第59話 岡山県
タンチョウ大国、岡山。
岡山県においてタンチョウとは、江戸時代から後楽園で飼育するほど歴史が長い。
戦後以降もタンチョウの保護と増殖に力を注ぎ、現在では岡山県自然保護センター、岡山後楽園、きびじつるの里、蒜山タンチョウの里の四か所で飼育をしている。
令和五年時点で、その数は五十六羽。
日本でも最大規模である。
空を舞うタンチョウは、彼に温羅の居場所を教えていた。
岡山県知事、吉備武彦桃温羅に。
ぼんぼんぼん。
蒸気を上げて、一台の自動車が吉備津神社の境内を走行する。
その自動車、ただの自動車にあらず。
何を隠そう、日本初の国産自動車。
自動車大国、岡山。
日本の自動車といえば、誰もが思い浮かべるのが愛知県豊田市に本社を置くトヨタ自動車株式会社であろう。
しかし、国産自動車の歴史の始まりは愛知にあらず。
国産自動車の歴史は、岡山から始まった。
明治三十六年。
大阪にて開かれた第五回内国勧業博覧会において、岡山の資産家が蒸気バスやガソリン・バスを見て感銘を受けた。
そして、バス事業の構想を立て、自動車の開発を依頼した。
手がけたのは、岡山県の電機技師である山羽虎夫。
翌年明治三十七年には、十人乗りの乗り合いバス『山羽式蒸気自動車』が完成した。
馬車が主流の明治時代において、自動車の発明は日本人の常識の外。
表町から新岡山港までのおよそ十キロメートルの走行に成功したことは、国産自動車の歴史を始める偉業となった。
実用化にこそ至らなかったが、山羽式蒸気自動車は今でもトヨタ博物館に飾られている。
世界一の自動車企業が博物館へ置くほどに、高い評価を受けているのだ。
即ち、岡山はいち早く自動車の可能性を見出した自動車先進国なのである。
屋根のない木製トロッコの先頭には、蒸気を吐き出す黒い煙突。
くるくるとタイヤが回転し、自動車は突き進む。
吉備武彦桃温羅は、自動車の上に仁王立ちをしていた。
「見えてきたな」
山羽式蒸気自動車の実用化失敗は、自動車大国岡山にとって夢の終わりだったのか。
否、実用化の失敗は、さらなる夢の始まりである。
吉備武彦一族は、山羽式蒸気自動車が表舞台から消えた後も、国産自動車の研究を続けてきた。
そして誕生したのが、新・山羽式蒸気自動車。
名こそ蒸気自動車を冠しているが、動力は大都会テクノロジーを詰め込んだ別物。
日本初のデザインをそのままに、完全なる自動運転を実現した世界最高の自動車である。
新・山羽式蒸気自動車は、自動で障害物を避けながら悪路を突き進む。
そして、吉備武彦桃温羅の身を容易に温羅の元へ届けてみせた。
吉備武彦桃温羅が見たのは、逃げ惑う総社宙と、無感情に殴打を続ける温羅の姿。
「ご苦労だった、総社の」
吉備武彦桃温羅は自動車を限界まで加速させる。
と同時に、取り出した瓶の蓋を開け、中に入った液体を外へと流す。
流れたのは、水あめ。
岡山県は、水あめの出荷額第一位。
云わずと知れた水あめ大国である。
吉備武彦桃温羅が流れ出る水あめを掴むと、水あめはその形と強度を変える。
吉備武彦桃温羅の手に最も馴染む形状の刀へと姿を変える。
温羅は、当然近づいてくる自動車になどに興味を示さない。
吉備武彦桃温羅にとっては、都合がいい。
「県知事!」
「下がっておれ」
新・山羽式蒸気自動車がブレーキをかけると同時に、前へと押し出される慣性を利用し、吉備武彦桃温羅は跳んだ。
温羅の肩の高さまで飛びあがり、水あめの刀を振った。
「開拓者!」
刀は温羅の肩に叩きつけられるも、その皮膚を切り裂くにまでは至らなかった。
ただし、肩たたき程度の衝撃を温羅に与えることには成功した。
総社宙を追っていた拳の動きが止まり、代わりに温羅の瞳が吉備武彦桃温羅を捕らえた。
「駄目か。ならば」
温羅の両掌が開かれる。
両手で挟んで押し潰そうと、温羅の二枚の掌が吉備武彦桃温羅の左右から接近する。
死地においてなお、吉備武彦桃温羅は冷静だ。
叩きつけた刀をもう一度振り上げ、今度は両手で刀を握る。
岡山県は、常に進化を続ける。
ピオーネというブドウが生産量日本一になっても、さらなる改良を続けてきた。
そして生まれたのが、ニューピオーネ。
ピオーネの甘さをそのままに、種を無くしてより食べやすく、より加工しやすい品種を作り上げた。
全ては、大都会の技術力。
剣術もまた、常に進化を続けるのだ。
「新時代之開拓者!!」
「うぐ……!?」
二度目の太刀は、温羅の肩から下を斬り落とした。
切断面から血が噴き出し、温羅の右腕が地面に落ちる。
「ぐおっ!?」
同時に、残された左手の掌が吉備武彦桃温羅に衝突し、その体を地面に叩きつけられる。
結果は、痛み分け。
全身を襲う痛みに耐えながら吉備武彦桃温羅が立ち上がると、温羅もまた切断された右肩を苦しそうに押さえていた。
「おお! わしが傷一つ与えられんかった温羅の肩を……。強い。神の力を得たわしよりも。これが、岡山県を支える男の力という訳じゃのう。そらそうじゃ」
総社宙の姿など、温羅はもう眼中になかった。
復活して初めての痛みを前に、一つの個体を認識していた。
「覚えているぞ、この感覚。貴様、桃太郎!」
温羅が叫ぶと同時に、温羅の右肩から腕が生えた。
切断面は何事もなかったかのように消え失せて、温羅の右手の指が何度も曲げ伸ばされる。
「我が先祖を覚えておるとは。光栄じゃな、温羅」
「また、俺様の邪魔をするか!!」
「……記録には残っておったが、本当に人の話を聞かぬやつだ」
温羅が腕を大きく振りかぶると、温羅の鋭利な爪が生えそろった。
温羅が腕を大きく振り下ろすと、温羅の鋭利な爪が散弾銃のように飛び散った。
「小癪な!」
吉備武彦桃温羅は、跳んでくる爪を刀で次々と叩き落す。
だが、温羅の残弾は無限。
何度も腕が振り下ろされ、そのたびに新たな爪が生えて放たれてを繰り返す。
無数の爪は、着実に刀へのダメージを蓄積していく。
「むう……!」
ピシリ、と。
刀にひびが入る。
ひびは入れど、爪の雨は止まらない。
爪の雨が止まらない以上、吉備武彦桃温羅は刀を使って防がざるを得ない。
ひびは徐々に広がっていき、刀全体が覆われた時、吉備武彦桃温羅の手の中で刀が砕け散った。
「しまっ……!」
爪が、吉備武彦桃温羅の全身を貫いた。




