第41話 和気町
和気町には、鯉のぼりの生産量が日本一のメーカー『徳永こいのぼり』が存在する。
徳永こいのぼりは昭和二十二年、つまり終戦の二年後に創業した。
和紙、手書きの鯉のぼりの製造から始まり、今では日本を飛び越えてアメリカやパリなど、世界中の空を漂う鯉のぼりを製造している。
五月五日に大空を泳ぐ鯉たちは、岡山県を源流とする鯉たち。
即ち和気町は、世界で最も鯉のぼりに愛された町である。
強い愛は、時に奇跡を起こす。
和気麻琉古の作った鯉のぼりたちは意思を持ち、自ら考えて空を泳ぐのだ。
「がああ!? 離せ! 離さねえか!!」
鯉のぼりの口の中で青鬼は暴れ続ける。
鯉のぼりの形がボコボコと変形し、中の様子が外から見てもわかってしまう。
「無駄じゃ。麻呂の鯉のぼりは、ちょっとやそっとでは破れぬ。諦めて、そこで大人しくしておれ」
「がああああああ!!」
青鬼は止まらない。
まるで泣き叫ぶ赤子のように、本能のままに暴れ回る。
青鬼は、理性的とは対極にある。
いつだって、感情をそのまま表に出し、子供のように生きて来た。
それ自体は、生まれ持った性格。
何一つ問題ではない。
しかし、人間が子供から大人になるように、鬼も同族との殺し合いを通じて成長する。
より力を求めて、より狡猾になっていく。
子供から、大人になっていく。
青鬼には、それがなかった。
生まれた時から今まで、子供のまま生きて来た。
何故、そんなことが可能なのか。
それは、青鬼が強かったから。
理性を得て狡猾に鬼を殺す先人たちの策を、力づくで破るほどに強かったから。
「あああああああああああ!!」
青鬼の拳が、鯉のぼりの体を突き破った。
「ま、麻呂の鯉のぼりが!?」
「殺す殺す殺す!! 俺の前に立つやつは、全員殺す!!」
引きちぎり、噛みちぎり。
青鬼は自身を捕らえた鯉のぼりをビリビリに破いた後、ドローン目掛けて跳んだ。
そして、片足でドローンを踏み、そのまま次のドローンに向かって跳んだ。
「小癪な!」
和気麻琉古は鯉のぼりを集め、左右から青鬼を襲わせる。
鯉のぼりたちはぽっかりと口を開け、青鬼の全てを食いちぎろうと迫っていく。
「うぜえんだよ! お前ら全部!!」
青鬼は迫ってくる鯉のぼりの首根っこを掴み、そのまま剣のに振り回す。
鯉のぼりと鯉のぼりが衝突し、一匹一匹、地上に向って落下していく。
「大人しく死ねよ!!」
そして青鬼は、掴んだ鯉のぼりの内の一匹をぐしゃぐしゃに丸めて、和気麻琉古に向かって思いっきり投げつけた。
ぐしゃぐしゃの鯉のぼりは、小型ドローンと鯉のぼりの隙間を通って、まっすぐに和気麻琉古の元へと到達した。
「むお!?」
ぐしゃぐしゃの鯉のぼりが和気麻琉古の顔面にぶつかる。
和気麻琉古の体はぐらりと後方に傾き、ドローンと鯉のぼりへの指令権を一時的に手放した。
ドローンと鯉のぼりの動きがピタリと止まる。
青鬼は、停止したドローンを次々踏んで、和気麻琉古の立つ大型ドローンの元へと着地した。
「き、貴様、麻呂のドローンに!?」
「弱っちい人間が!! 無様に足掻くんじゃねえよお!!」
そして、渾身の一撃を和気麻琉古に向かって放った。
「ぬおぉ……っ」
拳が、和気麻琉古の腹部を貫く。
骨が折れ、内蔵が悲鳴を上げ、和気麻琉古の体がドローンの外へと飛ぶ。
和気麻琉古は急いで小型ドローンを複数操作し、空中を飛ぶ自身を受け止めた。
「げほっ……! 麻呂に傷を負わせるとは……!」
和気麻琉古はドローンの上に横たわり、忌々しそうに青鬼を睨みつける。
「ふざけて事を言ってんじゃねえ! 傷がどうした! 死んでねえじゃねえか!!」
が、青鬼にとっては不服な結果。
本気で殴った人間が、未だ息をしているのだから。
青鬼は怒りで拳をグッと握りしめ、再び駆け出した。
次は、確実に命を奪うために。
「……鬼め!」
和気麻琉古もまた、近づいてくる青鬼を睨みつけながら、よろよろと立ち上がる。
口からは血がだらだらと流れ、激痛の余り腹部を押さえる。
しかし、休むことはできない。
和気麻琉古はポケットからマッチを取り出し、マッチ棒を箱で摩る。
しゅぼっと小さな音とともに、マッチ棒に火がつく。
そして、和気麻琉古は火のついたマッチ棒で、宙に一つの文字を書いた。
和。
和気町ではメジャーな、炎文字。
和文字焼きまつり。
毎年八月十六日、京都の五山の送り火の代表的な大文字焼きと時を合わせて、和気町の観音山に縦六十五メートル、横七十五メートルの『和』の火文字を作る祭りである。
全ての照明が落とされた会場には巨大な『和』が浮かび上がり、その美し差に魅了された人々は思わず口をつぐむ。
そしてとどめは、約二千発の花火。
和の周りに開く炎の花たちは、和気町の和であり大和の和であるシンボルを、この上なく美しく浮かべるのである。
「なんだ!? 下から何かが!?」
和気麻琉古の描いた和の文字は、無数の花火を作り出す合図。
ヒューっという移動音が青鬼に近づき、ドンと一気に花開く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
光と熱が、青鬼を染める。
ドローンの上に立っていた青鬼はその勢いで体勢を崩し、咲いた後の花火と共に、地上へと落下していった。




