城へ
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トリルは夜を徹して獣道を伝い必死に走った。
しかし、大股で先を急ぐカイルには全然追い付くことができなかった。
カイルが何度も、見失わないようにと立ち止まって待ってくれていることがもうしわけなかった。
山の稜線に立つ大きな岩を越えるところで、トリルはついに疲れのあまりしゃがみこんでしまった。
「どうした、ぼうず。そんなところで休憩しているひまはあるのか?」
カイルが、大岩の上からのぞき込むようにしてトリルをはげます。
しかし、疲れが頂点に達していたトリルは、ここまで親身になってくれたカイルの気持ちをわかっていながらも、つい不満が口をついて出てしまった。
「もうほっといてよ!どうせぼくは半端者なんだ。姉さんみたいに物知りじゃないし、兄さんみたいに狩りもうまくない。ちびでのろまなだめなやつなんだ!ぼくが行かなくたって、きっと姉さんと兄さんがうまくやってくれるよ!」
トリルは言いながら、どんどん自分が情けなくなってしまった。
「自分を小さく見るのはよせ」
カイルが大岩から飛び降りてきて言った。
トリルは、自分の身長の何倍もの高さの大岩からひらりと降りてきたカイルの身のこなしがうらやましくて妬ましく感じてしまった。
自分は役立たずだという絶望感がふくらむと同時に、頭がかーっとなって言葉が止められなくなっていた。
「カイルみたいに強い猫には、ぼくみたいなちびすけの気持ちなんかわからないよ!
いつだってみそっかすで、何一つ満足にできない弱虫のことなんか、ほっといてよ!
そんなに心配なら、カイルだけで助けに行けばいいじゃないさ。ぼくなんか置いていってさ!」
叫びながら、カイルにもうしわけないという想いがトリルをさらに責めさいなむ。
カイルはそんなトリルを叱るでもなく、なだめるでもなく、じっと見つめていた。
トリルがひとしきり泣いて落ち着いてきたのを見計らうようにカイルは言った。
「強さなんて場合によりけりだ。山の中じゃ、俺より強いやつはいっぱいいる。町の中じゃ俺の強さなんて、人間を警戒させて俺を檻に閉じ込めるか、武器で追い回すように仕向ける役にしか立たないさ。おまえは弱いが、だからこそ町に入れる。人間といっしょに生活できる。おまえの爪は山では柔らかすぎて役には立たないが、おまえのしっぽの魔法は、魔物をけちらしたじゃないか」
「でも……」
「山でも町でも、たったひとつだけ同じ掟がある。なんだかわかるか?」
「……わからない」
「最後まで生きのびたものが、勝者だということさ」
「・・・そんなの、屁理屈だ」
トリルの反論がだんだんと小声になっていった。
「単純な力比べなんかに意味はない。勝者も敗者も、命が続く限り戦い続けるんだ。
今日の勝者が、明日には自分より強い挑戦者に負けるかもしれない。
今日の敗者が、故郷を追われてたどり着いた新天地で王国を築くかもしれない。
そしてその王国すらも、数年後には誰かに奪われるかもしれない。
だからといって挑むことをやめてしまえばそれっきりさ。
自然は容赦ないぞ。たとえ自分が挑むのをやめたと宣言しても、自然は見逃してはくれない。
そんなやつは真っ先に淘汰されるのさ」
「・・・」
だまり込んだトリルの首根っこを優しくくわえこんで、カイルが一息に大岩の上に飛び上がった。
「やめてよ。子供あつかいしないで!」
トリルは、赤ん坊のように運ばれることがはずかしくて文句を言った。
「いいから下を見てみろ」
カイルはふもとに広がる平野をあごで指して言った。
平野は城を中心に畑が作られていて規則正しい模様を描いていたが、魔物の軍団が通ったとおぼしきあたりは、土がどす黒く変色していた。
草花や作物はことごとく引っこぬかれるか立ち枯れて腐るかしていた。
灌木も無残に切り折られ、根っこをほじくり返されてすべて倒されていた。
「なんてひどい・・・」
トリルは思わず息を飲んだ。
「魔物相手だ。町の連中はじっと身をひそめていたって見逃してはもらえないだろう。勇敢に戦ってもいい。いちもくさんに逃げるのもいい。あんな連中相手だ、逃げるのだって簡単じゃないだろうからな」
トリルは、町のみんなのことを思った。
偶然、町を飛び出したのはたった数日前のことだったが、もうずいぶん昔のことのようにも思える。
大自然のきびしさを経験したトリルには、みんなにからかわれた記憶もたあいのないじゃれ合いにすぎなかったように感じられた。
「俺はいちもくさんに逃げるよ」
カイルは、はっきりと聞き間違えようのない口調で言った。
「えっ?」
トリルは思わずカイルをふり返った。
カイルは遠くの城を見つめたまま言った。
「あんな大勢の敵が相手では勝ち目はない。もしやつらが山を襲うなら、俺はもっと北の、やつらが来ない場所を探して逃げのびるさ」
「……そうだね。ぼくのためにここまで来てくれただけでも感謝しているよ」
トリルはうつむきながら言った。
「俺たち山の住人は、ひとりで解決する。だから勝ち目のない戦いはしない。だが、町の連中は協力して解決する。勝ち目のない戦いと逃げ出すもよし、力を合わせて勝機を見出すもよしだ。どちらがいいとか、優れているとか、そういうことじゃない。どちらの生き方を選ぶか、さ」
カイルはトリルをふり返って言った。
「自分で選んだ生き方なら、他人にとやかく言われることはない。そんなの無視してしまえ。だが、自分が自分を批判する心の声は無視できない。だから後悔しない選択をしろ」
カイルの言葉が胸に響く。
強いということ。
強くあろうとすること。
簡単ではないし、何が正解かもわからない。
でも、自分で考えて、自分で選んだ道を進まなければ、きっと後悔する。
「うん、ぼくは行くよ。役立たずだし、のろまだから間に合わないかもしれない。でも今ここでみんなを見捨てたらきっと後悔する。だからぼくはあそこに行くよ」
トリルはそう言って、真っ直ぐに城を見つめた。
そんなトリルを見てカイルは静かにうなずいた。
「おまえは、自分で選択ができるやつだとわかっていたよ。
おまえは自分が役立たずだと思っているようだが、そんなことはないぞ。姉と兄がいると言ったな?おまえのような、強い魔法が使える猫が三匹同時に産まれたのには、きっと意味がある。
自分を信じて行動することだ」
そういうとカイルはくるりと向きを変えて、もと来た方角に一歩ふみ出した。
「あの、ありがとうございました」
トリルはこれ以上、カイルを引き止められないと知って別れを告げようとした。
「ああ、気にするな。ちょっと気が向いただけさ」
カイルは、へっ、と鼻で笑うような音を立てた。
「そういえば、どうしてこんなに親切にしてくれたんですか?さっき山の住人はひとりって言ってたような気がするけど・・・」
「ちぇっ、つまらないことを覚えてやがんな」
カイルは毒づくと顔をそむけた。
トリルは、気分を害してしまった恩人に謝ろうと口を開きかけたが、言葉を発するより早くカイルがつぶやいた。
「昔、俺がガキのころに人間に捕まってな。そのとき、しっぽに縞模様のある猫に助けてもらったんだ」
「えっ?」
「恩は返したぜ。じゃあな」
そう言うと、カイルはひらりと大岩から飛び降りて、あっという間に森の奥に消えていった。
「カイル・・・。ありがとう。ぼくもこの恩をきっと誰かに返すよ」
トリルはカイルの消えた方角を名残惜し気に見つめたあと、目指す城をふり向いてしっかりとした足取りで一歩をふみ出した。




