第39話 高梁市
「五十点と言うところだな」
宇宙に浮かぶ備中松山城の上で、高梁お松は地球を見下ろしていた。
岡山県知事である吉備武彦桃温羅から受けた指示、即ち宇宙に漂う鬼どもを岡山県に叩き落せという指示は完遂した。
一方で、自身の守るべき高梁市に鬼を一体落としてしまったのは、高梁お松にとって想定外だった。
決して、鬼退治を他の市町村に押し付けたかったわけではない。
しかし、自身が出払い、無防備となった高梁市に鬼を落とせば、鬼による一方的な破壊が始まりかねない。
高梁お松は、それだけは防ぎたかったのだ。
「にゃー」
さんじゅーろーが高梁お松の足元により、頬ずりをする。
「おお、よしよし。慰めてくれるのか、さんじゅーろー」
高梁お松はしゃがみ込み、さんじゅーろーの頭を優しく撫でる。
ゴロゴロと気持ちよさそうに鳴くさんじゅーろーを見ながら、高梁お松は次の行動を考える。
一つ。
五体の中で唯一指示側にいた、おそらくリーダーだろう赤鬼を退治に向かう。
一つ。
自身の故郷に落ちた黄鬼を退治に向かう。
岡山県全体のことを考えるならば、赤鬼退治の加勢に入るのが正解であろう。
「いや、考えるまでもないな。私は岡山県の王ではなく、高梁市の王。高梁お松」
結論は、すぐに出た。
高梁お松はさんじゅーろーから手を離して立ち上がる。
そして、備中松山城と共に浮く大地の果てに立ち、ペンダントの青い石を握る。
「にゃー」
その後ろを、さんじゅーろーがついていく。
「さあ、高梁市が王の帰りを待っている。出発だ!」
高梁お松が青い石を握ると、備中松山城全体が白いオーラに包まれる。
そして、地球に向けて、岡山県高梁市に向けて、ゆっくりと降下を始めた。
「にゃー!」
「おおお!」
「ははは!」
笠岡兜と黄鬼の殴り合いは続いていた。
戦いの中で、黄鬼の拳はさらに硬く、重くなっていた。
しかし、笠岡兜の鎧もまた、強度を増していた。
古代より存在し続ける、成長する鎧。
笠岡兜と黄鬼の実力差は、開いた瞬間に縮まって、拮抗状態が維持されていた。
「いつまで、続けるつもりだ!」
「無論お前が死ぬまでだ! お前が死ぬとき、俺はさらに成長ができる!」
互いに身一つの、厳かな決闘。
その上に、巨大な影が落ちた。
「はっはっは! 見ろ! 鬼がゴミのようだ!」
「にゃー」
地上へと帰還した備中松山城が、笠岡兜と黄鬼の上空に浮かんでいた。
影に気づいた二人は殴り合いを止め、城を見上げる。
「き、貴様は!」
声を上げたのは、黄鬼。
瞳に映るのは、宇宙で自身を叩き落した憎い相手。
黄鬼の意識は、即座に高梁お松へと向いた。
「何だこれは! 二の丸前が酷い有様じゃあないか! ひと段落したら片づけてやる」
対し、高梁お松の興味は、臥牛山小松山の惨状である。
黄鬼との激突、そして毒ガスの散布は、臥牛山小松山から緑を奪っていた。
丸裸になった観光資源を見て、高梁お松の額に青筋が入る。
「余計なことをしてくれたな。私をあまり怒らせないほうがいいぞ」
怒気の籠った声とともに、高梁お松はペンダントを強く握る。
「お前との勝負はお預けだ!」
「え?」
高梁お松を視認した黄鬼は、笠岡兜を一瞥もせず、大地を蹴って空へ跳んだ。
光速に匹敵する黄鬼の体が、まるで弾丸のように備中松山城へと向かっていく。
「よくも俺たちの宇宙船をやってくれたな!」
「にゃー!」
飛んでくる黄鬼に対し、さんじゅーろーが飛び出した。
黄鬼に劣らない速度で、正面から立ち向かう。
「畜生風情が!」
「にゃー!」
黄鬼の拳とさんじゅーろーの拳が激突する。
大きな衝撃と共に、黄鬼の体が落下を始めた。
「馬鹿な!? 畜生風情に、押し負けた!?」
「はっはっは! さっさと逃げればいいものを。宇宙の時とまったく同じ展開ではないか。鬼の鳥頭には、心底うんざりさせられる」
「貴様ああああああああああ!!」
さんじゅーろーは、黄鬼を殴った勢いを利用して上空に向けて飛び、高梁お松の足元へと舞い戻った。
一方の黄鬼は、ただ落下するだけ。
移動ではないため光速に達さない、シンプルな地球の自由落下。
「さあ、フィナーレと行こうか!」
高梁お松は楽しそうに叫び、ペンダントを握る右腕を高らかに上げた。
「高梁市の勝利を祝って、君に再び、天空の城の力を見せてやろうじゃないか!」
旧約聖書において登場する都市、ソドムとゴモラ。
罪を犯したが故に天からの光によって滅ぼされた都市であり、滅びの象徴として後の世に語り継がれている。
大都会テクノロジーは、そんな都市一つ滅ぼす力さえ、再現してみせた。
備中松山城の屋根に乗るシャチホコたちが、青く光る。
青い光は、高梁お松の持つペンダントという一点を目指して雷のように走り、瞬時にすべての光が融合する。
光は、強く強く輝きを増し、一帯を青に染める。
青以外、見えなくなるまで。
黄鬼は目を大きく開き、青い光の中に浮かぶ高梁お松を見続けた。
「くらうがいい。大都会岡山聖書にある、温羅の部下を滅ぼした天の火だよ」
「温羅……様……!?」
光が柱となって、黄鬼に落ちた。
光速程度の速さでは、回避不可能。
黄鬼は一瞬で全身を光に包まれ、一瞬で形を消し飛ばされた。
細胞の一つに至るまで、綺麗にこの世から消滅した。
「素晴らしい!! 最高のショーだとは思わんかね!!」
「にゃー」
決着。
高梁お松とさんじゅーろーは、圧倒的な勝利に満足し、勝利の高笑いを天に轟かせた。
「思うかあ!! 巻き込んでんだよおお!!」
黄鬼と共に光を浴びた笠岡兜が怒鳴るまで、笑い続けた。




