第50話 矢掛町
落下中もなお、赤鬼の頭は冷静だった。
赤鬼は既に、宇宙船を破壊されたという失敗を受け入れ、その上で次にどう動けば最善の結果を得られるかを考えていた。
即ち、最短最速に地球を滅ぼす方法を。
「やむを得んな。まずは合流を優先するか」
出した結論は、合流。
すぐに単独での侵攻を開始するより、時間をかけてでも合流した後に侵攻を開始する方が結果的に速やかに地球を滅ぼせるという判断だ。
赤鬼は精神を集中させ、他の四体の鬼の居場所を探る。
リーダーである赤鬼は、他の四体の鬼の位置情報を把握する権限を有している。
「ずいぶん散ったな。私が落ちるのは岡山市という場所。そして最も近くに落ちるのは、……青鬼か。落下地点から東方向だな」
赤鬼は体勢を東に向け、着地の準備を始める。
衝撃を和らげるために膝を曲げ、衝撃を分散させるために両手両足で着地する。
そのまま足に力を込め、東へ跳ぼうとしたところで、顔の前を飛んだ一本の吹き矢に阻まれた。
赤鬼は両手を地面から離して二本足で立ち、吹き矢の飛んできた方向を睨みつけた。
そこに建っていたのは、黒い城。
烏と見紛う、漆黒の黒。
岡山城。
重厚感のある黒い天守閣の頂上には、四つの人影が見えた、
「人間ごときが見下ろすとは、不快な」
岡山市市長。
倉敷市市長。
矢掛町町長。
早島町町長。
岡山県で最も栄える南部に位置する、四つの市町長たちが座っていた。
岡山市市長、岡山水葉が立ち上がり、赤鬼へ警告を発する。
「提案をします。降服なさい。速やかに立ち去れば、命まではとりません」
岡山水葉の言葉を聞いた赤鬼は、即座に怒りで全身を赤く染める。
ただでさえ赤い体が、紅蓮に煮立つ。
「人間は、力の差もわからぬ馬鹿ばかりらしい!」
赤鬼は、自身が立っていた烏城公園の地面を蹴り、天守閣の屋根へと跳んだ。
岡山城の天守閣は二十メートルと四十五センチの高さがあるが、赤鬼には関係なかった。
「まずは俺たちが行く。文句はねえな?」
「どうぞ、ご自由にしてください」
「気に食わないな、その顔!」
赤鬼の攻撃に対し、立ち上がったのは倉敷市市長と矢掛町町長だ。
第一陣、矢掛町町長の矢掛鶯が天守閣から飛び降りる。
矢掛町。
岡山県の南西部に位置する町である。
人口は一万と三四三八人。
岡山県の町村の中で最も人口が多く、岡山市、倉敷市、広島県福山市の三方向を見据えた都市圏を構築している。
矢掛鶯は緑色の羽を広げ、空に立った。
そして、腰に刺した刀を抜き、赤鬼へ切っ先を向ける。
「硬く。硬く。もっと硬く!」
赤鬼もまた拳を強く握り、振り降ろされた刀を殴りつけた。
刃のぶつかる音がけたたましく響き、矢掛鶯と赤鬼の二人は、双方後方へと下がった。
そのまま落下し、烏城公園に着地した二人はすぐさま駆け出し、再度拳と刀をぶつけた。
赤鬼は、侵攻の前に人間の歴史を調べていた。
その中には剣術も含まれており、人間の太刀筋などすべて把握しているつもりだった。
だからこそ感じた違和感。
矢掛鶯の太刀筋は、赤鬼の知るどの太刀筋とも異なった。
「貴様、その剣術はなんだ? どこの流派だ?」
「驚いた。鬼が、流派という言葉を知っていたのか」
矢掛鶯は赤鬼の問いに答える代わりに、新たな型を見せつけるように、刀を振る。
(知らない。こんな型を、私は知らない)
首に迫る刀を、赤鬼は噛みついて無理やり止める。
矢掛鶯は刀を引き抜こうとするがびくともしないことに気づき、刀から手を離す。
そして、赤鬼の顎を蹴り上げる。
「ぐ……」
緩んだ赤鬼の口から再び刀を引きぬいて、心臓に向けて刀を突く。
「ぐううう!!」
赤鬼は顎を引いて視界に刀を捕らえ、向かってくる刀を拳で撃ち返した。
「出鱈目な戦い方だ!」
矢掛鶯の振る舞いに、赤鬼の知識欲がにじみ出る。
赤鬼が司るのは【貪欲】。
あらゆる邪気の象徴であり、欲望の根源に位置する本能である。
矢掛鶯は刀をくるくると回し、腰の鞘に納める。
かと思えばすぐさま引き抜き、切っ先を赤鬼へと突きつける。
「斬新と言ってくれよ」
矢掛町は、新しいスタイルを追求する町。
例を挙げるならば、道の駅『山陽道やかげ宿』の存在だ。
道の駅とは、『地域とともにつくる個性豊かなにぎわいの場』を基本コンセプトにしている施設である。
通常の道の駅は、飲食店やトイレなどの『休憩機能』、道路情報や観光情報などの『情報提供機能』、文化教養施設や地元の物品販売施設などの『地域連携機能』の三つを備えている。
対し、山陽道やかげ宿は、施設内に物販販売や飲食店舗を置かない新しいスタイルの道の駅として生み出された。
施設の新設ではなく、既存の商店街を物販・飲食コーナーとして活用することで、衰退する地域の商店街にスポットを当てる新たなスタイルを実現したのだ。
矢掛鶯は、戦闘においても新たなスタイルを追求する。
歴史が積み重ねてきたノウハウと知見を土台に、次の技術を作り上げるのだ。
「さあ、もっと見せてあげるよ。君の知らない物語を」
倉敷市の奥座敷、矢掛町。
歴史上、倉敷市の背後を守り続けた宿場町である。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




