山猫
「あの、さっきは鳶から助けてくれて、ありがとうございます」
トリルは、体ごとふり返ると、頭としっぽを下げて、きちんとお礼を言った。
「ば、馬鹿野郎。別におまえを助けたわけじゃない。たまたま通りかかっただけだ」
山猫は、いやそうに顔をしかめた。
「でも、その前に野うさぎを追いかけていたときから、ぼくのことを見ていたんでしょう?
ありがとうございます」
トリルは、少し戻って山猫に話しかけた。
「うるせぇ、一言文句を言ってやろうと思ったら、たまたま鳶の野郎とかち合っただけだ」
山猫はそっぽを向いて言った。
「あの・・・」
トリルは、また少し近づいて山猫に話しかけた。
「こんどはなんだ?」
山猫はいらだちをあらわにして言ったが、どこか、わざときつくあったっているような感じがあった。
「海はどっちでしょう?」
トリルは、とうとう山猫から三歩ほどの距離まで戻ってきて言った。
「海?なんだ、それは」
山猫は、いらだちを乗せたため息をついた。
しかし、それ以上どこかに行けと追い払うことはしなかった。
「きゅるるる~」
ホッと安心した拍子に、トリルのおなかが鳴る。
「ちっ」
山猫は、そっぽを向いた姿勢から横目でトリルを見ると、舌打ちをして向きを変え、丘の向こう側に降りて行くそぶりを見せた。
トリルはしょんぼりとうつむいて、先ほど行こうとした丘のふもとに向けて歩き出しかけた。
「おい、そっちは砂漠だ」
山猫の声にあわててふり返ると、山猫はそっぽを向いたままトリルを待っていた。
「はぁ?」
トリルは、山猫の言っている意味がわからず首をかしげる。
「ったく、これだから町育ちは。いいか、そっちには水場がないから、どこかにたどり着く前に行き倒れるぞ」
「はい」
「まずは水の補給だ。行き先を決めるのはそれからだ」
「は、はいっ!」
トリルはあわてて山猫に駆けより、山猫の半歩左後ろに付きしたがった。
山猫は大股で丘を降りていく。
トリルは山猫の足取りに合わせようと小走りでついていくが、木の根やとがった石ころがじゃまをして真っ直ぐ歩けず、山猫の後ろを右に左にと曲がりながら追いかけた。
「カイル」
ずっとだまっていた山猫が急に発した言葉に、トリルがきょとんとした顔をしていると、山猫がチラリとふり向いってから、また前を見た。
「俺の名前だ。相手が名乗ったら、自分も名乗るのが礼儀だろう?
近ごろのガキはそんなことも習わないのか?」
「あ、ト、トリルです」あわてて返事をする。
しかし、カイルはそれ以降は、水場に着くまで黙り込んだ。
しばらく林と野原の境目をたどるように歩くと、水のにおいがしてきた。
どこかからちょろちょろと小川の流れる音が聞こえる。
トリルは不意に、自分が倒れそうなほど、のどが渇いていることに気づいた。
「ほれ、落ちないように気をつけろ」
カイルが、小川のそばの下草が開けた場所に案内して言った。
トリルは、礼を言うのも忘れて夢中で水を飲んだ。
カイルは、トリルの渇きが癒えるのを辛抱強く待った。
「ふーっ」
ようやく一息ついたトリルが、思い出したように礼を言った。
「ありがとうございます」
「旅をするなら、水場の位置はつねに確認しておくことだ。
渇きすぎると、体の動きがにぶくなる。にぶくなると獲物がとれないし、敵から逃げることも難しくなる。それに・・・」
カイルは急にだまりこんだかと思うと、姿勢を低くしてさっと草むらに飛び込んだ。
戻ってきたカイルの口には、小さなカエルがくわえられていた。
トリルはごくりと唾を飲んで、無意識のうちにカイルの口元を見つめていた。
カイルは、トリルの足元にカエルを吐き出して言った。
「水場には獲物が集まる。食べな。腹へってんだろ?」
「ええと、ありがとうございます」
トリルは、遠慮も忘れてカエルをたいらげた。
あんまりおなかがへっていたので、生臭いにおいも気にならなかった。
「ごちそうさまでした。あの・・・」
トリルが礼をいうと、カイルが胡散臭げに言った。
「なんだ、おかわりなんかないぞ。次は自分で捕まえろ」
「いえ、そうじゃなくて。あの、意外だなって思って」
「なんだ?」
「あの、お城じゃ、カエルをとるのはぼくだけで、カエルは弱虫が食べるものだって言われてたんです。でもカイルさんはとても強そうなのに、意外だなって」
「ふん、すかした町暮らしの連中の言いそうなこった。
いいか、ここじゃあ、食べられるものはなんだって食べるんだ。それがいやなら、誰かに喰われる。そういうこった」
「はい。好き嫌いはいけないっていうことですね」
トリルは、うれしそうに答えた。
「いや、ちょっと違う・・・。まあ、いいか」
カイルは、頭が痛そうに首をふった。
次の日は、カイルが野うさぎを捕まえた。
カイルが何十分もじっと身構えてチャンスを待つ間、トリルは息をこらえすぎて目の前がちかちかしてしまった。
カイルの獲物を分けてもらいながら、トリルは海の話をした。
「・・・だからね、ぼくはそのおじいさんが言っていた、海を見つけに行こうと思うんだ」
「ふーん。山の向こうのそのまた向こうね」
カイルはそう言うと、トリルを見つめていった。
「いいか、ぼうず。町には町の、ここにはここのルールというものがある。
町では自由がないが安全がある。ここでは何をやっても自由だ。
だがな、その代わりおまえを守ってくれる高い石壁はないんだ。
分不相応なことをする前に、おまえは自分自身を知らなければならん」
「狩りができるようにならないといけないっていうこと?」
「それもある。が、それだけじゃない。おまえは狩りが下手だが、それに代わる力がある」
「しっぽの魔法こと?」
「そうだ」




