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第37話 笠岡市

 笠岡市かさおかし

 岡山県の南西部に位置する市である。

 人口は四万と五五三四人。

 かつては広島県の福山藩領であった歴史的経緯から、福山市とのつながりが強い。

 また、海とのつながりも強く、南方にある瀬戸内海に大小三十二の島々からなる笠岡諸島を有している。

 

 先程まで里庄椿の横に立っていた笠岡兜は、一人でのそのそと歩いていた。

 

「さあ行くぞ! 急いで行くぞ! 待っていろよ、我が友たち!」

 

 一歩歩くごとに、着込んだ鎧がガシャンと音を立てる。

 頭には茶色い兜。

 体には茶色い鎧。

 三百六十度どこから不意打ちを受けても、傷を負わないだろう重装備である。

 

 笠岡市市長、笠岡かさおかかぶとは、いつ何時なんどきに鬼が向かってきても戦える自信があった、

 

 しかし、その代償として、笠岡兜は動くのが遅かった。

 数百キログラムという重厚感は、防御力と引き換えに笠岡兜から速度を奪っていた。

 

「待っていろよ!」

 

 途中まで同行していた里庄椿も、あまりの遅さに飽きれ、先に行くと言って立ち去ってしまった。

 遠くで起こっているだろう戦いは、里庄椿が立ち去ったしばらく後から、いっそう激しい音を響かせていた。

 

「もうすぐ! 着くからな!」

 

 一歩一歩、着実に。

 笠岡兜の戦いは、地道の連続である。

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ!」

 

 たっぷりと時間をかけて到着した時、既に戦いの場に人影は見えなかった。

 代わりに、空気が毒々しい紫に染まっていた。

 黄鬼の放った毒ガスは、辺り一帯を鬼以外の生物が生存できない不毛の大地へと変えていた。

 

「なんだこれは!?」

 

 目の前の光景に驚いた笠岡兜が叫ぶと、毒ガスが一瞬ゆらりと動いた。

 

「そこにいたか!」

 

 毒ガスの中に人影が浮かび、人影は黄色く染まった。

 

「鬼か!」

 

「ん? 誰だお前? さっきまでいた三人じゃねえな?」

 

 三人を探していた黄鬼は、想定していなかった笠岡兜の姿を認識すると、きょろきょろと辺りを見渡した。

 もしかしたら笠岡兜が三人を匿っているのではと予想して。

 が、音からも匂いからも三人お形跡を見つけることはできず、黄鬼は探すのを止めた。

 代わりに、狙いを笠岡兜に定めた。

 

「まあ、構わん! どのみち人間は皆殺しだ! お前もどうせ、俺を倒しに来た人間だろう!?」

 

「そうだ!」

 

「なら、殺すだけだ!」

 

 黄鬼の体が、光速で動く。

 一秒後、笠岡兜の全身が億を超える拳で撃ち抜かれた。

 無数の拳は、一回の大きな音となって周囲に響き渡った。

 一瞬の同時攻撃。

 

「なかなか重い拳だ!」

 

「何?」

 

 が、笠岡兜の体はびくともしなかった。

 指一本分の距離さえ、押されてさえいなかった。

 笠岡兜は、黄鬼の動きを目で追うことさえできていなかったが、頑丈な鎧が全ての攻撃を防ぎ切った。

 

「なるほどな! お前は防御に長けているのか!」

 

 黄鬼は、先程まで戦った三人を思い出して笑った。

 壁を作って攻撃する吉備中央風太。

 攻撃型。

 光速で移動し攻撃する井原電次。

 速度型。

 計算によって攻撃を捌く里庄椿。

 頭脳型。

 

「同じ人間でもこうまで違う! 面白いな!」

 

 黄鬼は、まるで同時に各国の料理を楽しむがごとき高揚感を得ていた。

 全ての型の相手を倒すことで、万能方向への成長につながる可能性があるのだから、これほど期待に胸が躍ることもない。

 

 尤も今の段階では、全ての型は毒の前に屈するというつまらない結論に落ち着きそうだが、黄鬼はそれでもよかった。

 鬼よりも毒の方が強いと知るだけでも、黄鬼にとっては収穫だ。

 

「さあ、防御型の人間よ! お前は! どうやって生き残る!?」

 

 黄鬼は再び体内からカプセルを取り出し、笠岡兜へと投げつけた。

 

「む? 何かが飛んできたな! 逃げねば!……いや、間に合わないな!」

 

 カプセルは一直線に笠岡兜へと向かい、眼前で爆発した。

 

 爆発したカプセルから出てくるのは、周囲を覆うガスよりも更に色の濃い毒ガス。

 人間を殺すことに特化した殺りく兵器。

 

 どれだけ鎧を着こもうと、毒ガスという小さな粒子には関係ない。

 鎧のつなぎの隙間から、鎧の中へと浸食していく。

 

「ぐ! なんだか妙な匂いが!」

 

 鎧の中へ入った毒ガスは、隙間を求めてさまよい続ける。

 そして見つける、人体の隙間。

 目と、鼻と、口。

 

「ぎゃあ!? 目が染みる! 鼻が染みる! 口の中が苦い!」

 

 毒ガスが体内に入り込んで来た笠岡兜は、両手で顔を覆い、悲鳴を上げる。

 が、両手で顔を覆ったところで、関係ない。

 毒ガスは、指の隙間から侵入を続ける。

 

「ははははは! そのまま死に耐えろ!」 

 

 黄鬼は、笠岡兜の悲鳴を聞きながら、大きな声で笑い始めた。

 

「目が染みる!」

 

「ははははは!」

 

「鼻が染みる!」

 

「ははははは!」

 

「口の中が苦い!」

 

「ははははは!」

 

「ぎゃー!」

 

「ははは……はは……。いや待て、お前、いつまで叫び続けているんだ? 何故、死なん? とっくに致死量は越えたはず?」

 

 カブトガニ大国、岡山。

 岡山県笠岡市には、世界で唯一のカブトガニ博物館がある。

 その名の通り、国指定天然記念物のカブトガニを生きた状態で見ることができる博物館だ。

 また、カブトガニの保護や研究にも力を入れており、カブトガニの生態や特性を深く広く理解している。

 カブトガニの知識において、笠岡市を超える都市はない。

 つまり笠岡市は、最もカブトガニの力を解明し、大都会テクノロジーへの取り込みに成功した都市である。

 

 その一つが、青い血。

 カブトガニの青い血は、ヘモシアニンという物質を含んでいる。

 そして、このヘモシアニンは、内毒素と反応して血球であるアメボサイトを凝固させる。つまり、検出できるのである。

 これは、天然資源の中では唯一、カブトガニの血液だけが成せる御業。

 カブトガニは、毒を検出できるのだ。

 

 この青い血の特性を使うため、笠岡兜は自身の赤い血を青い血と入れ替えた。

 それも、大都会テクノロジーによって、検出した毒素を即座に退治するナノマシンとともに。

 

「ああ! 不味い!」

 

 笠岡兜は、毒を取り込んだ瞬間に無毒化する。

 毒が効かない解毒人間。

 

 大きく息を吸い、吐いて、笠岡兜は周囲の毒ガスを全て吹き散らした。

人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。

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