魔女
魔女は手にした鏡に自分の姿を映して毒づいた。
「縮れた髪、曲がった鷲鼻、黄色い歯、しわくちゃの顔。ああ、いやだ」
魔女は醜い自分の醜い姿が何よりきらいだったが、一日に何度もながめずにはいられなかった。
そして、そのあと必ずいらだちをあたりにふりまいて、手当たり次第に八つ当たりをするのだった。
「そら、おまえたち。なんてできそこないなんだい。とっとと出発の準備をするんだよ!」
魔女は自分が作った魔物を杖で叩いて追い立てた。
魔女が持っている鏡は、映したものの性質をより悪くねじ曲げる鏡だった。
宝石はただの石ころに、剣はなまくらに、真っ直ぐな杖はねじくれた枝に変わってしまう。
魔女はこの力を使って、汚泥とドブネズミとこぶのある根っこを混ぜ合わせ、醜く性格のねじけた矮躯の力持ちを作った。
それがゴブリンである。
魔女は美しいものがきらいだった。
醜いものも好きではなかったが、自分より醜いものを見るのが好きだった。
いつのころからか、それがただひとつの喜びになっていた。
魔女は目につくすべてのものを台無しにしたいという衝動に駆られて山を降りた。
道すがら動物の死骸を使って手下どもを増やしながら、行く先々のあらゆるものを汚し、壊し、台無しにして進んでいった。
途中の里で映した物をより良い形に変える鏡の噂を聞いた。
その途端に、嫉妬に似た焼けつくような渇望を感じた。
その鏡を奪い取って自分のものにしてやる。
その鏡が良い形に変えたすべてのものを壊して台無しにしてやる。
魔女は噂の城に向かって進み、起きている間は歩き、材料が集まればゴブリンを作り、手勢を増やしてどんどん進軍していった。
魔女の持つ鏡は、いまはもうその名を知るものはいなかったが、かつて『悪なる鏡』と呼ばれていた。
善なる鏡と悪なる鏡は、対になる鏡であった。
噂をたどって善なる鏡を探す旅の途中で、魔女はひとつの啓示を得た。
大きなうろが口を開けた、くさった枯木の中で夜露をしのいだときに夢を見たのだ。
夢の中で、自分の持つ鏡とそっくりだがレリーフの花が美しく咲きほこる鏡を見た。
二つの鏡が引き合うように向かい合うと、合わせ鏡の間に置かれたパンがどんどんどんどん増えていき、山のように積み上がっていった。
夢から覚めた魔女は、二つの鏡を使ってものを無限に増やすことができると知り、ますます善なる鏡が欲しくなった。
夢がどこから来たのか魔女はふと疑問に思ったが、いつものように鏡の中の醜い自分をながめるうちに疑問を忘れてしまった。
魔女は、善なる鏡を手に入れて自分の軍団を無限に増やそうと考えた。
醜いゴブリンで世界中をおおいつくして、何もかも滅茶苦茶にしてやろう。
魔女は、すべての木々が枯れ、清水が汚水へと変わり、空気が瘴気に満ちあふれる世界を思い浮かべてにんまりと笑った。
「さあ、おまえたち。先を急ぐよ」
魔女の容赦ない杖がゴブリンどもを打ちすえて、にぶい魔物たちがしぶしぶといった態度で歩みを進めていった。
***
その日、夜明けの町は、この時期には珍しいほどの濃い霧に囲まれていた。
町の外門に立つ不寝番の兵士が、交代の時間を心待ちにしながら、視界をさえぎる霧を見つめていた。
「おい、何か動かなかったか?」
兵士のひとりが相棒に声をかけた。
「霧が渦巻いただけだよ」
相棒の兵士は眠たげな声で答えた。
「いや、何か音がしたぞ?」
「塀に立てかけた棒きれか何かが、風で倒れたんだろう。霧にびびってんのか?」
「そんなわけあるか。絶対何かいるって」
そう言って、兵士が手に持っていた槍をそろそろと前方の霧に差し込み、左右にふった。
「ほら、何もいないじゃないか。おまえは小心者だなぁ」
へらへらと笑う相棒が、急に顔をしかめて言った。
「くせぇ。何のにおいだ?」
霧の中を探っていた兵士の鼻に、腐ったどぶのにおいが届いたのと同時に、槍が何かにコツンと当たった。
槍が不意に、ぐいっと霧の中に引っぱられる。
兵士はあわてて、槍を取り返そうと引いたがびくともしない。
逆に引っぱり返されて、霧の中につんのめった。
「ぎゃっ」
兵士の短い悲鳴が聞こえて、どさりと重いものが地面に倒れる音がした。
「お、おい。変な芝居はやめろよ。冗談だよな?からかって悪かったよ。仕返しだよな?」
相棒の兵士は青くなって、自分の槍をしっかりと握って前に構えた。
触れそうなくらい、濃密な霧に目を凝らす。
すると、霧の中から醜い鼻面が突き出した。
血走った目は赤くにごり、黄ばんだ牙が歪んだ口唇から突き出している。
「ひぃっ」
兵士は引きつった悲鳴を上げて、槍をでたらめにふり回した。
偶然、槍ががつんとゴブリンの額に当たる。
しかしゴブリンは少しも痛みを感じていないように短い首をかしげると、槍をつかんでひねり上げ、一撃で折り砕いた。
「魔物だぁ!襲撃だぁ!」
兵士は折れた槍をゴブリンめがけて投げ捨てると、くるりと向きを変えて門の中に逃げ込もうと駆け出した。
しかし、ゴブリンはのろい動作からは想像もつかない速さで兵士を追いかけて、背後から棍棒で殴りつけた。
後頭部を殴打された兵士は、くたりと糸の切れたあやつり人形のようにその場にくずれ落ちた。
町の外門は、再び静まりかえった。
やがて、霧の中から次々とゴブリンが現れ、町の中へなだれ込んでいった。




