ん張ってモリルをにらみつけた。
その目はまだ鋭さを失っていなかった。
トビーが再び捨て身で飛びかかってくる。
モリルは少し身を引いて距離をとり、向かってくるトビーの横っ面にパンチを見舞った。
トビーは横様に吹っ飛んで、地面に転がった。
「なに寝っころがってんだい。こんなガキにいいようにあしらわれて悔しくないのかい。あんたもあたしの亭主なら根性みせてみな」
「へっ、まだまだぁ!」
トビーはよろけながら立ち上がり、再びモリルに向かっていく。
モリルはトビーの攻撃をよけながら、次第に困った表情になっていった。
「あんた、しっかりおし。なめられっぱなしで終わるあんたじゃないはずさ」
「ちょこまかと逃げやがって。次で決めてやる・・・」
トビーが最後の力を振り絞って向かってきた。
相手が本気で向かってくる以上、こっちも本気でかからないと、とモリルも身構える。
「生意気なガキをこらしめて、あんた!」
「うらぁっ!」
トビーが渾身の体当たりをかましてきた。
モリルは不動の構えで立ち向かい、つっこんでくるトビーの顎を右手で打ち抜いた。
ついにトビーは力つきて、土の上に長々と伸びてしまった。
「あんたーっ」
モルガンが声を上げてトビーに駆け寄る。
「だいじょうぶかい、あんた」
「へっ、情けねぇことになっちまったな」
「ううん、かっこよかったよ、あんた」
モルガンはトビーの泥だらけの顔を舐めて介抱している。
「あの、モルガン?」
モリルはわけがわからず二人に近寄ろうと声をかけた。
「あたしの名前を気安く呼ぶんじゃないよ」
「えっ?」
「自分より弱い相手をいたぶって満足かい?」
「えっ?えっ?」
「ご立派な城猫様だからって、だれもがあんたの言いなりになるわけじゃないからね。いつか見返してやる。ふん」
モルガンはモリルに捨て台詞をぶつけると、トビーに肩を貸して支えながら広場を去っていった。
気まずい空気が流れて広場に集まっていたほかの猫たちも三々五々と離れていった。
「あれはないわよね」
「さいてー」
「相手のひとも乱暴だったけど、モリルももう少し手加減してあげてもいいんじゃないかしら」
「ちょっと引いたわ」
取り巻きだった若い雌猫たちがモリルと目をあわさないようにして小声を交わしながら広場をあとにする。
「えーーっ??」
女ってわからない・・・
混乱したモリルはただ呆然と立ち尽くしていた。
「モリル、おまえやっぱりすげぇな!」
女たちがいなくなってすぐに、遠巻きに眺めていた同世代の若い雄猫仲間が集まってきた。
「さすが、おれたちのエースだぜ」
「あのいばりんぼうの顔、見たかよ。ざまあみろだぜ。きししし」
呆然としていたモリルが声に気づいて振り向くと、五、六匹の若猫が痛快そうな笑顔を浮かべて並んでいた。
みんな産まれた頃からのいたずら仲間だった。
「おまえたち・・・」
「女どもも勝手なもんだよ。あんだけお互い足をひっぱりあって熱を上げてたくせに、飽きるときは息ぴったりだもんなあ」
「なあなあ、あの技、教えてくれよ。最初にさっとよけて腹にいっぱつガツンとキメたやつさ」
「おまえたち、おれのこと最低とか言わないのか?」
若猫たちは顔を見合わせるとぷーっと吹き出して笑った。
「なんて顔してんだよ。おまえは勝ったんだぞ?大人の、しかもボス猫に」
「あれは正式な決闘だった。それに正々堂々と戦って勝ったんだ。誰にも文句言われる筋合いはないぞ」
「勝ったほうが正義さ」
「本当は勝ったおまえが蔵猫の地位を要求してもいいくらいなんだぜ」
「おいおい、じいさんじゃあるまいし。あんな穴蔵の番なんてだれがやりたがるんだ?」
「たしかに。辛気くさくてヒゲにカビがはえちまうぜ」
「それもそうだな」
わはははと、ひとしきり声を上げて笑う。
モリルもようやく明るい表情になって笑みを浮かべた。
気持ちのいい連中だ。
おれにはこの悪友たちがいる。それでいいじゃないか。
モリルはそう思った。




