サイクロプス
「ほかにもまだいたのかい。まあいい、望みどおりおまえから、私の鏡のえじきにしてくれよう」
魔女が甲高い声で笑った。
「トリルを探しなさい。みんなで力を合わせて立ち向かうのです」
苦しげにあえぎながらで母猫が告げる。
「お母さま!」
マリルは力をふりしぼって身を起こし、叫んだ。
「私は大丈夫。さあ、行って」
苦痛をこらえて母猫が言った。
「でも!」
モリルの言葉にかぶせるように母猫が叫び返した。
「いいから早く行きなさい!」
母猫の剣幕に、マリルとモリルは後ろ髪を引かれながらその場を逃げ去った。
「ガァァァ」
トロールが兵士のひとりをわしづかみにしてふり回しながら叫んだ。
トロールは戦闘の興奮にわれを忘れて暴れまわっている。
中庭は倒れた兵士たちのうめき声にうめつくされていた。
そのとき、領主がみずみずしい薔薇のレリーフに縁取られた鏡を手に城壁の上に現れた。
「化け物め、これでどうだ!」
「オォォォ!」
領主たる魔法使いが善なる鏡をトロールに向かってかかげ、トロールの腕に白い輝きを浴びせかけると、トロールはつかんでいた兵士を放り出して苦痛の叫びを上げた。
善なる鏡の光を浴びた部分が火傷のようにただれて異臭を放っている。
「よし、効いているぞ」
領主は再び鏡をかかげて、こんどはトロールの顔めがけて光を投げかけた。
「ギィィィッ!」
トロールは奇声を上げて顔を両手でかばい、のたうち回った。指の間から異臭がただよう。
トロールがひるんでいるすきに、城の兵士たちは倒れて動けない仲間たちを助け出した。
「あれは対なる鏡。とうとう見つけたよ!」
魔女は苦しむトロールのことなど気にもとめずに、欲望にぎらつく目で領主の手にある鏡を見た。
杖をひとふりして足元に魔法を放つと、魔女の体がふわりと城壁の上に飛び上がる。
「ああ、領主さま、危ない・・・」
悪なる鏡の悪しき魔法を浴びてぐったりと横たわった母猫が、魔女のねらいに気づいて弱々しい悲鳴を上げる。
領主はトロールに集中するあまり、魔女がねらっていることに気づいていない。
城の兵士たちが一気にたたみかけようとしたそのとき、城壁の上で悲鳴が上がった。
隊長が城壁をふりあおいで見ると、魔女の鏡の力に打ち倒された領主の姿があった。
「ぐぉぉぉっ」
それは領主の苦通の叫びだったろうか。
それとも怒りに燃えたトロールの復讐の叫びだろうか。
耳を聾する叫びが城壁を揺るがす。
隊長は領主のもとへと向かいたかったが、腕をふり回して暴風のように暴れるトロールがそれを許さなかった。
力尽き倒れた母猫も、同じく領主のもとに駆けつけることができず無念の涙を流した。
「子供たち、お願い。私の代わりに領主さまを守って……」
マリルとモリルは急いで城壁を駆け登った。
母猫の言葉は届かなくとも、その想いは届いていた。
姉弟猫は再び魔女に挑みかかった。
「領主さまからその邪悪な鏡をどけなさい!」
マリルは叫ぶと、魔女の足元を走りぬけざまにふくらはぎに噛み付いた。
モリルは城壁の上から魔女にとびかかり、左の手の甲を鋭い爪で引っ掻いた。
「どうだ、俺さまの爪は鋭いぞ」
「ええい、ちょこまかとしつこい獣どもめ」
魔女は杖をふり回し魔法の鏡をかかげて城猫たちをねらったが、素早く攻撃をしては後退してめまぐるしく動き回る彼らの素早さにはついていけなかった。
「ちっ、これでも喰らいな!」
魔女が杖をモリルに投げつける。
「ふふん」
モリルは小さく左に飛んで余裕で杖をかわすと鼻で笑った。
「それでよけたつもりかい?」
魔女はそう叫ぶと、悪なる鏡を先ほど投げ捨てた杖に向けた。
「油断しないで!」
マリルの言葉にモリルはギクリと身構えた。
紫色の光にふれた杖が醜くふくらんで、いきなり爆発した。
堅い木片があたり一面に飛び散って、肉を裂く礫となって襲いかかる。
すんでのところで城壁の上に退避して難を逃れたモリルが、身を低くして毛を逆立てた。
「シャアアアア」
モリルが抗議の叫び声を上げる。
「はん、畜生の分際で、人間様にかなうなどと思い上がるでないよ!」
魔女は、いつの間にか城猫たちから距離をとっていた。
「しまった!」
マリルが気づいたときにはもう、魔女は倒れた領主の腕から善なる鏡を奪い取っていた。
「ついに手に入れたよ。これで私の魔法は完璧なものとなる。見るがいい!」
魔女は高らかに宣言すると、二つの鏡の面を合わせた。
閉じられた善なる鏡と悪なる鏡のすきまから、毒々しい黄色の光がもれだす。
魔女が再び鏡を開くと、鏡からどろりとした光があふれだし領主の体をおおってまとわりついた。
「うわぁぁぁ」
光を浴びた領主がビクビクと痙攣する動きに合わせるかのように黄色い光が脈動する。
それはまるで領主の体から力を吸い取っているようであった。
にたにたといやらしい笑みを浮かべた魔女が再び鏡を合わせて閉じ、力をためるように身構えてから開いた。
新たに湧き出た光が、暴れまわるトロールに命中する。
トロールが前かがみになって鏡の魔力を受け止める。
光に包まれたトロールの体は、みるみるうちに筋肉が盛り上がり、もともと大きかった体が二回りも巨大化した。
「ガロロロォ!」
あふれるパワーに、こらえきれないようにのけぞって雄叫びをあげる巨人の顔の真ん中には、巨大な一つの目がカッと見開かれていた。
「サイクロプスに変化しやがった・・・」
隊長は、伝説の巨人族を目の当たりにして金縛りに遭ったかのように立ちつくした。
「あーっはっはっ!最高の気分だねぇ。サイクロプスよ、この城にはもう用はない。こなごなに壊しておしまい!」
魔女は破壊の興奮に歪んだ笑みを顔に貼り付けて大声で命じた。
そして、城猫の姉弟が身構えるほうへ、くるりとふり返った。
「さあて、獣ども。この世の主に逆らった罰をたっぷりと与えてやろうかぇ」
魔女は笑いながら鏡をかかげ、城猫の姉弟ににじりよっていった。




