第55話 岡山市
岡山市。
岡山県の南東部に位置する市である。
人口は七十万と二〇二〇人。
中四国地方で最大の都市雇用圏持つ、絶対的第一位。
古くから学校を中心とした都市の側面を持ち、中四国地方初となる帝国大学への進学を目指した学校『旧制第六高等学校』の設立、中四国地方初となる大学『旧制岡山医科大学』の設立など、中四国地方の学問の先駆けとして動いてきた。
さらに、平成二十一年には政令指定都市に移行し、北区・中区・東区・南区の四つの行政区を設置し、柔軟な政治方式も取り入れた。
その大都会に相応しい進化によって、少子高齢化が進む現代においても岡山市北区は、二〇四五年も二〇一五年と同じ人口が維持される見込みが立つほど人々に愛されている。
「いえいえ、良い判断です。早島」
岡山市市長、岡山水葉は、早島浮島の撤退を評価した。
同時に、早島浮島によって撤退させられた倉敷我愛の方をあきれ顔で見た。
「それに比べて、倉敷。貴方はもう少し、判断力を磨いてください」
赤鬼の周囲から離れたことで意識を取り戻した倉敷我愛は、最初に聞こえた岡山水葉からの第一声に、怒りと周知で顔を赤くする。
赤鬼に敗北しかけたのは事実なのだ。
「うるさい! お前の力を借りなくても、あのままなら勝てていた!」
「強がりはやめてください」
「強がりじゃない!」
「……はあ。倉敷。貴方が私に対抗心を持つのは勝手ですが、TPOをわきまえてください。ここは、戦場です」
TPO。
Time(時間)とPlace(場所)とOccasion(場合)の頭文字をとって作った和製英語である。
意味は、『時と場所と場合に応じて適切な振る舞いをするように』。
そして、TPOの生みの親こそが、岡山市出身のファッションデザイナー石津謙介である。
かつて『メンズファッションの神様』と呼ばれた、岡山市の偉人。
共生を意識し、かつ独創性を重んじる岡山の風土が生み出した、流行の最先端である。
故に、岡山水葉の言葉は常に正しい。
常に現状に則している。
悔しそうに下を向く倉敷我愛を、岡山水葉は笑顔で頭を軽く叩く。
「さて。心が落ち着いたら、貴方のやるべきことを考えてください。私は、行きます」
そして、岡山水葉は天守閣の頂上から飛び降りた。
空中で懐から取り出すのは、白くて丸い吉備団子。
ぽんと口に放り込んで飲み込めば、岡山水葉の全身に活力がみなぎった。
かつて鬼を退治したエネルギーが。
「貴様も私の能力が通じないのか」
依然、周囲を覆う赤鬼の能力の中、岡山水葉は平然とその場に立ってみせた。
「いえ、能力は通じていますよ」
「ならば、何故倒れない?」
「私の方が、貴方より欲深いだけですよ。貴方の欲望程度では、私の欲望を全て奪い去ることができないだけです」
能力とは、常に大が小を踏み潰す。
岡山水葉の言葉の意味を理解した時、赤鬼は怒りの余り地面を踏み抜いた。
大地がひび割れ、周囲の木々が音を立てて倒れた。
「私の欲望が、貴様より小さいだと?」
「ええ。貴方の欲望は、地球の征服でしょう? 私の欲望は岡山県――ひいてはこの宇宙全体の過去から未来を通した、永劫の安寧です。地球だけを狙う小物に、負けるいわれはありません」
鬼は、地球人よりも上位の生命体だ。
強靭な肉体と、特異な能力。
ただし、宇宙における一個の生命体でしかない。
それ故、無意識に宇宙とは当たり前に存在する場所であり、自身がどうこうできるものではないと思考に制限をかけていた。
「ふふふ……。はーっはっは!」
それに気づいた赤鬼は、大口を開けて笑った。
「ああ、そうだな! 貴様の言う通りだ! 知らず知らず私は、貪欲さを失っていたようだ」
赤鬼は長い間、最強として君臨してきた。
敵のいない状況であれば、自身に逆らうものはなく、思考が鈍くなるのも当然。
赤鬼の瞳が、爛々と輝いた。
本当の貪欲さを思い出した。
「私は! お前が欲しい!」
そして、岡山水葉を食らうと決めた。
その思考を、能力を、全てを食らって取り込むために。
赤鬼が手を上げると、空に一点の光が現れる。
そのまま光は、赤鬼の目の前にズドンと落ちた。
光の正体は、棍棒。
鬼の持つ最強の武器である。
赤鬼は棍棒を持ち上げて、ぶんぶんと片手で振り回す。
「行くぞ! 貪欲な人間よ!」
振り回した棍棒の通った後は空気さえ残らず、一時的に真空状態を作り出した。
そこへ、周囲の大気が真空の穴に吸い込まれ、赤鬼の周囲に不規則な風を巻き起こす。
風は岡山水葉の体も巻き込んで、その全身を風圧で揺らす。
「まずいですね。立っていられない」
「さあ、躱せるか?」
突然、赤鬼の回していた棍棒が伸び、岡山水葉との距離を埋めた。
咄嗟の対応ができなかった岡山水葉は、横っ腹に棍棒を叩きつけられ、そのまま宙を舞った。
烏城公園の木に衝突し、木の周囲に煙が上がる。
「ははは!」
赤鬼の棍棒は元の大きさへと戻り、再びグラグラと大気を揺らす。
不規則な風が、不安定な空間を作り上げる。
「はは……ん?」
チリンチリン。
岡山水葉の衝突しただろう煙の中から、ベルの音が響く。
煙もまた不規則に揺れ動き、次の瞬間、一気に発散した。
そして、黄緑色の自転車をこぐ岡山水葉が現れた。
「速……ぐうぅ!?」
赤鬼が意識するより速く、岡山水葉は自転車ごと赤鬼に突っ込んだ。
岡山市コミュニティサイクル『ももちゃり』。
岡山市内に設置されてる複数サイクルポートから、自由にレンタルできる自転車である。
観光だけでなく、通勤通学にも使用可能。
自動車だけでなく、自転車も移動しやすい環境を整えた岡山市における、最強のインフラである。
軽量アルミフレームかつ脚への負担が軽いフロントハブダイナモ。
力いっぱい漕ぐには、最適の自転車である。
赤鬼が、ももちゃりの衝突の勢いでよろけ、両足に力を入れて自身の身体を支える。
「やはり、ももちゃりは軽量化をしている分、ダメージも軽いですね」
「この程度!」
赤鬼が体勢を立て直して一歩踏み出すと、岡山水葉は右へ飛んで赤鬼の正面い空間を作った。
「待ってましたよ、倉敷」
「なんでも知ったような顔してんじゃねえ!」
先程まで岡山水葉が立っていた場所を通過し、ジェットコースターが赤鬼に突っ込んだ。
「がああああああ!?」
倉敷市が誇る『ブラジリアンパーク鷲羽山ハイランド』。
山の上に作られたテーマパークであり、岡山県と香川県を繋ぐ瀬戸大橋を見ながらアトラクションを楽しむことができる。
特に絶叫マシンに力を入れており、後ろ向きに走るジェットコースター『バックナンジャー』は三十五時間三十分ジェットコースターに乗り続けるギネス記録の舞台にもなっている。
「さあ、世界一のスリルと展望をお見舞いしてやるぜ」
倉敷我愛と岡山水葉が、並んだ。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




