第60話 岡山県
「知事ー!?」
腕が、脚が、腹が。
串刺しになった全身を無理やり動かし、吉備武彦桃温羅は自身の周りに水あめの壁を作る。
刀より厚い壁は、刀よりも温羅の爪を耐えることはできるが、長時間の防御は難しい。
が、充分。
防御行動をとる必要のない時間があれば、吉備武彦桃温羅にとっては充分なのだ。
医療大国、岡山。
岡山県が学問に力を入れているのは、先に述べた通り。
なかでも、医療分野は最先端と言ってよい。
無限に上げた成果の一つが、国内初の人工手関節だ。
関節リウマチなどで手首が動かなくなった患者に対する治療法として、岡山県の医療メーカーが国内初の人工手関節を開発した。
これにより、従来は痛みを和らげるにとどまっていた治療が、動作のしやすさを改善する治療にまで発展を遂げた。
また、人工手関節の開発以前にも、肩・指・足首の人工関節も製品化しており、人体のほぼ全てに対応した人工関節を用意できている。
吉備武彦桃温羅は自らメスを手に持ち、損傷した自らの関節を人工関節へと置き換えていく。
温羅の爪による被害を、技術力によって補習していく。
さらに、岡山県の技術力は関節だけに止まらない。
岡山県にある岡山大学病院は、日本で初めて肺移植を実現した病院。
臓器でさえも、吉備武彦桃温羅の手にかかれば新しい物に交換できる。
吉備武彦桃温羅は、その技術力を持って鬼に等しい再生力を有するのだ。
「治療、完了だ」
全身が動くことを確認し、吉備武彦桃温羅は立ち上がる。
そして、未だ水あめの壁をがんがんと叩く温羅を見あげる。
「アレがいるな」
吉備武彦桃温羅がサッと手を上げると、上空を舞うタンチョウたちがせわしなく移動をし始めた。
地上へ降下し、吉備津神社の境内に隠してあった物を掴み、吉備武彦桃温羅の元へと飛んでいく。
「おおお!!」
温羅が水あめの壁を破壊したのと、吉備武彦桃温羅の元にタンチョウからの贈り物ーー赤韋威鎧が届けられたのは同時だった。
吉備武彦桃温羅は速やかに鎧を着用し、温羅の拳を受け止めた。
「俺様の攻撃が、止められた?」
想定しない現実に、温羅は目を見開く。
温羅は強い。
ただ強い。
他の鬼たちと違い、欲望に起因する能力など持ち合わせていない。
圧倒的な力の強さゆえ、そんな進化を遂げることはなかった。
吉備武彦桃温羅の足元がひび割れ、大地が砕ける。
大地だったものは土塊となって宙を舞い、温羅と吉備武彦桃温羅の周囲を舞った。
タンチョウたちは土塊を避けながら、空へと逃げ戻っていく。
「桃太郎! またしても!」
温羅が凝視する鎧。
名を、赤韋威鎧。
備中国の旧家、赤木家に伝わってきた大鎧である。
平安時代に、観賞用ではなく実践用として作られ、近世以降の修理をほとんど受けていない、現存する歴史そのもの。
その姿は、平家物語の合戦絵巻にも描かれるほどの伝説。
熟れた桃のように赤い吉備武彦桃温羅の立ち姿は、さながら桃太郎。
鬼退治を果たした、日本一の桃太郎だ。
吉備武彦桃温羅は温羅の拳を押し返すと、腰から刀を抜いた。
赤い鎧とは対照的な、青と白の刀。
「またしても俺様の邪魔をするか!!」
吉備武彦桃温羅が手に持つは、かつて桃太郎の所有した名刀『清水白刀』。
柄は、瑞々しくつ艶艶しい青。
空をも吸い込む青。
刃は、清水がごとく透き通った白。
繊細で上品な白。
青と白の合わさった姿は、まるで王の威光のごとし。
温羅の拳が振り下ろされる。
吉備武彦桃温羅は、清水白刀を持って拳を迎え撃つ。
拳と清水白刀はぶつかり、衝撃波によって周囲の木々をなぎ倒す。
温羅の拳に傷はなく、清水白刀の刃に刃こぼれはない。
強く握りしめることでより硬くなった温羅の拳は、吉備武彦桃温羅の一振りを裕に耐えてみせた。
「……重いな」
傷を負った場所といえば、吉備武彦桃温羅の両手だ。
清水白刀をぶらさぬように柄を握りしめた結果、拳の重さに指の骨が音を立てて砕けてしまった。
皮膚は裂け、青い柄を赤く染めながら血が流れる。
次の温羅の拳を、吉備武彦桃温羅は後方に飛んで回避した。
血の落ちた場所は、温羅によって砕かれた。
吉備津神社の地盤が歪み、本殿がぐらりと傾く。
「封印によって温羅の力は全盛期から衰えているはずだが、これか」
吉備武彦桃温羅は、清水白刀を握る自身の手を見る。
血は流れ、力は入らず、いずれ動かなくなるだろう様を呈している。
一方、温羅の動きはだんだんと鋭敏になっている。
地上に出たことで封印の効果が切れ、全身が全盛期へと向かっている。
戦いを長引かせれば、吉備武彦桃温羅が不利なのは明白だ。
「我が祖先、桃太郎でも倒せなかった温羅を、果たして私が倒せるだろうか。……いや、倒さねばならんのだ。何故なら私は、岡山県県知事だからだ!」
温羅は拳を大地から引き抜いて、再び振り上げる。
策一つない、強引な一撃。
「神々の時代は終わった。私には、桃太郎の様な神の力はない。だが代わりに、私には祖先たちの築いてきた大都会岡山の技術力がある!」
温羅の拳が、振り下ろされる。
同時に、吉備武彦桃温羅は大地を蹴った。
槍のようにまっすぐと、温羅の懐へと跳んだ。
現代技術力の髄。
即ち、高速道路の技術力。
岡山県は、高速道路整備率同列第一位。
人間を目的地へ最短最高速で運ぶ術を、日本一持っている県。
吉備武彦桃温羅は自身と温羅の心臓までの最短距離を、速やかに計算してはじき出したのだ。
むろん、温羅の拳の軌道さえも計算に入れて。
温羅の拳をすり抜けて、清水白刀の切っ先が温羅の心臓へと伸びる。
心臓は、急所。
だが、急所とは、常に守られている場所だ。
温羅の硬い肋骨が引き締まり、防御反応を示す。
温羅の瞳が、下へと動く。
「見せてやろう! 我らが千年かけて築き上げた、力を!」
清水白刀の切っ先がわずかに後方へ下がり、次の瞬間に前方へと突き出された。
美しすぎる一閃は、闇に差し込んだ一筋の光。
世界各国を回って産み出した、クレオパトラの愛した剣技。
「女王之愛!!!」
温羅の心臓が、貫かれた。




