集会
ドーラはあばら屋の入り口に向かって、ハスキーだがよく通る声で言った。
「連中はいるかい?」
「お呼びですかい、あねさん」
あばら屋から細身のトラ猫が現れていった。
「何度言ったら覚えるんだい。ドーラさん、と呼びな。それで、連中はいるのかい?」
「ひとり出ていますが、ほかは全員そろっています」
「よし、集会をやるからお触れを出しな」
「いまからですかい?」
ドーラがじろりと睨めつけると、トラ猫はもぐもぐといいわけをつぶやきながらあばら屋に戻った。
すぐに五、六匹の雄猫があばら屋から出てきて、それぞれ別の方角へ散っていった。
ドーラはトリルのところに戻ってきて言った。
「少し待ってな。いま、このあたりの猫に召集をかけたからね。急だったが、五十匹くらいは集まるだろう。それだけいれば、海のことを知っているやつだって、きっといるはずさ」
「あの、ドーラさん。とってもうれしいけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「あたしは知りたがり屋なのさ。この街で自分の知らないことがあると思うと、じっとしていられないたちなんだ。だからぼうやは何も気にすることはないのさ」
「うん、ありがとう」
「素直な子は好きだよ」
ドーラはにっこりと微笑んだ。
しばらくして、続々と猫が集まってきた。狭いあばら屋の庭は猫で埋まり、入りきれない連中があばら屋の屋根に並んで参加していた。
「みんな、突然呼び出してすまないね。さっそくだが質問だよ。『海』ってやつを知っているものはいるかい?」
ドーラの配下(本人ははっきりとは言わないけれど、ドーラさんはきっとこのあたりのボス猫に違いない)は、こういうことに慣れているようで、意味不明の言葉の意味を聞かれても、知らないときは咳きひとつせずに黙って座っていた。
たくさんの猫の中で、五匹ほどの猫がしっぽを掲げた。
「チャックか。おまえから聞こう」
ドーラは、しっぽを掲げたなかで、一番近い猫を指していった。
「はい。おれが聞いたのは、海ってのはとても大きくて深くて、底が見えない池だって話です。おれの婆さんの父親が、海の見える港ってところで産まれたって言ってました」
「よし、チャック。では、その海ってところに行く方法は知っているかい」
「いえ、おれが婆さんに話を聞いた時には婆さんはもうかなり耄碌していたから、詳しいことまではちょっと」
「ほかにわかるものは?」
こんどは三匹がしっぽを掲げた。残りの一匹は、チャックと同じくらいしか知らないということらしい。
ドーラはやはり近いほうの猫を指名した。
「海っていうのは、塩っからい水でできています。そのせいだと思うけど、海の魚は川の魚より味が深くてうまいって話です。それにとんでもなく大きな魚がいて、そいつは仔牛くらいの大きさだそうです。ちなみに、そいつを釣り上げるために、猫を釣り糸にしばりつけて海に放り込むっていう話です」
「なんだか、胡散臭い話だねぇ。まあ、確認する方法も無いから話半分で聞いておこう。それで?」
「あ、はい。海に行く方法は知りませんが、一度、海の魚だという物を食ったことがあります。いつも食事をもらっている食堂のマスターがわけてくれました。ただ、カラカラに乾いていて塩っぱかったです。きっと海が塩っ辛いから魚も塩っ辛いんだと思います。ちなみに、そいつを食ってから二日は下痢が止まりませんでした」
ドーラは顔をしかめていった。
「あー、もういい。おまえはいつも一言余計だよ。さあ、他にはもう無いかい?」
トリルは海に行く方法を知る猫がいないとわかって、がっくりと首を落とした。
「あのー」
しっぽの短い毛むくじゃらの猫が、申し訳なさそうに手を上げた。彼はしっぽが短くて、一所懸命に掲げたけれど誰にも認めてもらえずこうして手で合図を送ったようだ。
「なんだい?」
ドーラが振り返る。毛むくじゃらの猫は、萎縮してびくっと身を固くした。
それでも黙っていて叱られるよりはと意を決して、消え入りそうな声で話し始めた。
「私は、海の見える丘で産まれました・・・」
「なんだって!」
思わず、ドーラと声を合わせてトリルも叫んでしまった。
臆病な毛むくじゃらの猫は、涙目になって首をすくめる。
「すみません。すみません」
「謝らなくていいから、話を聞かせなさい」
ドーラは彼を怯えさせないように、とっておきの猫なで声で続きをうながした。毛むくじゃらの猫は、なんとか勇気を振り絞って話を続けた。
「私の産まれたところは、海が見える丘の上の牧場でした。海が見えると言っても、直接近くで見たことはありません。牧場から港までは遠かったし、うちのそばの海が見える場所は目のくらむような崖になっていて、万が一足を滑らせたらと思うと近寄る勇気はありませんでした」
「それで?」
「はい、海は皆さんがおっしゃったように大きな大きな水たまりですが、その大きさはたぶん誰にも想像できないでしょう。地面に出来た水たまりじゃなくて、地面が海に突き出た石ころみたいなものだって、海鳥たちが言ってました」
「ほほう。それで、おまえはどうやってこの街まで来たんだい?」
そうだ。この人が海のそばで産まれたってことは、この人が海からここま来る方法を知っているってことだ。トリルは固唾を呑んで、海から来たという毛むくじゃらの猫の言葉を待った。




