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現代解釈桃太郎 ~大都会鬼討伐戦記~  作者: はの


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第56話 岡山市

「おおおおおおおおお!!」

 

 岡山水葉が叫ぶ。

 圧縮された声が、周囲の大気をぐらぐらと揺らす。

 周囲の木々の葉が揺れて、赤鬼の聴覚を揺らす。

 

「ぐ……! なんだ、この音は……!」

 

 岡山水葉が発したのは、ただの声。

 否、ただの歌。

 

 カラオケボックス発祥の地、岡山。

 一九七〇年代、カラオケはスナックやカラオケ喫茶のサービスとして設置され始めた。

 当時は、飲酒のおつまみとして、そして他の客の前で歌う娯楽として。

 

 一九八五年、岡山県の元トラック運転手が、トラックのコンテナを改装して個室カラオケを全国で初めて設置した。

 個室カラオケの需要は高く、コンテナ製の個室カラオケは、撤収も容易なビジネス的側面も後押しして、あっという間に広まっていった。

 個人による成功は、企業も欲しがる。

 一九八七年、クラリオンがカラオケ業界に参入。

 一九八八年、第一興商、日本ビクターがカラオケ業界に参入。

 日本全国に、コンテナ製の個室カラオケは広まった。

 そして現代、ビルの一部屋を個室として扱う方式が確立した。

 

 全国で初めて個人が自由に歌えるカラオケを生み出した岡山県は、全国で初めて誰でも自由に歌を扱った都市。

 即ち、最も自由な歌を扱う都市。

 岡山水葉もまた自由な歌を手にし、世界で初めて歌を武器にすることに成功した。

 

 

 

「おい、ふざけんな! 歌うなら最初に言え!」

 

 倉敷我愛が、両耳を塞ぎながら怒鳴る。

 岡山水葉の歌は、赤鬼の聴覚のみならず、隣に立っていた倉敷我愛の聴覚も揺らしていた。

 

「貴方なら躱せるだろうと思いましてね」

 

「躱せるわ! なめんな!」

 

 赤鬼もまた、両耳を塞いで歌を遮断することで、聴覚を戻そうと試みた。

 五感とは、生物が目の前の事象を把握するために必須の能力。

 一つでも失うことは、戦闘において圧倒的な不利となる。

 

(……そう言えば、私の作り出した餓鬼に、相手の聴覚を奪える餓鬼がいましたね)

 

 聴覚を失った赤鬼は、聴覚に使っていた集中力を思考力に当てる。

 不利な状況下においても、自身の【貪欲】の能力の新たな使い方を模索する。

 そして、辿り着く。

 

 五感もまた、生物の生存したいという欲求に従って作られたもの。

 即ち、欲望であると。

 欲望ならば、赤鬼は奪うことができる。

 

「む?」

 

「んん?」

 

 岡山水葉と倉敷我愛の視界が、黒く閉じた。

 何も見えない闇へと放り込まれた。

 

(まずは、視覚)

 

「視界が奪われましたか。しかし、この程……度?」

 

(次に、聴覚)

 

(最後に、嗅覚)

 

 否、赤鬼が奪ったのは、視覚と聴覚と嗅覚。

 人間が、相手を認識するために使用する感覚。

 

「これで、何もできない! 終わりだ人間!」

 

 餓鬼の能力の弱さは、餓鬼自身も感覚を失ってしまうということにあった。

 だが赤鬼の能力は、感覚の喪失を相手に一方的に強いる。

 赤鬼自身は何も失わない。

 むしろ、欲望を増幅させ、より鋭敏な感覚を得ることができる。

 

 赤鬼の笑い声も、二人には聞こえない。

 

「どうすんだよ、これ」

 

 倉敷我愛の焦った声も、赤鬼にしか聞こえない。

 

 一方の岡山水葉は慌てることなく、その場に靴を脱ぎ捨てて、裸足で地面を触っていた。

 

「うん、大丈夫そうですね」

 

「何が、大丈夫だって?」

 

 視覚と聴覚と嗅覚を失った岡山水葉に対し、赤鬼は余裕の突撃を行う。

 走りながら棍棒を振り上げて、岡山水葉へと振り下ろす。

 

 が、岡山水葉もまた、棍棒を余裕に躱した。

 躱される想定の無かった赤鬼は、棍棒を振る勢いのまま体勢を崩す。

 岡山水葉はその隙を見逃さず、赤鬼の背後に回って蹴りを入れた。

 

「なに!?」

 

 まるで目が見えているかのように、岡山水葉はさらに拳を叩き込む。

 追撃の手を緩めることはない。

 

「貴様、見えているのか!?」

 

 赤鬼の言葉に、岡山水葉からの返答はない。

 当然、岡山水葉は見えていないし、聞こえてもいない。

 

 視覚も聴覚も嗅覚も失って、それでも岡山水葉が動ける理由。

 それは裸足にあった。

 

 点字ブロック発祥の地、岡山。

 点字ブロックは、岡山県出身の三宅精一によって考案された。

 視覚障害者の安全かつ快適な移動を支援するためにはどうすればいいかという問題から、凹凸によって状況を判断する点字ブロックに辿り着いた。

 

 その功績となる日本初の点字ブロックは、岡山県岡山市中区――岡山県立岡山盲学校の近くの交差点に存在し、平成二十二年には記念の石碑も立てられた。

 

 即ち、岡山県民は日本の歴史上最も早くから、足元の凹凸を意識して過ごしてきた。

 それ故、誰よりも繊細で敏感な足の触覚を持つ。

 目も、耳も、鼻も使えなくとも、その足だけで状況を把握することが可能なのだ。

 

「バラ寿司!」

 

 岡山水葉の腹部に強烈な一撃が叩き込まれ、赤鬼の体がバラバラに分解される。

 まるで、細かく切った具材を酢飯に混ぜ合わせる岡山郷土料理バラ寿司のように。

 赤鬼の各パーツが、細かく散った。

 

「お、おおお!! この程度で!!」

 

 強大な再生力を持つのは、鬼の特性。

 赤鬼の体もまた、瞬時に元へ戻ろうと集まり始める。

 

「やらせねえよ?」

 

 が、バラバラになったことで赤鬼の能力が弱まり、五感を取り戻した倉敷我愛のハエ取り紙が、赤鬼のパーツを捕らえた。

 一つの体があればハエ取り紙を破ることのできる赤鬼も、体がバラバラの状態ではそんな力を込めることもできない。

 

「くそっ!? 離せ!」

 

 もがく赤鬼の前に、岡山水葉と倉敷我愛が立って並ぶ。

 手に持つのは、日本において最もコシを持つ食材。

 

 うどん。

 

 うどん大国、岡山。

 岡山の南方にある香川県がうどん大国であることは、全宇宙の知るところである。

 が、岡山県もまたうどん大国であることは、あまり知られていない。

 

 岡山県岡山市は、セルフうどん発祥の地。

 一九七六年創業の『名玄めいげん』は、トレイに好きなおかずやおにぎりを載せてレジで清算する方式をとった、日本初のうどん屋である。

 日本のうどん文化に、新たなスタイルを確立した立役者。

 岡山県倉敷市は、ぶっかけうどん発祥の地。

 一九五六年創業の『ふるいち』は、かけうどんが主流であった時代に、麻雀中に食べやすいよう丼にうどんを入れてつゆをかけた、日本初のうどん屋である。

 同じく日本のうどん文化に、新たなスタイルを確立した立役者。

 

 二本の巨大なうどんの麺が天へと伸び、赤鬼に向って振り下ろされる。

 バラバラになってなお脈動する、心臓に向けて。

 

 強いコシが、大地を揺らす。

 

「……くそ」

 

 心臓の消滅は、生存の終了を意味する。

 赤鬼のパーツが灰となって消えていき、最後は赤鬼の頭部だけが転がった。

 

 

 

「戦争、終了ですね」

 

 岡山水葉が倉敷我愛に拳を差し出すと、倉敷我愛が無言で拳に拳をくっつけた。

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