物語の真実 1
「――そして、本来の自分が生まれた時代に戻ってきたその女の子は、自分が生きた証が400年後の未来に届くことを信じ、魔術師として、強く気高く生きていきました、おしまい。……でしょ?」
柔らかなベージュの髪が揺れる。
不満そうに口を尖らせて、私のベッドの枕をひとつ手に取り、ばふっと顔を埋めた。
「そうね」
「でも、こんなの悲しいわ! この子の恋はどうなるの? 生きた証が届いても、それはその子がまた会えたことにはならないんだものっ」
「……ふふ、そうね」
「もう、おばあ様ったら。さっきから、そうね、ばかり」
今度は枕をぼふぼふと叩きはじめ不満を表している。そんな表情でさえとても可愛く思えてしまう。
「ふふ、最初に言ったわよ。全て話すって。……このお話には続きがあるの」
「続き? そうよね、こんなにモヤモヤするのは嫌だもの」
物語は幸せな最後を迎えて欲しい。
それは物語だから、だ。現実は全てが幸せな最後とはいかない。誰にとっての物語かで、感じ方は違うのだから。
だから……これは家族が幸せでいれるお話だった。
――ここからは、真実の物語。
「――その子が目覚めた時には、魔人討伐以降の記憶が……なかったの」
◆ ◆ ◆
「アリシアーっ!!」
勢いよく抱きついてきたノエルに、バランスを崩し少しよろけた。
えぐえぐと嗚咽混じりに泣く姿に、こちらまで涙が出てきそうになる。ぎゅうぎゅうと抱きついて泣くノエルの頭を撫でた。正面には隊の皆の姿、みんな涙を溢していた。
「心配掛けて、ごめんね……みんな」
向けられた笑顔に心が暖かくなる。
今日から魔術師に復帰することになった。先ほどジョシュア師団長に挨拶を済ませ、ここに来たのだ。
魔人の討伐後、私は1年近くも行方不明だったらしい。見つかったのは禁足地付近、ナフタック様が見つけて運んで下さったと聞いている。
私には、魔人討伐後から自室のベッドで目が覚めるまでの記憶がない。何かの事件に巻き込まれていたのか、はたまた拐われ捉えられていたのか。
お医者様によると、その期間だけの記憶がぽっかり抜けているのは、自己防衛本能として私自身が忘れようとしている可能性があると説明を受けた。無理に思い出そうとせず、自然体でいればいい、と。
復帰までの療養期間中、何度がナフタック様がお見舞いに来てくれた。これもすごく不思議な事のひとつなのだけど、ナフタック様が出会ったばかりの頃のように接してくれる。
魔人討伐までは嫌われていた様だったのに、自室で目が覚めた時には意識を取り戻したことを喜んでくれた。その後、「もう一度謝らせて欲しい」と今までの事を謝罪してくれた。
ただ、彼が言ったもう一度という言葉がすごく気になってしまう。記憶が途切れているどこかで、一度目の謝罪があったのであれば、ナフタック様は私と一緒に居たのではないだろうか。
「よし! 今日は討伐もないし夜はアリシア復帰おめでとう会やるよー!」
そう言うと、どんどん話を進めていく。ノエルの行動力には毎回驚かされる。
「そうだ! ジョシュア師団長も呼ぼう! あ! 騎士団の皆も言ったら来てくれそうよね!」
「えっ、待って、師団長はともかく、騎士団は……」
「いいじゃん、いいじゃん! 多いほうが楽しいよ、もちろん参加は任意だしさ、ね!」
結局、急遽決まった復帰おめでとう会という名目の合同飲み会は、当日告知だったのにも関わらずほぼ全員の参加が決まり、開催されることとなった。
騎士団がよく行っているという市井の店を貸し切ることができた。私も何度かノエルたちといったことがある。お料理もお酒もすごく美味しいお店だ。
簡単な挨拶が終わったら、あとはもう自由という名の無法地帯だ。騎士も魔術師も関係なく楽しく話して楽しく飲んで、その中で皆が「おかえり」と声をかけてくれた。私にその感覚がなくても、私が1年近くいなかったと、言われるたびに変に実感する。
「そういえばアリシア、ナフタック様にお礼言ったの?」
「お礼? あ、私を見つけて運んでくださったことよね。勿論言いました」
はい次はこれね、とカラカラと氷が揺れるグラスを渡された。
なんのお酒だろう、一口含むと甘くて意外に飲みやすい。
「わぁ、これ美味しい!」
「これは最近流行ってる果実のお酒だよ……ってそうじゃない! ナフタック様の話はそれしか聞いてないの?」
カラカラン。
グラスを傾けもう一口。口の中に優しい甘みが広がった。
「それ意外と度数強いから気をつけた方がいいぜ」
ビールのグラスを持って、隣に一人の騎士様がドシンと座った。
この人は確かナフタック様の隊にいた騎士様だ。
「どうせ自分じゃ喋らないんだろうし、俺がアイツの話をしてやるよ」
私は頷いた。
「ナフタックは上級騎士でも隊長でもない、ただの下級騎士だ」
「えっ」
「え、アリシアそのことも知らなかったの?」
「ええ、だってナフタック様にあったのはお見舞いに来てくださった時だけだったし……」
「見舞いねぇ」
騎士様がニヤニヤとする口元にビールを流し込む。
騎士様が言うには、魔人と対峙した際に私を貶めるような言動が問題となり降格処分となったそうだ。そのこと自体は本人も受け入れ街の警備を主とした仕事を見習い騎士共に頑張っていたらしい。
「そんなナフタックが唯一諦めていなかったのが、アリシア嬢の捜索だ。騎士団も魔術師団も捜索にあたったが、捜索期間も打ち切りになって、正直皆最悪のパターンを考えて諦めてた。そんな中諦め切れなかったのが、マリージュ男爵と夫人、そしてナフタックだ」
「ナフタック様ね、討伐参加者に与えられた休暇を使って一人禁足地へあなたを探しに行ったみたいなの」
「……みたい?」
ぼんやりとした表現だ。その表現では、事実を知らないと言っているのと同じなのに。
ノエルは騎士様の方を見て眉を下げ頷いた。
「ああ。アルスター伯爵夫人の話によるとざっくりした行き先を告げ出ていった、と。そして、ナフタックもアリシア嬢を連れて帰ってくるまでの間、消息不明になっていたんだ」
ナフタック様が、消息不明?
倒れていた私を見つけてくださったと聞いていたのに、それだと話が違う。
「ナフタック様には……記憶があるんですよね……?」
「ああ、記憶を失っているという話は一切聞かない。アリシア嬢の空白の記憶をナフタックが知ってるのかどうかも俺達はしらないんだ」
「アリシアが運ばれてきた時、夥しい量の血で染まっていたそうなの。……でも、それはアリシアの血じゃなかったって」
――血?
私の血でないなら誰の血だろう。誰かの怪我を治癒した際についてしまったのか。
「アリシアにまだ伝えてなかったんだけど……魔人討伐後、マナを使って魔力を練ることができなくなってるの。だから、あの出血量のけが人がいたとしたら、今は助けることができない」
「ナフタックは魔力量こそ底をつきかけていたが、大きな怪我はなかった。誰の血なのか聞いても、答えてくれなくてね」
「その後、ケイオス団長やジョシュア師団長に呼ばれて何かを話してたみたいなんだけど……このことに関しての質問は師団長たちに禁止されちゃって、私たちもよくわからないんだ」
お見舞いに来ていたナフタック様が、一度両親と部屋にこもって話し合っている事があった。あの事も何か関係しているのだろうか。
広げた両手をじっと眺める。
血で染まっていた? 私は何をしていたの? ヒールを使うなら触れなくても治癒できる。それでも夥しいと言われるほどの赤に染まっていたのであれば、魔物の返り血でも浴びたのだろうか。
マナが使えないとなるとヒールの威力も格段に下がるだろう。そのせいで出血を止められず、直接触れてヒールでもかけたのだろうか。
ゾワリ。
一瞬にして肌が粟立った。広げた両手に生温い感覚が広がっていく。真っ赤な血に染まった両手が見えた。
――「お願いだから…止まって!!」
頭に響いて来たのは間違いなく私の声だった。
「う、ぁ……ッ」
「アリシア!?」
ぎゅっと頭が締め付けられるようなそんな痛みに襲われた。
両手で頭をおさえて、少し荒くなった呼吸を整える。痛みはすぐに引いていった。
「ごめん、大丈夫。急に頭痛くて、はは」
心配そうにノエルが私を覗き込んだ。
「お酒良くなかったかな? ちょっと休憩する?」
「そうね、そうさせてもらう。少し外の空気でも吸ってくるよ」
「ああ、無理するなよ」
二人にそう伝えてお店を出た。
月には薄っすらと雲がかかっている。少し散歩でもしよう。
私は歩き出した。そのままさっき聞こえた声のことを考えた。あれは私の声だった。そしてその前に一瞬感じた血の感覚……もしも失った記憶の一部だったのであれば、私は誰かを助けようとしていたの?
この疑問の答えは……ナフタック様が知っているのではないだろうか。それにケイオス団長やジョシュア師団長と話をした後、この事について聞くことを禁じられているなんて、私の記憶という問題だけでなく、何か大きなことに関わっているのではないの?
――私は一体どこで何をしていたのだろう。
「んで、どうだ? アリシア嬢の様子は」
少し先の暗い路地の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
ケイオス団長?
「今の所は、変わりないようです」
「記憶はもどりそうかな?」
「そればかりはなんとも……俺も見舞いに行ったときに話したきりですので」
「んー…そうですか。アリシアにとって、何が幸せか……だね」
「ええ」
ナフタック様とジョシュア師団長も。
「何度言われても信じがたいな、400年後の未来ねぇ」
「俺も最初は事実を受け入れられなくて」
「んで? 1年前に討伐したと思ってた師団長様の生き別れの似てねェ兄弟様もその時代にいた、と」
「まだその勝手な設定を……で、魔属性の暴走で人間が魔人になって、あの魔人が元は人間だったなんてね。えっと、ジョエル・ルシュブルでしたか……」
キンと頭の奥が痛い。
――「……はじめまして、ジョエル・ルシュブルです」
灰色の髪に、深い青の瞳。涙を流してそう言う彼は、誰……――
「アリシアの魔力はジョエル……彼の想い人の魔力だと言ってました。500年前に護れなかったその想い人とアリシアを重ねて魔法というより一種の祝福のようだと、今になっては思います」
「祝福?」
「ええ。アリシアが必ず幸せになれるように、と。だからあの時、ルシウス副団長にかけたヒールで魔力をすべて失う前に魔法陣が」
「ルシ、ウ、ス……う、あぁッッ」
頭が、痛い。
どんどんと増していく痛みに、呼吸が苦しくなる。
壁に勢いよくもたれかかった。静かだった街に音が響く。その音なのか私の乱れたであろう魔力を感知してなのか、路地から出てきたジョシュア師団長の姿が消えゆく視界の中薄っすらと見えた。
◆ ◆ ◆
「おね、がいっ……ぐッ、止まって……っっ」
「アリシア嬢やめろっ! このままだとお前の魔力が失くなる!!」
「やだっ、ルシウス様がっ、いやっ」
止まらない血、塞がならい傷、生暖かい血の温度。
彼を助けたい、生きてほしい。
ただ、それだけなのに。
真っ暗な闇に光を感じる。
ああ、私はまた目を閉じてしまっていたのね。閉じているであろう目元に温かな流れを感じる。そうか、私は泣いているんだ。
ゆっくりまぶたを持ち上げたら、ノエルが泣きながら手を握ってくれていた。視線を動かすと、ナフタック様やジョシュア師団長、ケイオス団長の姿も。
「ノエル、心配かけてごめんね」
ぶんぶんと首を振るノエルにもう大丈夫だよと笑顔を向けた。
そしてナフタック様へ視線を移した。
「ナフタック様……討伐後私を探してくださってありがとうございました。そして、巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。でも、私を知る人が来てくれたのが本当に支えでした」
ナフタック様の眉間に力が入る。苦しそうな表情、恩人のあなたにはそんな顔をして欲しくはない。
「私、思い出しましたよ……全部」




