しっぽの魔法
「魔法のこと、知っているの?
なぜぼくたち城猫は、魔法が使えるの?
なぜ魔法を使うとしっぽが短くなるの?」
トリルはカイルの予想外の言葉に、思わずたたみかけた。
「詳しいことは知らん。俺は学者じゃないんでな。だが魔法のことは知っている」
カイルはそう言うと、背筋を伸ばして遠くを見つめた。
「野生に生きるものは、多かれ少なかれ魔法の力を持っている。
俺達山猫は、魔法の力で忍び足をより静かに、鋭い爪をより鋭く、素早い動きをより素早くなるように強化しているんだ。
野うさぎどももそうさ。より遠くまで聞こえる耳、より速く走れる足。お互いが持てる力のすべてを使って、生きのびるための戦いを続けているんだ。
町の猫どもは、生きるための力を使わなくていい代わりに、魔法の力を失っている。
おまえたち城猫が、何のために強い魔法の力を持っているのか、俺は知らない。だが、この世に無駄な力なんかないんだ。
おまえが力を持っている理由を知ることが、おまえ自身を知るということだろうさ」
「・・・」
トリルには難しくてわからなかった。
だけど、自分が海を探す旅に出るには、準備が足りないと言われていることはわかった。
トリルはただだまって、カイルの言葉を頭のなかでくり返していた。
考えごとをしながらカイルのあとをついて歩いていたせいで、トリルは急に立ち止まったカイルにぶつかってしまった。
「おい、気をつけろ」
カイルがおさえた声で叱る。
「ごめんなさい。ぼく、考えごとをしていて・・・」
あわてて謝るトリルの口を、カイルの力強いしっぽがふさいだ。
「だまるんだ」
カイルは、丘の稜線にある草むらに身を伏せてふもとを見つめている。
トリルは声に出さずに、ごめんなさい、ともういちど謝り、慎重にカイルの横に進んだ。
そして、草むらから顔を出さないように注意して、カイルの見つめる先を見た。
丘のふもとの湿地には、たくさんのうごめく魔物の姿があった。
「あれは、荷馬車を襲った魔物・・・」
魔物たちは、まわりの藪や、木の根の間の穴に手を突っ込んで、盛んに何かを引っぱりだしていた。
魔物たちは、ちゅーちゅー、きぃきぃという野ねずみの悲鳴を無視して、引っぱりだした獲物をわしづかみにすると、次々と湿地の上流に運んでいくようだった。
湿地の上流には少し開けた場所があった。
そこには、ほとんど黒に見える濃い紫色のローブをまとった女がいて、ねじくれてこぶのある樫の杖を右手に突き、左手には何か平らな物を大事そうに抱えて立っていた。
女のもとには、つかまえた野ねずみを運ぶ魔物のほかに、ふしくれだった木の枝を両手いっぱいに抱えたもの、湿地の端でこね回した泥をすくって運ぶものが何体も集まっていた。
よく見ると、泥をこねたあたりの湿地にはいやらしい紫色のあぶくが湧き、水の色も濃い紫に染まって、葦がぐずぐずに腐って倒れていた。
女は、魔物が集めた材料をひとつに積み上げさせてゴミの山を作ると、無造作に野ねずみをつかんで首をひねって殺し、ゴミの山に加えた。
最後にボロ布を一枚重ねると、左手に大事そうに抱えている物のおおいを取って頭上にかかげた。
おおいの中から現れたのは、みずみずしい茨のレリーフに縁取られた鏡だった。
鏡は太陽の光を反射して、紫の光をゴミの山に浴びせかける。
女が何か身ふりを加えると、ゴミの山がもぞもぞと動き出した。
トリルが目を丸くして見つめる先で、ゴミの山はボロをまとった魔物へと姿を変えた。
新たに誕生したゴブリンが濁った目で女にかしずくと、女は杖で藪を指して何事かを命じた。
ゴブリンはのろのろとした動作で、女の指し示した方向に向かう。
そうこうするうちに、また次のゴミの山ができ上がっていた。
女は再び先ほどの仕草をくり返し、次々とゴブリンを生み出していった。
「一体、どうする気なんだろう」
トリルは、魔女には聞こえないとわかっていても、できるだけ小さな声でささやいた。
「さあな、だが見てみろ。やつらはネズミを捕まえるだけじゃなくて、木の根も草も掘り起こして、手当たり次第にむさぼり食ってやがる。あんなのがどんどん増えたら、このあたりはすぐに何もかも食いつくされて何も残らないぞ」
そのとき風向きが変わって、魔女が手下どもに命じる声がかすかに届いてきた。
「さあ、おまえたち、何をぐずぐずしているんだ。ここらのネズミはあらかたとりつくした。このまま城に向かって進むよ」
「大変だ!」
魔女がお城をねらっている!
トリルは思わず叫びそうになった。
「あれだけ大勢の魔物が攻めてきたら、人間もただじゃすまないな」
カイルがつぶやいた。
「なんとかしないと」
トリルはカイルを見上げたが、そこにはどこか冷めた表情が浮かんでいた。
「俺たち山にすむものは、人間どもにはかかわらない。人間どものは、俺たちから棲むところや、食料や、親兄弟を盗んでいく。ざまあみろとまでは言わないが、助ける義理はないね」
「そんな。あの魔物たちが町を荒らしてもっともっと増えたら、山にすむ生き物たちもいつかは襲われちゃうよ」
「それはそうだが、この世界じゃ自分の身は自分で守るのが掟だ。強いやつが弱いやつを食う。そういうこった」
「でも」
「あの魔女も、あの町の住人も、俺たちからすれば同じ人間なんだ。どっちも俺たちから奪う側の生き物なんだよ」
「・・・」
トリルはカイルが語る自然界の掟がわからないわけではない。
でも、お城には仲間がいる。
姉や兄がいる。
「ぼくはカイルみたいに割り切れない。ぼくは山の住人とは違うんだ」
涙目になって訴えるトリルの頭を、カイルが優しくぽんぽん、となでる。
「わかってきたじゃないか。おまえは俺とは違う。おまえは、人間といっしょに生きていく町の住人だ。それがおまえだ」
「カイル・・・」
「俺は山の住人だ。だから人間を助けはしない。だが、おまえが人間を助けるのを邪魔したりはしないよ」
カイルがにやりと笑う。
「もう、カイル。意地悪なんだから」
トリルは、にじんだ涙をごまかすように怒ったふりをしてそっぽを向いたが、すぐに笑ってカイルを見上げた。
「おまえの行き先が決まったな。案内してやろう。やつらとかち合わないように山道を行くぞ」
「うん」
こんどはうれしさから涙がこみ上げてきてしまった。
またカイルから顔をそむけて、遠く城のある東の空をみた。
夕焼け空は晴れていたが、平原の先に浮かぶ月は、熟れて落ちる寸前のトマトのように赤黒く濁った色をしていた。




