第53話 倉敷市
倉敷我愛は、着ていた学生服を脱ぎ捨てる。
代わりに、ジーンズを履いて立つ。
国産ジーンズ発祥の地、岡山。
ジーンズの始まりは、一八八〇年代。
アメリカで起きたゴールドラッシュに起因する。
鉱山を掘れば金が発掘される時代、アメリカンドリームを求めて多くの労働者がアメリカへと流れた。
そこで必要とされたのが、発掘に適したワークウェアだ。
各社がワークウェアを作る中、最も流行ったのがリーバイスの開発したワークウェア。
即ち、デニム生地をリベット補強して作った『ジーンズ』だ。
デニム生地を使って作った頑丈なジーンズは、多くの労働者に愛された。
その後、ジーンズはワークパンツの枠に止まらず、カウボーイの衣装として、そして若者のファッションとして、全米に広がっていった。
流行は、様々なデザインやシルエットを生み出していく。
ジーンズは、いつのまにやら世界へも飛び出していった。
ジーンズが日本に到着したのは、昭和二十年代。つまり一九四五年以降。
中古ジーンズの輸入から始まった。
そして一九六五年。つまり昭和四十年。
倉敷市マルオ被服が、輸入したデニム生地を使い、日本人の体型に会った国産ジーンズの生産を開始した。
さらに一九七三年。つまり昭和四十八年。
倉敷市マルオ被服が、国産デニム生地を使い、純国産ジーンズの生産を開始した。
これより、岡山県倉敷市は日本一の国産ジーンズ産地として走り始めた。
日本一のジーンズ大国の一歩目を、どこよりも早く踏み出したのだ。
即ち、ジーンズ大国、岡山。
「があっ!」
赤鬼の容赦ない爪が、倉敷我愛のジーンズを引き裂こうとする。
が、相手は学生服よりも破れにくい、ジーンズ。
赤鬼の爪を逆にへし折った。
赤鬼は、へし折られた爪を見た後、掌をぶんぶんと振る。
すると、赤鬼の爪が剥がれ落ち、即座に新たな爪が生えてきた。
貪欲が、新たな爪を手に入れる。
立ち尽くす倉敷我愛に向って、赤鬼は笑う。
何故なら次は二発目。
赤鬼は、ジーンズの裂き方を完全に理解していた。
「さっきよりは頑丈そうだが、もう覚えた! お終いだ!」
赤鬼の爪が、再度振り下ろされる。
そして、再度へし折られた。
「……!?」
想定外の事態に、赤鬼は折れた爪を庇いながら数歩後ろへ下がる。
「どうした? お終いじゃなかったのか?」
初めてひるんだ赤鬼を見て、倉敷我愛は不敵に笑った。
赤鬼は折れた自身の爪と倉敷我愛の履くジーンズを交互に見た。
「いったい何を?」
「何もしていないさ。ただ、このジーンズがmどんな工夫をこらそうとも貴様ごときに破れる代物じゃないというだけだ」
「なんだと……!?」
「俺の履いているのはただのジーンズではない。『桃太郎ジーンズ』だ」
桃太郎ジーンズ。
岡山県の代表的なジーンズである。
その生地には、世界最高品質のジンバブエ・コットンを。
その織機には、厚物織物専用の『旧式力織機』を。
高品質×高品質で実現した、何物も寄せ付けぬ逸品である。
その質の高さは、『桃太郎』という言葉を冠されたことからも明白。
鬼さえ寄せ付けない、最高品質のジーンズである。
倉敷我愛が駆ける。
桃太郎ジーンズを履き、桃太郎の力が宿った脚は、爆発的な脚力を引き出した。
すぐさま赤鬼の懐にもぐりこみ、強力な一撃を叩き込む。
「うぐ……!」
たまらず下がろうとした赤鬼に、倉敷我愛は再びテープらしきものを放つ。
マスキングテープ、ではない。
生物を捕らえるという意味で、さらに強力な武器。
名を、ハエ取り紙。
岡山県は、ハエ取り紙の生産量が日本一。
製造はもちろん、マスキングテープ『mt』の生みの親、カモ井加工紙株式会社。
工業製品にはマスキングテープを。
生物にはハエ取り紙を。
粘着する力において、カモ井加工紙株式会社の技術を上回る場所はない。
赤鬼はハエ取り紙を振り払おうとするが、千切れない。
マスキングテープよりも生物への粘着に特化しているハエ取り紙は、マスキングテープよりも長く赤鬼を捕縛し続けることが可能だ。
「このまま押し殺してやる!」
倉敷我愛は両の拳を握り、赤鬼の顔面に拳を叩き込む。
何度も何度もたたき込む。
赤鬼の目は、倉敷我愛の動きを捕らえ、学び、完全な反撃方法を確立していた。
が、ハエ取り紙を破れない。
動くことができなければ、どんなに優れた反撃方法も意味をなさない。
「ぐ……! 貴様……!」
その様子を、天守閣の頂上で見ていた岡山水葉は、同じく頂上に立っていた矢掛鶯の背中を軽く叩く。
矢掛鶯はしばし叩かれた理由を考え、次の瞬間飛び降りた。
相手が抵抗できなければ、物量は圧倒的強み。
「俺を手伝ってくれ! 皆!」
本陣と脇本陣が展開され、再び大名行列が現れる。
刀に、槍に、弓矢に。
数千の大軍が即座に現れ、倉敷我愛の支援に入る。
「矢掛?」
「手伝います、倉さん!」
「誰が倉さんだ!」
刀が、槍が、弓矢が、赤鬼を貫く。
体はハエ取り紙で固定しているため、固定が外れないように顔面を何度も貫く。
「が……ぐうう!?」
赤鬼は、目からだらだらと血を流す。
眼球はとっくにくりぬかれ、視力を完全に失った。
赤鬼の再生力をもってすれば再生も容易だが、すぐにというわけにはいかない。
また、再生をしたところですぐに貫かれるだけ。
新鮮な痛覚を味わうだけで、不利益しかない。
「貴様ら……! この私に……! こんな無様な……!」
「押し切るぞ、矢掛!」
「はい!」
倉敷我愛は望んだ。
岡山水葉の力を借りず、赤鬼を退治する未来を。
矢掛鶯は望んだ。
倉敷我愛と共に、赤鬼を退治する未来を。
こんな諺がある。
貪欲は必ず身を食う。
強すぎる欲望は、欲望を持つ者の身を滅ぼすのだ。
「許さん……!」
赤鬼が司るのは【貪欲】。
自身の欲望を叶え、相手の欲望を無に帰す、絶対の能力。
「なるほど。強い能力ですね」
岡山水葉は見た。
突然赤鬼の体から落ちたハエ取り紙を。
突然本陣と脇本陣ごと消えていった大名行列を。
突然目から光を失い、その場に膝をついた倉敷我愛と矢掛鶯を。
赤鬼が、全員の欲望を奪いつくした。




