森へ
行商人の男に追われたトリルは、どんどん街道から離れて森の奥へと入り込んでしまった。
しっぽの先がヒリヒリと痛む。
先ほどの魔物にやられたのだろうか。
魔物に噛じられた覚えはなかったが、よく見ると縞模様一つ分だけ、しっぽが短くなっていた。
「ひい、ふう、みい、よ・・・。やっぱり十二しかないや」
トリルは、自慢の長いしっぽが、ほんの少しだけとはいえ、短くなってしまって悲しくなってきた。
でも悲しんでいるひまはない。
幸か不幸か、それとも魔法か、短くなったしっぽの先は傷もなく血も出ていなかった。
怪我をしていないならこのまま歩いて先に進むしかない。
トリルは歩きながら先ほどのできごとを思い返していた。
ひどいにおいのする魔物、ピリピリするしっぽ、そして突風と稲妻。
あれはやっぱり魔法だったのかな。
魔物のにおいを嗅いだら全身がぞわわわーってなって、しっぽが自然にくねくねと動いてしまった。
自分の魂にきざまれた魔法。
あれが城猫の魔法っていうことなのかな。
「おなかが空いたな」
先ほどのミルクは、半分ほどしか飲めなかった。
お城から離れた以上、食事は自分でなんとかするしかない。
トリルは、さっきまで考えていた魔法のことをいつの間にかきれいに忘れて、生きるために必要なことを考えていた。
ネズミも満足にとれないのに大丈夫かな、と弱気になる心に気合を入れなおして森を進んだ。
しばらく行くと、何かの動物のにおいがしたので忍び足で探ってみることにした。
森のなかの少し開けたところで、一匹のイノシシの子供が、下草の根っこを夢中になって掘り起こしていた。
獲物にするには少し大きいけれど、相手は子供だし、あれならなんとかなるかもしれない。
とにかく、何か捕まえないと、すぐに飢えてしまう。
トリルは、ウリ坊の後ろからそっと近づいて飛びかかった。
「ぷぎーっ」
突然、背中を引っかかれ、お尻に噛み付かれたウリ坊は、悲鳴を上げて走りだした。
トリルも、獲物を逃すもんかとばかりにウリ坊の背中にしがみつき、ふり落とされまいとふんばった。
ウリ坊は、藪を突きぬけて一直線に走った。
やがてウリ坊は、何か柔らかいものにぶつかってひっくり返って止まった。
トリルも衝突の衝撃でふり落とされたが、素早く身をひるがえして着地した。
よし、なんとか捕まえられそうだ。
トリルはひっくり返っているウリ坊に近づいた。
すると、何か大きな生き物の影が差して、トリルの頭上からうなり声が聞こえた。
「グルルルル」
恐る恐る見上げると、仔牛くらいの大きさの、巨大なイノシシがトリルをにらみつけていた。
「うわーっ」
あわてて逃げ出すトリルを、怒りにわれを忘れた母イノシシが追いかける。
「グモーッ!」
「ひえーーー。ごめんなさぃーっ」
トリルは、細く叫び声を残して、いちもくさんに逃げ出した。
しかし母イノシシも、全速力で追いかけてくる。
「ヒィーー―ッ」
トリルは、追いつかれそうになるたびに細かく方向を変えて走り続け、なんとか母イノシシから逃げきった。
「ハァ、ハァ、ハァ」
いまのは少し背伸びをしすぎた。
もう少し小さいやつをねらおう。
いつの間にか森をぬけて、低い木が茂る平原との境いにたどり着いたトリルは、草むらで息を整えた。
先ほどの失敗を反省しながら、目の前の灌木の根元をよく見ると、白黒の縞模様がある棒のようなものが落ちているのに気づいた。
最初は木の枝かな、と思ったが、木の枝にはあのような模様はない。
よく見ると棒と違って柔らかそうだった。
「なんだろう、食べられるものかな?」
トリルは、慎重に近づいて棒のにおいを嗅いだ。
あまりにおいがしないけれど、どうやら生き物らしい。
よく見ると真ん中の部分が少しふくらんで太くなっている。
爪を立てて捕まえようと思ったが、先ほどの失敗もある。
こんどはまわりをよく観察して、ほかにじゃまをするものがいないか慎重に調べることにした。
しましまの棒のようなものの先っぽがどうなっているかみてみよう。
棒の先っぽは草むらに隠れている。
トリルが目を向けるのと同時に、草むらが揺れた。
いやな予感がしてあとずさるトリルの前に、草むらから牙のあるあごを大きく開いたヘビの頭が現れた。
「シャーッ」
ヘビを見るのは初めてだったが、派手な模様と、薄く鋭い二本の牙を目にして、トリルは本能的に危険を感じ取った。
鎌首を左右に揺らして威嚇してくる。
トリルは目線を外さないように、ヘビをにらみながら後ずさりし、ゆっくりと距離を取った。
十分に距離を取ると、きびすを返して、またしてもいちもくさんに逃げ出した。
「ふーっ、危なかった」
どうやらヘビは、食事をした直後で満腹だったようだ。
こちらが距離を取ると、あえて追いかけてこようとはしなかった。
なんとか危険を避けることはできたが、走り回ったせいで本格的におなかがすいてきた。
「やっぱり、大きな獲物を狩るのはぼくにはまだ無理みたいだ。バッタか、カエルなんかがいないかな」
とぼとぼと歩きながら昆虫を探す。
すると、茂みの枝に、大きな芋虫がはりついているのを見つけた。
「こいつ、食べられるかな」




