場所取り
秋になり、小さいトリルも体つきがしっかりしてきた。
ネズミはあいかわらず捕れなかったが、いまはあまり気にしていなかった。
トノサマバッタやコオロギを捕まえるのは得意だったし、草の先っぽで休んでいるトンボを驚かせていっせいに飛び立つさまをながめるのは、何度見てもあきなかった。
ただ、猫の仲間にからかわれるのをさけるようになって、トリルはひとりでいることが多くなった。
今日も暖かな秋の日差しを楽しみながら、ひとりで城壁の上を散歩していた。
城の中庭は紅葉にはまだ早かったが、木々にはたくさんの実がなり、やわらかにふきぬける風はさわやかだった。
トリルは気分よく散歩をしていた。
頭の真上にしっぽで輪っかを描きながら、城壁のでっぱりからでっぱりへと飛びうつってはふり返り、満足気にうなずいていた。
次のでっぱりに飛びうつろうと全身をばねのようにちぢめてみがまえる。
そのとき頭の上をなにかの影がよぎった。
なんだろう、と思ったとたん、黒いかたまりが空から急降下してきた。
とっさに城壁の上の通路部分に飛びおりる。
ふり返ると、トリルがいた城壁のでっぱりには胸に白い月の輪の模様があるカラスがとまっていた。
「なにするんだ!」
トリルが文句を言った。
「ここは俺様の場所だ!」
カラスは負けずに叫び返し、おどすように翼を広げた。
トリルもフーッと毛を逆立てて威嚇する。
しばらくにらみ合ったあと、ふんっと顔をそむけてお互いにその場を立ち去った。
トリルは次の日も同じ城壁に来てみた。
あたりを探るが今日はあのカラスはいないようだ。
よし、と安心して屋上のはしっこを歩く。
今日は雲が厚く空をおおっていて日差しの暖かさはない。
たった一日だが、秋は確実に深まっているようだ。
城壁の上から見る木々はそろそろ紅葉が始まろうとしていた。
初めての秋は、草木がだんだん枯れていく寂しさと、それとは逆に草木が実や根っこに命をためこんでいくような力強さを感じさせる。
この景色はこの先どうなっていくんだろう。
トリルは城壁のでっぱりに立って見える限りの世界をながめながら、この眺めの先になにがあるのだろうと思った。
遠くを見つめるトリルの後ろ、お城の塔のはるか上空で旋回していた小さな影が音もなく翼をたたみ一気に急降下した。
影はぐんぐんと速度を上げ、雲間からトリルを目指して一直線に襲いかかってくる。
矢のような突撃だった。
しかしトリルは振り向かずにさっとかわす。
標的をとらえそこねた矢は、城壁をすぎたところで翼を開いてブレーキをかけ大きく旋回した。
月の輪模様のカラスはトリルの目の前で羽ばたいてしばらく空中でにらみつけたあと、となりのでっぱりに着地した。
「なかなかやるな」
「そっちこそ、あんな高いところから一気に急降下するなんてすごいや」
トリルとカラスはまたしばらくにらみ合ったあと、同時に城壁から立ち去った。
そのまた次の日、トリルはいつもと反対側の建物からあのカラスがこだわっている城壁へと向かった。
建物の陰に身を隠してしばらく観察していると、どこか上空にひそんでいたカラスがいつまでも現れないトリルに業を煮やして降りてきた。
カラスは城壁のいつもの位置で落ち着きなく足をかえながらあたりをうかがった。
しかし、いつまで待ってもトリルは姿を見せなかった。
「もう降参か。根性なしめ」
カラスはあざ笑うようにつぶやいたが、どこかつまらなさそうに中庭を見下ろしている。
トリルはカラスに気づかれないように建物の陰から回りこんで、城壁ぎりぎりを忍び足で進んだ。
柔らかい肉球は一切の足音を立てない。
全身の筋肉にばねのように力をためて身構え、タイミングをはかる。
長いしっぽを左右に揺らめかせてバランスを取る。
カラスがあさっての方向を向いた瞬間、トリルは一気にジャンプしてカラスに跳びかかった。
「わっ!」
「ギャーッ、ギャーッ!」
カラスは驚いて飛び上がり、柔らかい羽毛を飛び散らせながらあわてて空に逃げていった。
「あははは」
会心の一撃(と言ってもおどろかせただけだが)を食らわせて、トリルはしてやったりとばかりに満面の笑みを浮かべて城壁を歩み去った。
それからしばらくは毎日のように城壁の上を訪れてはお互いの隙をうかがうようにしてすれ違う、不思議な散歩が日課になった。




