大団円
「私の両親は世捨て人でした。どういう理由で、山奥に引きこもったのかは知りません。
母が二年前に亡くなったあとは、父ひとり子ひとりで暮らしていました。
その父も、春の嵐で傷んでいた倒木の下敷きになりあっけなく・・・」
「それはお気の毒に」
領主は、こんな若さでひとりぼっちになり山奥に取り残された娘の境遇を思いやってつぶやいた。
娘は領主の気遣いに、寂しげな微笑みを返すと言葉を続けた。
「父を埋葬しようと墓穴を掘っているときに倒木の根元に土にまみれた鏡が半分埋まっているのに気づきました。
私は父を埋葬したあと汚れた鏡を川で洗い、小屋へ持って帰りました。
ものごころついたときから、私の家には鏡が一枚もありませんでした。
私はそのとき、産まれて初めて、自分の顔をはっきりと見たのです。
そこには優しい母の面影と、いつも苦痛に耐えているような父の眼差しに似た、灰色の瞳が映っていました。
私はひとりぼっちの寂しさをまぎらわせるために、一日中鏡の中の自分の顔をながめるようになりました。
鏡を見れば、なつかしい母と父にあえるような気がして……。
そのうち、頭の中でささやく声が聴こえるようになったのです。
なんと言っていたのか、いまとなっては思い出せません。
頭の中のささやきは次第に大きくなっていき、私はだんだんと外の世界とのつながりをうとましく感じるようになりました。
私はどこか狭い暗闇の中で、ひざを抱え、心を閉ざして過ごすようになりました。
それが現実の洞窟の中なのか、心の中でのことだったのかもはっきりしません。
それからあとの記憶は、ぼんやりとしていて思い出せません。
どのくらいの月日がたったのかも定かではないのです。
世界が砕けるような大音響に、はっと気づくとここに倒れていたのです」
娘はひといきに身の上を話すと、気恥ずかしくなったのか領主から目をそらしてうつむいた。
「大変な目に遭ったんだね」
領主は片ひざをついた低い姿勢のまま、娘に語りかけた。
「きみはきっと、悪い魔法にからめ取られていたんだね。きみが見つけた鏡は、悪い魔法を行う魔法の鏡だったのだよ。その鏡には、映ったものの性質を悪いものにねじ曲げてしまう力があったんだと思う」
領主は、周囲を見渡すと言った。
「私の城にゴブリンの軍団を引き連れた魔女が襲いかかったんだ。魔女の持つ鏡が壊れると魔女はたおれ、きみは元の美しい姿を取り戻したというわけさ」
「そんな……。これはすべて私がやったこと?」
まわりの惨状が自分のやったことだと知って、娘は思わず両手で口元をおおって息を飲んだ。
ひざの上で娘になでられて心地よさそうに目を細めていたモリルが、心配そうに娘の顔を見上げる。
モリルはこげ茶色の縞模様のある長いしっぽで、なぐさめるように娘の頬をなでた。
領主は立ち上がって自分の城をながめた。
中庭には何人もの兵士が包帯を巻いた姿で簡易寝台に横たわっていた。
しかし、幸いなことに命を落とした者はいないようだ。
「大丈夫、きみのせいじゃない。むしろきみは被害者だよ。悪い魔法の鏡のね」
領主はそう言って娘の手を取ると、立ち上がらせて中庭の状況を見せた。
「ぼくは、きみが持っていたのと同じような魔法の鏡を持っていた。
その鏡は、映したものを良い性質に変化させる力があったんだ。
ぼくはこの『善なる鏡』の魔法を使って、みんなが幸せになるように努力したよ。
でも、この便利な力の源がどこから来るのか疑問に思っていたんだ。
こんなに強力な力が何の代価も支払わずに得られるはずがないと心配していたのだが、どうやらきみに押し付けてしまっていたらしい」
「えっ?」
「たぶん、ぼくの鏡で行った善い魔法の代価が、すべて、きみの持っていた鏡の悪い力として蓄えられていたんだと思う」
領主は遠くを見つめるような目で言った。
「ぼくは父である先代領主ほど魔法が得意ではなかった。
突然先代を亡くして領主を引きついだぼくは、うまくやっていく自信がなかったんだ。
だからぼくは、代々受けつがれていた魔法の鏡の封印を解いて使ったんだよ。
自分の力を補うためにね」
領主は、再び破壊された城に視線を戻して言った。
「魔法の鏡はおいそれと使ってはならない、強い魔法には同じだけ強い反動がある、と戒められていたにもかかわらずにね」
娘は領主の視線を追って破壊の爪痕を見つめながら、悲しげな表情でじっと話を聞いていた。
「ぼくが封印を解いて『善なる鏡』の力を無制限に使ったために、対になるあの鏡の力が増してきみを囚えてしまったんだと思う。
すまない。
きみは悪い魔法の鏡の被害者であると同時に、ぼくの行いの被害者でもあるんだ」
領主は娘に頭を下げた。
「そんな、私なんか……」
とまどう娘に領主は再び微笑みかけて言った。
「ごらん。怪我人は多いが、幸い命には別状はなさそうだ。
城はかなり壊れたが、なあに、人の作ったものは人の力で直せる。
それに、こう見えてもぼくは物づくりが得意なんだよ。
どちらかというと、魔法よりもそっちのほうが得意なくらいさ」
暗い表情になりがちな娘に領主がにっこりと微笑みかける。
「でも……」
と言いかける娘の足元に三匹の猫がすりよってきた。
「にゃあ」
真っ白でふわふわの毛をした若い雌猫が娘を見上げて鳴いた。
「大丈夫。怪我をした人たちは、すぐに良くなるわ」
マリルがそう語りかけていた。
「そうだよ。お城もすぐに元どおりになるさ。なんといっても、俺たち城猫がついているんだから」
モリルはいつもの調子ですましたポーズを取った。
「もう、悪い魔法はなくなったみたいだしね」
トリルは割れた鏡のほうを向いて言った。
「そうだな。悪い魔法から私の城を、私の兵隊たちを守ってくれたのはお前たちだったね。
ありがとう」
領主はしゃがみこんで、マリルとトリルの頭をなでた。
領主は城猫たちの言葉はわからなかったが、もう大丈夫だと告げていることはなんとなく理解できた。
娘は再びモリルを抱きかかえると、赤ん坊をあやすように優しいリズムで背中をなでる。
そうしているうちに娘も落ち着きを取り戻していったようだ。
「私……。私はどうすればいいでしょう」
領主は自分のせいではないと言ってくれたが、やはり責任は感じてしまう。
何か償いはできないかという思いと、突然見知らぬ土地に放り出されたとまどいから、娘はこの先どうすればいいかわからなかった。
「行くところがなければ、ここにずっといるといい。ぼくに償いをさせてほしい。
心苦しいと言うのなら、兵士の看病を手伝ってくれないか。
城の修理もあるし、当分は猫の手も借りたいほどなんだから」
領主は微笑みながら娘の目を真っ直ぐにのぞきこんだ。
娘は頬を染めて目をそらした。
うつむいた先に、抱きかかえたクリーム色の猫のサファイア・ブルーの瞳があった。
「にゃあ」
モリルは娘をはげますように鳴いた。
「そうね、兵隊さんたちには償いをしなくちゃいけないし」
娘は顔を上げると初めて見せる明るい笑顔を領主に向けた。
「よろしくお願いします」




