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あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第四章 貴方の幸せを

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物語の真実 2

「本当に入るのか」

「はい」


目の前には全ての始まりとなった緑に覆われた館がある。


 全てを思い出してから数日がたった。

 ナフタック様にルシウス様の安否を聞いたが、彼もまた私と一緒にこの時代に戻ってきたのでわからないと教えてくれた。

 ヒールを使う私の周りに魔法陣が浮き上がり、気付いたら誰も居ない平野に意識がない私といたそうだ。

 記憶が戻ってからは毎日のように辛くて苦しくて、泣いた。ルシウス様を助けることが出来たのか、そればかりを考えていた。

そんなときにナフタック様が言ってくれたのだ。


――「お前が幸せにならなきゃ、助けた副団長が悲しむだろ。……まあ、あとジョエルもミランダ嬢も……俺も」


 その言葉に皆の顔が浮かび余計に涙が止まらなかった。ナフタック様の言うとおりだ。そう思えて、口角を上げ、前を向けた。


「ここまで強い魔物もいなかったし、意外でした」


 ジョシュア師団長がそう言った。

 私がジョシュア師団長にお願いしたのだ、魔人(ジョエル様)が住んでいた館に行きたい、と。自分でお願いしてこんなことを思うのも変だが、却下されるものだと思っていた。でも意外にも許可がおりた。

 ただ、私一人でなく事情を知るナフタック様を連れていくこと。そしてジョシュア師団長も同行することが条件だ。

 ジョシュア師団長に関しては、あの恐ろしいほどの魔力や自分が知りえない魔法に興味があり、ついて来ているのだと思うけど……


 「魔物討伐、もっと楽しめると思ったんだがなァ」


 この通り拍子抜けしているケイオス団長もいる。

 彼もまた魔人(ジョエル様)に興味がある……と思いたいのだが、どうやら最近弱体化した魔物ばかりで、強敵を探しているだけのようにも思える。……ケイオス様に見つかった魔物が可哀想に思えてくるのはなぜだろう。


「大きな館だね。ここに住んでたのはかなりの高位貴族だったんじゃないか?」

「ジョエル・ルシュブル。公爵家だと聞いてます」

「公爵家の人間が魔人にねェ……」


 ケイオス様が館の扉を開けた。 

 ギィィっという重い音が館内に響いた。500年の時が経つにも関わらず、多少の劣化はあるものの、ほとんど時が止まっているかのように保たれている内部。窓は外壁ごと緑の蔦に覆われ昼間だというのに差し込む明かりは多くない。

 中へ進むとコツコツと人数分の足音が建物内に響いた。


「国を、主を護る騎士が、主を護れず、国を自らの魔力で滅ぼして……そんでそいつには人間としての理性があるんだろ? こんな場所で一人、死ぬことも出来ずにいたってか……」

「……考えただけで辛い、な。 そんな事情がわかっていれば、討伐ではなくあの時にフェジュネーブに迎え入れられたのかもしれないけど……そうはうまくはいかないですね」


前を歩く師団長たちの話に、胸が締め付けられそうだった。ジョエル様を知っているからこそ、余計に苦しくなる。


大きな階段を上がり二階に来た。廊下沿いにたくさんの部屋が連なっている。一部屋ずつ確認していくと、明らかに一部屋だけ状態の良い部屋があった。

 広い部屋に豪華なベッド。ちょっとした応接用のテーブルに、私用で使うであろう机。


「ここ、きっとジョエル様の部屋だ……」


 なんでそう思ったのかはわからないけど、そんな気がした。

 机の上に分厚い本が1冊置いてある。1ページめくってみると、そこには幼い字でしっかりと綴られていた。


――――

13.NJRZ-02.365

フィアナをまもるきしになる。

すぶり100回

はしりこみ

――――


「これ……ジョエル様の日記だわ……」


 フィアナを護る騎士……きっと護衛騎士になることを書いてあるのだ。こんなに幼い字を書く頃から一人を護ると決めていたのだ。


「へえ、あいつ日記なんてつけたんだな……どれ……日記っていうよりは稽古の記録だな、こりゃ」


 その稽古記録をみてははっと笑ったナフタック様につられた私も笑顔になった。


「二人ともこの部屋にいるかい? 私とケイオスは他の部屋も見てこうよと思うから何かあったら声をかけてくれ」

「わかりました」


 きっとのこの保存状態ならば書庫に残っている記録はジョシュア師団長の期待するところだろう。


「ナフタック様、私もう少し日記を見たいのですが……よろしいでしょうか」

「ああ、バラけると何かあったときに危ないだろうし、俺もここにいる」


 ナフタック様が応接用の椅子に腰かけた。

 私も、机の椅子に座る。


「ふふ、ジョエル様に怒られちゃいますね、勝手に読まないでって」

「俺が読んだら剣でも振りかざされそうだけど、お前には甘いからなぁ」

「ふふふ」


 日記……もとい稽古記録は毎日のように付けられていた。体力強化、剣の練習、魔法の練習……。だんだんと幼い字も整って来る頃には稽古記録は、日記と呼べるような役割を果たすようになった。


――――

20.FRYJ-03.370

今日もフィアナに会わなかった。

妃教育が忙しいのだろう。

ヴェルナーも、婚約者なのにフィアナに会えない

と溢していた。たまには私でなくフィアナの顔が見たい、と。

そっくりそのまま返してやった。

――――


 思わずクスっと笑ってしまう。

 そこに彼が生きていて、どんなことがあったのか。それは何気ない出来事かもしれないし、笑顔溢れる出来事かもしれない、もしかするとぐっと苦しくなるような出来事もあるかもしれない、けれどその全てがジョエル様を構成しているのだ。

 

 400年後の未来でルシウス様と話したように、やはりジョエル様はフィアナ様を心から愛していたようだ。でも彼女には婚約者がいて……叶わぬ恋をしていた。

 それでも、婚約者であるヴェルナー様のことも、フィアナ様のことも、本当に愛していたとひしひしと感じられる。

 パラパラとページをめくる。筆跡がだんだんと大人になっていくのがわかった。

 ふと次の日記までの日付に期間が空いていることに気付いた。その日記には()()()()という言葉がでてきている。この頃には騎士として戦っていたのだろう。


 騎士団での出来事、討伐の内容、昇進したという喜び、ヴェルナー様と日常や、フィアナ様へ向ける想い……色んなジョエル様が見えてくる。

 パラパラとページを捲りながら、ポツンポツンと思い出をなぞる。


 この日記自体が結構分厚い本になっている、一体どこまで書かれているのだろう。そう思って一気に最終ページ近くを開いた。ページは真っ白だ。

 最後までは使用していないらしい。どの辺りまで書かれているのだろう。中間よりやや後半を開くも、また何も書かれていない。

 では中間辺りでどうだろう。そう思って開くとすっかり大人の筆跡に変わった日記が残っていた。最後のページを探すように次々とページをめくった。そして、ひとつの記録に目が止まる。


――――

09.FRYJ-03.378

快晴。幼馴染み最後の茶会。

変わらずの近況報告、そして明日からの話をした。

明日は結婚の儀。明日の話をする二人の笑顔がとても暖かかった。

フィアナがこの瞳の色が綺麗と言ってくれた。

私は全てを秘め、明日より騎士として命を捧げる事を、ここに誓う。

――――


 結婚の儀……。それがこの日記でいう明日なのであれば、これはもしかしたら最後の日記なのかもしれない。その夜に、王位継承の縺れでヴェルナー様とフィアナ様は……。

 次のページを捲った。日付も書いてない、真っ白なページだ。やっぱりこの日が最後。そう思って閉じようとした時、捲った先のページの下の方に見つけた、最後の言葉。


――――

どうか、あなたが幸せでありますように――

――――


 「ははっ……本当に……っ」


 視界が滲む。

 その最後の文字に触れた。堪えきらない涙がポタリと文字に落ちインクが滲んでいく。フィアナ様当てた言葉が、私の中に染み込んでいく。


――ポワッ


 文字が淡く発光した。触れていた指先からポカポカした熱が伝わってくる。

 指先から手のひら、腕、肩、心臓、そこから全身に熱が運ばれて、足から床へ逃げていったその熱が淡く発光しだす。

 振り向くと、ナフタック様がこちらを見ていた。


「あの時と……同じ魔法陣……」


 ナフタック様の言葉に立ち上がり足元を見るとそこには金色の光で浮かび上がる魔法陣が、かなり大きな魔力を練り込み広がっている。

 その魔力を感知した、ジョシュア師団長とケイオス団長が「どうしたっ」と叫ぶ声がする。

 ナフタック様の目元に涙が流れた。


「ジョエルの執着の賜物、だな」

「ナフタック様、これって……」

「きっと魔人野郎の祝福(呪い)だ、お前が幸せであるようにって、ははっ、強制的すぎんだろ」


 魔法陣が魔力を帯びキラキラと輝き始める。

 ガタンと大きな音がしたのは、ジョシュア師団長たちが走ってこの部屋に入ってきたからだった。

 

「アリシア! その魔法陣はっ」


 さっき抜けた熱が再び足元が上がってくるのがわかった。その熱とともに足元がだんだんと透けてくる。


「ジョシュア師団長、ケイオス団長。本当にありがとうございました。ノエルたちにごめんねって大好きだよって伝えてください」

「……ああ、わかったよ」

「ナフタック様。お父様お母様に、最後まで身勝手な娘でごめんなさい、愛しています、と」

「ああ、必ず伝える」


 手のひらに熱を感じる。手を開き確認すると指先が透けて魔法陣が見えていた。


「ナフタック様には伝えきれないくらいの感謝が」

「そんなんいいから、アリシア! 絶対に幸せになれよ、いいな!」

「ええ、はい、絶対に。ナフタック様、大好きです、ありがとうございます」

「ははっ、十分過ぎんだろ……行ってこい!」


 目の前の光が弾けた。

 あまりの眩しさに目をつぶる。体を覆っていた熱は眩しさにとともにスーっと消えていく感じがした。ゆっくりとまぶたを開けると、先ほどまでいた部屋だった。

 でもジョシュア副団長もケイオス団長も、ナフタック様もいない。あんなに綺麗だった部屋の内装は朽ちて、部屋としての空間がかろうじて残っている状態だ。


――ライト


 薄暗い部屋を照らす。マナは使えた。

 いくつもの部屋を通りすぎて大きな階段を下った。来るときにあった重い扉はもうなく、館が大きく口を開けている。


 館を出た。

 日が傾き掛けている。ここから駐屯地へ一番近いルートはボルノの街を経由することになる。ここが正しく400年後の未来なのであれば街ではなく跡地になっているのだけれど。

 とにかく進まなければ。


――会いたい


 無事なのかどうなのか、それすらわからない。無事でいて欲しい。またあの優しい声で名前を呼んで欲しい。


――会いたい


 この森を抜ければボルノの街が見える。

 だんだんと歩幅が広くなる。気持ちが急いて、地を蹴る足に力がはいる。


――ルシウス様に会いたい


 息が上がる。

 生い茂る緑に出口が見えた。

 気付けば駆け足も通り越して、力一杯走っていた。最後の木の枝を抜ける。


 開けた視界を見る前に、酸素不足に肩で息をし地面をみる。そこからゆっくりと視線を上げた。

 朽ちた建物がポツポツと残っている。ボルノの跡地だ。


 空にはオレンジ色から紺色へ変わり始めている。

 ふと、魔力を感じた。誰かが近くにいる? そう思った時だった。


「よお、ねぇちゃん。こんな場所に何ようだ?」

「俺らと楽しく遊ばねぇか?」


 掛けられた声に思わず大きく目を見開いてしまった。そして、込み上げてくる笑い。

 声をかけてきた男たちは、()()()の髭面ではないのに、あまりにも既視感が過ぎて、堪えきれなくなった笑いが声に出る。


「っんだよ、なめてんのか?」

「ふふ、いえ、あの、前にもこんな事あったなと思いまして」

「ほう、前にもね。だとしたら、わざと来たのか? そっかねぇちゃん好きものだな?」


 ニヤニヤと近づいてくる男たちにこちらに来ないでね、という意味も込めてパッっと右手をかざした。


「まさか、事故ですよ。それに()()()()魔力がなかっただけで、今は違いますから。近づかないでください」

「は? ぐだぐだもったいぶってねェでこっちに来いって」


 かざした手をつかもうと男が手を伸ばす。

 私は忠告したし、これは自己防衛だ。水魔法でも風魔法でもなんでも良かったのに炎を選択したのは、あの出来事を思い出したから。

 少量のオドを練り込み、男たちに向かって熱波を放つ。一瞬少し焦げ臭いような匂いもしたが、それはご愛敬だ。男たちが勢い良く吹き飛び、近くにあった納屋にぶつかった。髪や服は焦げて意識を失ってはいるけれど、命に別状はないだろう。

 遠目にそんな確認をしたときだった。


「さすがは魔術師殿」


 聞こえきた優しい声に息が止まった。

 胸がぎゅっと締め付けられるようで、目頭が熱くなる。心臓の音はまるで耳元で鳴っているかのようだ。

 声の方へゆっくりと振り向いた。紺色に変わった夜空に浮かぶ月の光が、ベージュの髪の毛を照らしている。


「駐屯地にいたら、有能な部下が突然理由も告げず、魔力を感知したのでボルノの跡地に行って下さいって言うんだよ。どう思う?」


 そう話す声は、余裕のある内容とは違いに震えていた。

 少しまた少しゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「緊急事態だったんですよ、きっと」

「ああ、ここに来て理解した」


 堪えていた涙が溢れた。

 伝えたい事は沢山あるはずなのに、頭に浮かんでくるどの言葉も違う、そんな言葉じゃない。


「……おかえり、アリシア」


 そうだ、何よりも伝えたかった事は――


「ただいま戻りました、ルシウス様」


 そのまま手を引かれ気付けば彼の腕のなかにおさまっていた。大好きな温もり。回された腕が力強く、でも優しく、私を抱き締めてくれる。

 

「ずっと後悔していたんだ。あの日の夜の事。でも契約解消はと言った言葉は反故にするつもりはない。契約は、解消して欲しい」


 ――私の想いは届かなかった。


 深呼吸をした。

 スルリとルシウス様の腕の中から抜け出した。

 笑顔は……出来ていると思う。涙は止まらないけれど、これは再会の喜びの涙だ。だから止まらないのは仕方がない。

 そう言い聞かせ、にこりと微笑んだ。


「わかっております。ルシウス様の元気な姿を見て本当に安心しました。これからも、一人の魔術師としてよろしくお願いしま」

「そうではない!」


 慌てたように声をあらげたルシウス様に、私の言葉は遮られた。

 

「そうではない。利害一致ではない……家族になりたい。……この先の人生を共に、並んで歩いていきたい、そう思っているんだ」

「……それって……――」

「愛している、アリシア」


 涙の止めかたを忘れてしまったみたいだ。

 次々と溢れる大粒の涙、幸せの雫が頬を伝う。


「私も……お慕いしております」


 私の頬にルシウス様のてが触れた。大きくて、暖かい手。

 その手が涙を掬った。ゆっくりと視線を上げると、ルシウス様の瞳がゆらゆらと滲んでいた。そのエメラルドグリーンが私をすごくと愛おしそうに捉えた。

 月明かりに延びた影がゆっくりと重なろうとした、その瞬間。


「あ、ヤベッ、押すなって、だーーーっ」


 近くの朽ちた民家跡からバタバタドカンとものが倒れるような大きな音が。

 そこに複数の魔力があることに漸く気付いた。

 「いやー、偶然だなァ」なんて体についた埃を叩きながら出てきたのは……グスタフ様とそしてジョエル様だった。


「……おい……」

「私は辞めようって言ったんですよ? でも団長が」

「はー? 何言ってんだよ、お前が楽しそうに情報持ってきたんだろ?」


 あまりの恥ずかしさに一瞬にしてルシウス様から一歩離れた。ルシウス様を見ると耳を真っ赤にして怒りとも言えない羞恥にワナワナと震えていた。


「ふふっ、ふふふ、はははっ」


 そんな彼を、皆を見ていたら、恥ずかしさを何倍にも上回る喜びが溢れ声を出して笑った。

 涙が、頬を伝う。


 「「アリシア嬢」」

「アリシア」


 三人が私の名前を呼んだ。


「はい」


 三人が目を合わせ、声が揃う。


「おかえり」


 胸いっぱいに息を吸った。

 喜びと、感謝と、他にも沢山伝えたい事がある。全部、全部伝えよう、この先も共に過ごす中で。


 だから、今は。


「ただいま戻りました!」

X:@sheepzzzmei

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