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現代解釈桃太郎 ~大都会鬼討伐戦記~  作者: はの


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第33話 井原市

 未来。

 かつて、人々が夢を馳せた夢の世界。

 時間を遡るタイムマシーンに、空を駆ける自動車。

 そして人語を解する人間型ロボット。

 人々が夢の実現に向かって全力で研究開発を続けるも、令和に実現したものはごくわずかだ。

 それほどに、夢を叶えるためには時間と努力が必要なのだ。

 

 ではなぜ、岡山県だけが、かつて描いた夢を全て叶えることができたのか。

 大都会テクノロジーは、いかにして実現に至ったのか。

 その核の一つに、岡山県の誇る偉大な市の存在がある。

 

 

 

 黄鬼は既に、吉備中央風太への興味を失くしていた。

 これ以上、黄鬼が手を下すことはなく、いずれ勝利が転がり込んでくると確信していたから。

 黄鬼は石でできた階段を見て、上に登るか下に降りるかを考える。

 上は山頂。

 下は市街地。

 そして黄鬼は、宇宙に浮かんだ備中松山城を思い出し、より城へと近づくために上を目指した。

 天空城は、天空にしかないのだから。

 一段、一段、階段を登っていき、自分よりも高いところへ立つ人影に気づいて足を止める。

 

「誰だ?」

 

 人影は、白い長髪を靡かせながら、悠然と階段を降りてくる。

 歌舞伎の舞台で見られるような白と赤で塗られた顔は、人影の正体が男か女かも隠している。

 

「井原市市長、井原いばら電次でんじ

 

 井原市いばらし

 岡山県の南西部に位置する市である。

 人口は三万と八〇六四人。

 岡山県にありながら、隣接する広島県福山市と生活の結びつきが強く、県の境を越えた交流が活発である。


 井原電次が腕を前後に振ると、裃がバサバサと揺れる。

 黄と青のボーダーがジグザグ動き、まるで宙に落雷が描かれたようである。

 

「ふん!」

 

 黄鬼は、新たに現れた井原電次にさしたる興味も示さなかった。

 黄鬼の手には、人間では逃れられない技があるのだから。

 再び鏡を作り出し、機械的に井原電次へと向け

 

 

 

 るよりも速く

 

 

 

 黄鬼の耳に、歌が刺さった。

 井原電次の発した歌は、即座に黄鬼の脳へと到達し、黄鬼の眠気を誘った。

 黄鬼は一瞬意識を飛ばし、鏡を手から滑り落とす。

 片方の手で耳を塞ぎ、もう片方の手で鏡に手を伸ばすが、黄鬼の手が鏡に触れるより早く、空からの小さな飛来物によって鏡が砕けた。

 

「なに!?」

 

 黄鬼は散っていく鏡の破片を見ながら、鏡に伸ばしていた手を急カーブさせ、両手で両耳を塞いだ。

 そして、井原電次から離れるように後方へ跳んだ。

 

「おお、眠らなかったか。私も、まだまだ甘いな」

 

「何をした!?」

 

「なに、子守唄を歌っただけだよ」

 

 中国地方の子守唄発祥の地、井原市。

 中国地方の子守唄とは、声楽家である上野うえの耐之たいしと作曲家である山田やまだ耕筰こうさくによって作られた歌である。

 戦後には音楽の教科書にも採用され、美空ひばりを始めとした著名な歌手によってカバーもされている。

 また、中国地方のテレビでは放送終了時の曲として使用されたり、映画『仁義なき戦い』の挿入曲として使用されたりと、メディア展開も広い。

 

 何故、こんなにも全国的に広まったのか。

 それは、中国地方の子守唄が、子守唄として完璧であったからに他ならない。

 誰もの眠気を誘う唄であったからに他ならない。

 

「ねんころろん。ねんころろん」

 

「……その歌を、止めろ!」

 

 歌は音。

 即ち音速。

 秒速三四〇メートルの攻撃は、黄鬼に鏡を出す隙など与えない。

 

「止めろと言っている!」

 

 が、音は音。

 耳を塞げば、いくらでも防ぐことができる。

 黄鬼は耳をふさいだまま、井原電次に向って駆け出した。

 どすんどすんと乱暴な音を立て、階段を駆け上がっていく。

 

「おお、マナーの悪い。観客が、演者の元に来るなんて」

 

 井原電次はステップを踏み、黄鬼の襲来を待ち受ける。

 

 右手を前に、左手を上に。

 戦いを前に見栄を切る。

 

「さあさあ、お立合い! ただいまより見せるは、日本一の桃太郎の鬼退治。原点にして頂点の物語、しかとその目に焼きつけてくんなまし!」

 

 両手の使えない黄鬼が、残った脚で井原電次に蹴りかかる。

 井原電次は向かってくる脚を右手で掴み、そのまま片手で逆さ立ちする。

 百八十度回転しながら黄鬼の後方へと倒れ、一瞬で黄鬼の背をとる。

 そのまま張り手で、黄鬼を弾き飛ばす。

 

「ぬぐっ!?」

 

 前方に傾く黄鬼は、このまま倒れるべきか、子守唄を聞く覚悟で手をついて受け身をとるかを考える。

 その背後から、跳躍した井原電次のかかと落としが炸裂する。

 

 黄鬼の脳が揺れ、上半身が前方へ傾く。

 同時に、空からの小さな飛来物が黄鬼の後頭部を撃ち抜き、黄鬼は耳を押さえたまま地面へうつ伏せで倒れた。

 

「ほっ」

 

 井原電次は後方へ跳んで距離を取り、再び見栄を切る。

 黄鬼は両手をついて起き上がり、忌々しそうに地面を見る。

 

「くそっ!」

 

 上半身を起こしたところで、すぐさま耳に入り込んでくる音を防ぐため、再び耳を塞ぐ。

 不格好に戦っている自分の姿を浮かべれば、黄鬼の顔が恥辱で赤く染まる。

 

 まるで、舞台の終わりの一幕。

 

 歌舞伎。

 日本の伝統芸能の一つ。

 一風変わった『かぶき者』どもをまねた動きから始まり、現代では一大興行へと成り上がった。

 昭和四十年には日本の重要無形文化財、平成二十一年には無形文化遺産に加わった、世界に誇る舞である。

 

 井原電次は歌舞伎者。

 鬼相手だろうが、魅せるように戦うのだ。

 

 

 

 舞は、にぎわいを引き起こす。

 新たな祭りを引き起こす。

 

加茂かも大祭たいさい! 吉川八幡宮当番祭よしかわはちまんぐうとうばんさい!」

 

 熱に当てられた吉備中央風太が、影の自分を倒しきる。

 吉備中央風太の影が、巨大な大木の下敷きとなって消滅していく。

 

 吉備中央町は、祭りの国。

 岡山県が誇る県下三大祭りの内、二つの祭りを司る。

 九百五十年の歴史を誇り、町内八か所の神社から行列が集う加茂大祭。

 十歳前後の男子を中心とした行列が動く吉川八幡宮当番祭。

 

 心に燃え滾る祭りの熱気が、吉備中央風太の甘えを派手に打ち消した。

 

「よお、井原の市長。みっともないところ見せちまったな」

 

「なに、気にするな。物語ってのは、落ち着いたときも盛り上がるときもあるもんだ」

 

 並ぶ二人の主人公。

 あいも変わらず、膝をつく黄鬼。

 

 舞台は、次の場面へ転換する。

人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。

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