エルダジアとの戦い 3
衝撃の瞬間に地面に沈み込んだ、そんな気がした。
魔力を放つ手のひらがピリピリと痛い。攻撃の重さに耐えきれず肘が少しずつ曲がっていく。爆発音なのか燃え盛る炎の音なのかもはや聞き分ける余裕もない。
業火を受け、ウォール内の温度の上昇でじっとり汗が流れてくる。息も、苦しい。
どうにかミランダ達に視線を移した。魔力の枯渇が近いのだろう、手が震えているようだ。意識が朦朧とした一人がバタリと倒れた。騎士様が駆け寄って救護する。
どうか、お願い。後少し、後少しだけ。
「耐え、て――っ!!」
もう少し、あと少し――。
「…おい嘘だろ……また魔力が……」
聞こえてきた、グスタフ様の声。ぼーっとする頭ではすぐには理解が追いつかない。魔力? 誰の?
漸く理解したのは、全く余裕の無い私にも感知できるだけに膨れ上がった魔力を遠くに感じた時だった。
「はぁ、はぁはぁ……ぐっ――」
手が、震える。視線の先の赤が霞んで見える。
その霞んだ視界すらも涙に滲み始める。
「――もうっ」
――ダメ。
そう頭に浮かんだ瞬間だった。ゾワっと肌が粟立つ。体に掛かっていた魔力の負荷から解放される。消えた頭上の業火よりも、遠くで練られている魔力よりも、更に大きな揺らぎ。それは400年前、あの頃に感じたものと同じだ。地面にへたり込んでしまった体を両手で支え、その魔力の元へ視線を移した。
あの時と同じ…空を黒く染め赤と黒の魔力を纏ったジョエル様が立っていた。
ジョエル様、その魔力はもう――
「はぁはぁ……間に、合った……ははっ、もう、大切な人たちを失うのは、嫌です」
肩で息をしながら苦しそうにそう言ったジョエル様の赤い瞳から、その瞳と同じ色の涙が流れた。
「はぁぁああっっ」
纏っていた魔力が高密度で練り上げられていく。400年前もそうだった、あれは高密度の瘴気だ。
その圧縮した瘴気を敵陣に向かって放った。その瘴気は敵陣へ降り注ぎ赤と黒が混ざりあった霧が音もなく広がっていく。
程なくして敵陣で練られていた魔力は消え、個々の魔力も一つ、また一つと消えていく。そして魔力の反応が、途絶えた。
「終わった、の?」
ドサっと音がした。
男がうつ伏せに倒れている。そこにいたのはジョエル様のはずなのに、その男の髪は銀色に染まっている。
「ジョエル、様?」
どうにか立ち上がり彼の近くへ歩く。
近くにいた騎士が、彼の体を起こしてくれた。髪の毛は銀色だけど、彼はジョエル様で間違いない。
「ジョエル様っ!!」
ミランダも駆け寄ってきた。
周囲のざわつきに、彼のまぶたがゆっくり動いた。生きている。
ゆっくり開かれたまぶたの下からはいつものラピスラズリが覗いている。
「ああ、良かった……今度は、護れたんですね……」
まだ少し赤が残った涙が流れた。
「ジョエル様、今ヒールをっ」
「大丈夫ですよ、ミランダ嬢……一部の魔力が枯渇しましたが、まだオドが、少しあるので」
魔人の魔力は枯渇したけど、まだオドが残っている……? もしかすると髪の毛の色が変わったことも関係するのだろうか。
「ジョエル様、魔力の枯渇と髪の色とは何か関係がありますか」
「え……髪、の? ……っ!?」
自分の肩にかかる銀髪の髪を見て、ジョエル様は片手で目元を覆った。少ししてその手を下ろし、流れる涙を隠す事なく今まで一番綺麗に笑ってくれた。
「こんなにずっといたのに、おかしいな……はじめまして、ジョエル・ルシュブルです」
「――はじめまして、アリシア・マリージュです。銀色の髪に、深い青、とても……綺麗ですね」
「……――ああ、フィアナ、ヴェルナー、私は……ここで生きています」
ミランダが大粒の涙を溢した。ジョエル様がミランダの頬に手を伸ばし涙を拭う。
もしかしたら、彼女は私よりもジョエル様の深い部分を知っているのかもしれない。
消えた魔力の確認に向かったのは体力と魔力に余裕がある騎士たちだった。
私たちはと言うと、エルダジアの騎士たちが魔術具で転移してきた場所へと向かう。黒く焦げたたもの、手足が失くなってしまっているもの……動かなくなった者たちが、至るところに転がっている。中には本当に微量ではあるが魔力を感知できる者も倒れている。
魔術具の回収が目的なのだけど、恐らく先程の攻防の中で殆どの魔術具は壊れているだろう。自爆で使っていた魔術具は勿論だが、転移のものに関しても、この辺り一帯が無差別でエルダジア側の魔法の巻き添えになっているのだから。
「お、この転移魔術具はひびも入ってねェし、回収か?」
グスタフ様がしゃがんで魔術具を拾おうとしたそのとき、近くに倒れたいた敵兵が起き上がり剣を振りかざす。でも、その剣が振り下ろされるよしも早くルシウス様が剣を突く。
敵兵はそのままその場に崩れ落ちた。
「団長、気付いてるのであれば剣を構えるくらいはして下さい」
「でもほら、ルシウスがいるし問題ねェかなって」
「あなたの護衛ではないんですよ」
「えーそうなの?」なんてお茶目に返し、ルシウス様の厳しい視線をうけるグスタフ様。いつものやり取りであろうこの会話に、他の騎士様たちも小さく声を出して笑った。
――終わったんだ……
まだ雲がかかる空を見上げ、大きく息を吐いた。もう魔力も枯渇寸前だ。聖属性が使える聖人聖女も魔力消費が激しく、途中倒れてしまったものを含め駐屯地へ向かってもらうことしにた。
私たちもこの場の魔術具を概ね回収したら、駐屯地へ戻ることになっている。
戻ったら……だろうか。
団長副団長は後処理もたくさんあるだろう。時間ができとしたら夜か、もしくは騎士の宿舎に戻ってからか……
「アリシアッ!!」
急に名前を呼ばれた。
声の方をみるとルシウス様が駆け寄り私に手を伸ばしている。まるで時がゆっくりと動いてるようだった。
ルシウス様が伸ばした手は私の腕を掴み、力一杯に引っ張られ私の体はそのまま地面へぶつかった。状況が掴めずすぐに顔を上げると、そこには赤が舞い、赤い雫がピチャっと頬にかかる。先に見えるのはエルダジアの兵が騎士様に押さえ込まれた姿。
――じゃあこの血は一体だれの……?
すぐ手前にバタンと音を立てて倒れ混んだ見慣れた騎士服。
自分の呼吸が早くなるのがわかった。ばくばくと鳴る心臓の音も、震える手も、全て信じたくなかった。
「ルシウス!!」
「副団長!!」
重なって聞こえた声。あまりのショックに声が、出ない。でも声よりも先に、何よりも先に私にはやらなければならない事がある。
すぐに近づき傷口にヒールをかける。首の付け根からドクドクと勢いよく血が流れ出る。
「ヒール! ヒールっ!! ヒールッ!!!」
流れ出る血の勢いは弱まりはするも止まることはない。
いつもであればすぐに完治させられるのに。何で今なの? どうしてルシウス様なの?
「いやっ、お願い、止まってよっ! ヒール!!! お願いだから……止まって!!」
視界が涙で滲む。
私のせいだ。私が警戒を怠ったから。ルシウス様はそんな私を、助けて……――。
手の震えが止まらない。息が苦しい。手のひらから発される癒しの光が段々と弱まっていく。出血は……まだ止まらない。
手のひらで傷を直接圧迫してそこにヒールを流し込む。
「おね、がいっ……ぐッ、止まって……っっ」
「アリシア嬢やめろっ! このままだとお前の魔力が失くなる!!」
「やだっ、ルシウス様がっ、いやっ」
グスタフ様に力で止められる前に、私の全てでルシウス様を救いたい。ルシウス様に……生きてほしい。
お願い足りて――。体に残る全てとオド絞りだし通常の倍以上のマナを練り込んだ。私の最後の魔法になるかもしれない。足りない魔力で上級ヒールを無理やり発動させた。
手のひらに癒しの光が宿る。
ゆっくりと血が止まり出す。深く斬り込まれた傷口が露になるも中々筋肉が皮膚がくっつかない。視界が霞んでいく。
「アリシア! この魔方陣はっ、お前は何をっ!?」
ナフタック様の声が遠くに聞こえた気がした。
先程まで聞こえていた騎士様達の声もぼんやりと遠くからしか聞こえてこない。それなのにやたらと大きく聞こえてくる私の心音。
黒く消えかかる視界で、ルシウス様の首もとにキラリと光るドックタグが見えた。そしてそのタグと一緒に付けられていたのは……アクアブルー――
。
――せめて、完治はしなくても彼の命だけは。微量しか残らない魔力の全てを注いだ。
その瞬間、色も重さも全てが消えた。
◆ ◆ ◆
底のない何かにスッと足を踏み込む感覚がした。普段だったらビクリと体が揺れるのに今は何故か心地い。
暖かいな、そんな事を思ったらぼんやりと光を感じた。重い目蓋をゆっくりと持ち上げる。
うっすらと白い天井が見える。太陽の匂いもする、お布団だろうか。右手に感じた少しの重みを軽く握る。
「……アリシア……?」
この声は、ナフタック様だ。ゆっくりと声の方に顔を向けた。
ぼんやりとする視界に灰色が映る。
「……どうしたのですか?」
段々と鮮明になってくる視界に、目元に涙を溜めたナフタック様が見えた。
「ふふ……なんでそんなに、泣きそうなのですか?」
「なんでって、お前っ」
変なナフタック様。
そう思っていたらこちらに向かってくる足音が聞こえた。
ガチャリと部屋のドアが開く。
「アリシアっ……目が覚めたのね、本当にっ、本当に良かった」
ナフタック様が席を立つ、お母様が傍へ駆け寄り私の手を握った。
「アリシア! 目が覚めたのか、どこか調子が悪いところはないかっ」
お父様も部屋に入ってくる。
「ええ、少し体が重いですが……そのくらいです。ふふ、でも何で皆泣きそうなのですか。何よりナフタック様が、何故我が家に?」
数秒の沈黙が流れた。
ナフタック様は視線を落とし、拳を握りしめていた。
「一体どうしたのですか?」
開いた窓から入り込む柔らかな風がテーブルに飾られた花を揺らし、カーテンを撫でた。
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