いじわるネコ
「あれ?なんだか生臭いな。カエルのにおいがするぞ」
夏のある日、トリルが中庭にいて草の先に止まったトンボをねらって狩りの練習をしているといじめっ子の若い猫がにやにやと笑いながらトリルに近よって来て言った。
「弱虫の子猫ちゃんはカエルが大好物なんだよねえ」
若い猫の声に驚いてトンボは逃げてしまった。
嫌なやつだ。
強い大人にはこびへつらい、自分より弱いやつにはとことん嫌がらせをしてくるのでみんなから嫌われていた。
口ばっかりのやつだけど、最近初めてネズミを捕って以来、弱い者いじめにますます拍車がかかってきているようなやつだ。
「そんなことないよ!ぼくだって、きっとそのうちネズミを捕まえてみせるさ。あんたのなんかよりもっと大きなネズミをね」
「ふふん。それなら証拠を見せてもらおうじゃないか」
若い猫はますます嫌な感じのにやにや笑いを浮かべて言った。
「ちょうどいいうわさ話があるぜ」
いじわるな若猫は、わざとらしい親切な声を作って言った。
「城の地下道に大きなドブネズミがすんでいるらしい。見たこともないくらい大きなヤツだそうだ。そいつを捕まえてくるってのはどうだい?」
悪だくみを顔に浮かべた若い猫に見下されて、トリルはかっとなった。
やってやる!
そう叫ぼうとしたとき、若猫のうしろからモリルが現れた。
「ずいぶんえらそうじゃないか、スロウ。おまえだって、まだたいして獲物を捕まえたわけじゃないだろう?」
「モ、モリル」
嫌なところで会ったとばかりに若猫の顔から笑みが消える。
「お、俺だって、もうネズミの一匹くらい、捕まえたさ」
「おまえが捕ったネズミってのは、確か、お城の召使いの子供が飼っていたハツカネズミじゃなかったかな?」
「ちっ」
スロウとよばれた若猫は舌打ちをして去っていった。モリルは首だけを回して若猫を見送ると、トリルを見て言った。
「おまえ、まだネズミが捕れないのか?」
決して馬鹿にした言いかたではなかったが、兄弟として情けなく思っていると言われた気がした。
「そんなことないよ。ぼくだってもう一人前なんだから、ネズミ捕りくらいできるさ」
そう言い捨てて、トリルも足早に中庭を去った。
見てろよ。ぼくだって、もう一人前だってことを証明してみせる。
スロウには腹が立ったけど、あんな口だけのやつ、気にしなければいいんだ。
それよりも、モリルに助けられたことがくやしかった。
モリルが現れてほっとした自分が情けなくて、くやしくて、嫌になる。
ようし、やってやる。
モリルも見たことのないほどの大ネズミを仕留めて、みんなを見返してやるんだ。
トリルはいままで何度かネズミ取りに挑戦していたが、いつも近づく前に気づかれて逃げられてしまっていた。しかしこんどこそは、と思っている。
いつもは、小さいネズミをねらっていたから逃げられちゃうんだ。
もっと大きいネズミならそうそう逃げられないだろう。
正面切って向きあえば、素早さではネズミに負けたりするもんか。
ぜったい、モリルのよりも大きなネズミを捕って見返してやるんだ。
繰り返し心に念じる。
いじめっ子のスロウが言ってたっけ。
地下道に大ネズミがすんでいるって。
よし、うわさの地下道に行ってみよう。
トリルは日の高いうちに地下道に入っていった。
お城の使われていない階段を降りて地下道をふさいでいる扉の前に立つ。
かび臭いにおいがして、空気が淀んでいた。
怖気づきそうになる心を奮い立たせて、扉の左下にある裂け目から中に入る。
小柄なトリルでも体をくねらせないと通れないような小さい裂け目だった。
地下道の中は湿っぽくて腐った水のにおいが充満しており、とてもいやな感じがした。
昼間だというのにほんの数歩進んだだけで真っ暗になる地下道を奥へと向かう。
城の猫たちから集めた情報によると、大ネズミは地下道が下水道にぶつかるあたりを棲み家にしているらしい。
いやな湿気で重くなったヒゲをひとしきりなめてきれいにしたあと、ゆっくりと地下道の奥に向かった。
暗闇に慣れた猫の目でも、物の形を見分けるのがやっとなほどの真っ暗闇だった。
足音を殺して慎重に進む。
こんな地下道なのに、ネズミのような動物の気配はひとつもしない。
先ほどから見かける生き物といえば、壁や天井を這いまわる蜘蛛や長い虫のたぐいだけだった。
しばらくしてようやく前方に生き物の気配を感じた。
立ち止まって神経を集中し、獲物の居場所を探る。
下水と残飯のにおいにまじるドブネズミのにおいを感じ取る。
近くで何か堅いものをかじる音が聞こえる。
ヒゲが震えて通路の先にいるドブネズミの動きをとらえた。
よし、獲物は一匹で食事に夢中だ。チャンス!
トリルはぬき足さし足で獲物のドブネズミに背中から近づいた。
ドブネズミは何かのかたまりにかじりついていて頭が見えない。
大きなお尻がトリルの肩ほどの高さに見える。
獲物は食事に夢中なのか、トリルの忍び足がうまかったのか、それともこちらを恐れていないせいか、近づいてもいっこうに逃げる気配がなかった。
・・・ちょっと大きすぎるかな?
いざ飛びかかるときになってトリルはちゅうちょした。
その一瞬の迷いが相手に伝わったようにかじる音が止んで、ドブネズミがゆっくりとふり返った。
ドブネズミは右目がつぶれていて見えないようだ。
まともなほうの左目だけでにらみつけてくる。
丸くて真っ赤なビーズのような目が、無表情にこちらを見る。
思ったよりも大きい。
というより、ありえないほど大きい。
ドブネズミは大人の猫ほどの大きさだった。
そいつはかじっていた何かの動物の骨をぷっと吐き出して、ゆっくりと後足で立ち上がりトリルを見下ろした。
「!」
こんな真っ暗な地下道に入ったのは初めてだったし、相手のテリトリーで狩りをするのも初めてだった。
トリルは、暗闇と、息がつまるほどの悪臭と、反響する石壁が自分の感覚を狂わせていたことを悟った。
ドブネズミは、明るい場所で見かけたら絶対に挑みかかったりしないほどの巨体だった。
狩るものと狩られるものが入れ替わる。
トリルはこみ上げてくる悲鳴を必死にこらえて、いちもくさんにもと来た道を走りだした。
少しおくれてドブネズミが動き出す。
「シャァァァ!」
トリルは逃げ出した。




