第40話 和気町
「糞が! カスが! ボケがぁぁあああ!!」
美しい空に、汚らしい罵声が響く。
「殺す殺す殺す!! 顔面が砕けるまで殴って殺す!! 体を真っ二つに折って殺す!!」
落下中の青鬼の口からは、ひたすら殺意だけが湧き出ていた。
「殺してやるぞおおおお!!!」
大気圏突入と共に破損した小型宇宙船からはとっくの昔に転げ落ち、その身一つで地上へと落ちていく。
大都会之雷によって一時的に失った視力も、徐々に回復の兆しがみえてきて、青鬼の真っ暗な視界に真っ青な空が浮かび上がってくる。
自分が空にいると改めて理解したのは、視力が完全に戻った後だ。
「あの人間め!! 許さねえ!! 地上についたら!! 真っ先にてめえを殺しに行くからなあああ!!!」
「地上に落ちるまで、安全にいられると思ったのかえ?」
視力が戻ってきた青鬼の視界に飛び込んできたのは、青空ともう一つ。
無数のドローンだ。
小型ドローンから大型ドローンまで、サイズは様々。
そして、半径一メートルはある円形ドローンの上には、一人の人間が立っていた。
「誰だ貴様!?」
「和気町町長、和気麻琉古」
和気町。
岡山県の南東部に位置する市である。
人口は一万と三四二三人。
町の大半が山林であり、農業が盛んである。
また、奈良時代末期から平安時代初期にかけて活躍した貴族、和気清麻呂の生誕地としても有名である。
和気麻琉古は、平安時代を想起させる黄緑の冠の位置を調整し、オレンジ色の朝服のしわを摂るように整えた。
これから始まるのは、戦。
神聖な事の前に、自身の身なりを整えるのは貴族のたしなみだ。
「貴様!! 宇宙にいた人間の仲間か!?」
「……先程より、誰に許可を得て麻呂に口をきいている? 無礼者が」
和気麻琉古は滑らかに腕を動かし、青鬼に向って開いた手を伸ばす。
「やれ」
青鬼の近くに飛んでいた無数のドローンたちが左右に分かれる。
同時に、和気麻琉古の後方に待機していた形の違うドローンたちが近づいていく。
近づいていくドローンには爆弾が積まれており、青鬼に目掛けて発射された。
「うおおおおお!?」
花火と呼ぶには汚すぎる光と熱が、岡山県の空に輝く。
青鬼の叫びと共に。
「たわけがああ!! ふざけやがって!!」
「ふむ。さすがは鬼。体だけは頑丈だな」
和気麻琉古は爆弾を放ち終えたドローンを下がらせ、代わりに第二陣を出発させる。
ドローン大国、岡山。
ドローンが過疎地の物流インフラになりうるか否かは、全国各地で人口減少が進む日本において、関心の的である。
各企業はドローンを使った実験を繰り返し、その実現性を調査している。
中でも岡山県和気町は、ドローン実験の先駆けである。
令和元年十月六日。
和気町と株式会社レイヤーズ・コンサルティングは、複数の大手企業と共同で、日本初の重量百五十キロ以上の大型ドローンによる配送実証実験を行った。
この実験は、将来的に全国の買い物弱者を救う可能性がある偉業。
即ち和気町は、日本一ドローンによる配送に長けた町である。
近づいてくる小型ドローンを前に、青鬼は一機のドローンに手を伸ばし、掴んだ。
「これ! 麻呂のドローンに触れるでない! 汚らわしい!」
「空中なら戦えねえとでも思ったか!? 糞たわけがあああ!!」
そのまま青鬼は、ドローンの上に立った。
恐るべきは不安定なドローンの上に立つことができる青鬼の体幹か。
それとも、青鬼という人間の倍の大きさが乗っても空を飛び続けることができるドローンの性能か。
青鬼は小型ドローンを踏み台にして、空中を駆けていく。
目的はもちろん、和気麻琉古の立つドローン。
「寄るな! 汚らわしい!」
和気麻琉古は自身の乗るドローンを操作し、青鬼から距離をとる。
同時に、青鬼の周辺に飛ばしていた小型ドローンを左右に散らし、青鬼の飛び移り先のドローンが存在しないようにコントロールする。
「おらおらおらああ!!」
が、恐るべきは青鬼の跳躍力。
離れていくドローンとの距離を、たった一回の跳躍で潰し、なおも空中を駆け続ける。
「……ちっ。ならば、力づくで落としてくれよう」
和気麻琉古は青鬼の跳躍力を見て、方針を変えた。
散らしていた小型ドローンを逆に青鬼の方へと集め、青鬼の体にぶつけた。
「たわけが!! うぜえ!!」
ドローンに立つ青鬼は、ドローンがぶつかる度に体勢を僅かに崩すが、すぐさま体幹の強さで元の体勢に戻す。
決して、足を止めなかった。
「第二陣」
止まらない青鬼に、今度は爆弾付きの小型ドローンが近づいていく。
小型ドローンは一斉に爆弾を放ち、再び爆破が空を染める。
「たわけが!! 効かねえよ!!」
が、青鬼はやはり止まらない。
小型ドローンを踏みつけて、今までより大きく跳んだ。
和気麻琉古の立っている巨大ドローンに向って。
その跳躍力は、青鬼の立っていた小型ドローンから、和気麻琉古の立っている巨大ドローンの距離を余裕で埋められるほどに大きかった。
「追い詰めたぞ!! たわけがああああ!!」
届くことを確信した青鬼が、自信満々に叫ぶ。
対し、和気麻琉古は迫ってくる青鬼を見て、小さくため息をついた。
「その程度で、空を克服した気になってもらっては困る」
そして、和気麻琉古は人差し指を立て、右から左へと振った。
瞬間、右から現れた鯉のぼりが、青鬼を咥えて左へと駆け抜けていった。
鯉のぼりの中は拘束具。
青鬼の両手両足は鯉のぼりの体内に飲み込まれ、顔だけが鯉のぼりの口から間抜けに覗かせていた。
「なんだああ!?」
「鯉のぼりの文化は、鬼にはないのだろうな。まっこと、風勢の分からぬやつらよ」




