城猫の加護
マリルとモリルは、いち早く異変に気づいて城壁の上から魔物の接近を見守っていた。
「あいつら、一体なんだい?なんだか背中がぞわぞわするぜ」
「あれは普通の生き物じゃないわ。魔法で作られた生き物ね。お母さまがおっしゃっていたもの。ヒゲがチリチリするときは、近くに魔物がいるから気をつけろって」
マリルは次代の城猫として、いつも領主といっしょにいて母猫からさまざまな知識を教わっていた。
「ありゃ、またやられた。人間たちはなんで魔物にやられるいっぽうなんだ?」
モリルが防戦いっぽうの城の兵士たちの戦いを見つめながら、いらだたしげに前足で城壁の石をひっかく。
「どうやら魔物は魔法で守られていて、普通の武器は効かないようね」
「ちっ、どうする?」
「私たちの出番のようだわ。魔法には魔法で当たるのよ」
「でもどうやって?」
「私たち城猫には魔法の力がある。大丈夫、やり方は体が知っているそうよ。お母さまがおっしゃっていたもの」
「よおっし、じゃあ、いっちょう兵隊たちを助けてやるか!」
モリルはピンクの舌でぺろりと鼻の頭を舐めると、城壁にしっかりとふんばって立ち、背中を丸めてしっぽを持ち上げた。
クリーム色のしっぽがゆっくりとくねって円を描く。
しっぽの動きは次第に速くなり、より複雑な紋様を空中に描いていく。
やがて、クリーム色のしっぽがかすんで見えないくらい素早くなる。
次の瞬間、モリルはしっぽをぴんと天に向けて突き立てた。
モリルは、カッと目を見開き、サファイア色の瞳で兵士たちを見つめた。
ざわざわっとした震えが、とがった耳の先から背筋を駆けぬけてしっぽの先に伝わる。
モリルを中心に、見えない乳白色の光がぱっと広がった。
モリルの放った光を浴びて、兵士の剣は鋭さを増した。
さきほどまで弾き返されていた刃が、ゴブリンの毛皮を切り裂いて肉にとどいた。
「ぐおっ!」
ゴブリンが苦しげな声を上げる。
別の兵士がくり出す槍が、ゴブリンの腹に深く突き刺さる。
いままでは平気な顔でわずかに刺さった槍をぬいて反撃をくり出したゴブリンが、こんどは口から血の泡を吹いてひっくり返った。
「いけるぞっ!」
「いまだ、押し返せっ!」
初めて打撃を与えることができた兵士たちが、志気を取り戻して盛り返していった。
ゴブリンたちは、肉を切り裂かれ血を流しながらも、引くことを知らないかのように攻撃を続ける。
棍棒を取り落としたゴブリンが、めくらめっぽうに鉤爪をふり回す。
兵士たちは毒爪を警戒してふみ込めなかった。
兵士のひとりが乱戦の中で剣を取り落とし、棍棒をふりかざすゴブリンの腕を押さえてなんとかふんばっていた。
だが、その右腕は袖が裂け、ひじから肩にかけて赤黒い三本の鉤爪のあとが巻き付いていた。
爪痕は、出血こそ少なかったものの熱を持っているようで、兵士は真っ青な顔で脂汗を流し、ゴブリンの棍棒を必死に押し返している。
しかし、爪痕から生命力がこぼれ落ちていくように、兵士は少しずつ押されてついに片ひざをついてしまった。
「次は、わたくしの番ね」
マリルがツンとすました表情で城壁に足をかけ、素早くしっぽをくねらせて、モリルと同じように、空中に紋様を描き上げた。
四肢をふんばって全身の毛を逆立てると、ふかふかの毛皮のマリルの体が、いつもより一回り大きくふくらんで見えた。
魔法の力を伝えるざわめきが、耳の先からふかふかのしっぽの先まで駆けぬけ、マリルの体から銀色にきらめく光の輪が広がった。
マリルの放った光を浴びた兵士の鎧や兜が、キラリとかがやく。
ゴブリンに組み伏せられていた兵士の傷から見る見る毒気がぬけて、ピンク色の引っかき傷程度になった。
兵士の顔色も赤みが戻り、その目に再び闘志の炎が燃え上がった。
「むぐぐぐ」
歯を食いしばってゴブリンを押し返す。
ついに形勢が逆転して、こんどは兵士が矮躯のゴブリンにおおいかぶさるように押し込んでいった。
そのとき、混戦の中から別のゴブリンが飛び出してきて、兵士の背後から襲いかかり、汚い鉤爪で革鎧の背中を切り裂かんばかりに引っ掻いた。
「むぐぅっ」
兵士は打撃の勢いにむせて苦しげな声を上げたが、革鎧には薄く曇ったようなあとが残っただけで無傷だった。
「おまえの相手は俺だっ!」
別の兵士が駆けつけて、背後から襲ったゴブリンを斬り伏せる。
「ゴバァッ!」
ゴブリンは、断末魔の叫びを上げて自らの血の海に沈んだ。
「ふんぬっ」
ゴブリンと組み合っていた兵士もついに相手を力ずくで押し倒し、剣を拾い上げて、不器用にもがく敵を串刺しにしてとどめを刺した。
「ブギャァッ!」
「悪い、こっちの敵を討ちもらしちまった」
助けに入った兵士が、あたりを警戒しながら声をかける。
「はぁ、はぁ、いや、助かった、ぜ」
ゴブリンと組み合っていた兵士はひざをついて肩で息をしながら答えた。
「こいつに引っかかれた傷が痛んでもうろうとしていたんだが、急に痛みが引いて意識がはっきりしたんだ」
兵士は片腕の傷を確かめ、応急手当の布を巻くと立ち上がった。
その足取りはしっかりとしており、まだまだ戦えるという目をしている。
「よし、なんとかなりそうだ。もうひとふんばり、あの汚いやつらを城から叩き出そうぜ」
「おう!」
兵士たちはひじをガツッと打ち合うと、意気も高く新たな戦場へと向かった。




