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現代解釈桃太郎 ~大都会鬼討伐戦記~  作者: はの


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第35話 里庄町

「あらあらあら。どうしましょう。あら」

 

 黄鬼との戦いを遠くから眺める、二つの影があった。

 

 一つは、里庄町町長。里庄さとしょう椿つばき

 

 里庄町さとしょうちょう

 岡山県の南西部に位置する町である。

 人口は一万と一〇四〇人。

 岡山県浅口郡に所属する唯一の自治体であり、倉敷市と広島県福山市のベッドタウンとして機能をしている。

 

 里庄椿は頭に飾った椿の花を撫でながら、困ったように呟く。

 

「あれじゃあ、私の出る幕ないじゃない。あらあら」

 

 マッハ2で動く黄鬼。

 光速で動く井原電次。

 既に人外の領域で戦う二人を見ながら、里庄椿は踵を返した。

 

「待てえい!?」

 

 が、もう一つの人影が、そんな里庄椿の肩を掴んで呼び止める。

 

「あらあら。なあに? 私たちが行く必要、ないじゃない?」

 

「一人より二人! 二人より三人だ! さあ、さっさと行くぞ!」

 

 もう一つの影は、嫌そうな表情をする里庄椿の背中を押して、黄鬼のいる方向へと連れていく。

 動かす気のない足が地面を削り、二人の通った後にはまるでレールの様な二本線が作られる。

 

「やっぱり私、行かないほうがいいと思うのー」

 

「まだそんなことを言っているのか!」

 

「あらあら。私の能力知らないの? だって、せっかく人外を超える戦いをしているんだもの。私が現実に戻しちゃ、可哀そうでしょう?」

 

 

 

 

 

 

(甘えを捨てろ! 限界を越えろ!)

 

 井原電次からの一方的な光速の攻撃を受け続ける黄鬼は、光速に対応すべく進化を繰り返していた。

 マッハ2から、マッハ10へ。

 マッハ10から、マッハ50へ。

 

 宇宙を目指してから実現に至るまでには、途方もない年月がかかった。

 それが、大気圏を突き抜けるために必要なマッハ30を超える世界。

 そんな人類科学の上限を、黄鬼は僅か数分で超えてみせた。

 

 だが、止まらない。

 

「よい! よい! よい!」

 

 井原電次のマッハ88万には遠く及ばない。

 一回殴り掛かれば、一万回以上で殴り返される現状を、黄鬼は必死に打破しようと足掻く。

 

(もっとだ! もっと! もっと!!)

 

 マッハ100。

 マッハ1000。

 マッハ10000。

 

 黄鬼は心の弱さを映し出す。

 言い換えれば、心で描いている物を現実に反映できる。

 光速を越えんとする黄鬼の精神力が、黄鬼の体に反映されていく。

 

「おお、まさか本当に辿り着くのか?」

 

 コンマ一秒にも満たない圧縮された時間の中、井原電次は素直な賞賛を与えた。

 黄鬼の力に対して。

 同時に、恐怖を感じた。

 黄鬼の成長に対して。

 

「光速に辿り着くことはないと思っていたが、はやめに倒した方が良さそうだ!」

 

 井原電次は集中力を研ぎ澄ませる。

 周囲が時間停止しているように見えるほどの光速の世界で、一ミクロンのずれも許されぬ繊細な体の動作によって、黄鬼をひたすら殴り続ける。

 

 どれほどの時間が経過しただろうか。

 体感では何年も。

 しかし、現実時間ではたかだか数分。

 

 黄鬼の拳が、井原電次の拳とぶつかった。

 

「……馬鹿な」

 

「ようやく! 捕らえたぞおおお!!」

 

 拳が何度もぶつかり合う。

 一秒につき、億を超える拳がぶつかり合う。

 

 マッハ88万。

 現時点で、最も早い動きをしている生物は間違いなくこの二人だ。

 誰一人として、手を出せない光速の世界。

 

「はははははははは!!」

 

 もしもこの戦いに終焉が訪れるとすれば、どちらかが光速を超えるか、あるいは――。

 

 

 

「あらあら。はい、そこまでよ」

 

 

 

 光速を理解する者が現れるかのいずれか。

 

 里庄椿は、井原電次と黄鬼の横に立ち、二人の手をペシリと叩いた。

 光速で動いていた二本の手は叩き落され、動きを止める。

 光速が、止まる。

 何が起きたのかわからないといった顔で井原電次と黄鬼は互いに顔を見合わせて、続いて里庄椿の方を見る。

 

「井原のぼんは、ちょっと暴れ過ぎよ。光速で動く物体が二人もいちゃあ、大気によくないわよ。後、鬼さんも。地球を侵略に来たんなら、もうちょっと地球をいたわっちゃってよ。あらあら」

 

 黄鬼は、突然光速の世界に割り込んで来た里庄椿を不気味な物でも見るかのように睨みつけ、里庄椿に向かって拳を繰り出す。

 マッハ88万が、里庄椿を襲う。

 

「あらあら。まだお話し中ですよ?」

 

 が、黄鬼の拳は再び、里庄椿によって叩き落される。

 

「ば、馬鹿な……! 光速の、攻撃だぞ?」

 

 黄鬼の驚いたような言葉とは対照的に、里庄椿は穏やかに言う。

 

「あらあら。だって、光速って秒速二億九九七九万二四五八メートルでしょ? 速度が分かれば、いつ、どこにパンチがとんでくるか計算できるじゃない。それで、計算出来たらとんでくる場所に私が手を置くだけ。簡単でしょう?」

 

「そん……な……! ことが……!」

 

「まあ、秒速二億九九七九万二四五八メートルは真空中の話だから、空気があるこの場所では多少遅くなるけど、空気抵抗も計算式に加えればいいだけですしね。あらあら、どうしましたか鬼さん? 鬼さんには、計算が難しすぎたかしら? あらあら」

 

 里庄町は、日本の現代物理学の父である仁科にいな芳雄よしおの故郷である。

 仁科芳雄は日本において量子力学の基礎研究に尽力し、日本の量子力学の知識を世界水準にまで引き上げることに成功した。

 また、宇宙線や加速器に関する研究においても目覚ましい成果を上げ、文字通り日本の物理学を前進させたのだ。

 

 里庄町で生まれた里庄椿もまた、その血を色濃く受け継いでいる。

 

 光速で動く物体でさえ、里庄椿にとっては履修済みの光景。

 里庄椿は、無邪気な子供のように光速を扱っていた黄鬼を見て、クスリと笑った。

人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。

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