第31話 吉備中央町
岡山県の空を、黄色い塊が駆け抜ける。
地上から見れば、ずいぶん明るい流れ星に見えたことだろう。
だが、仮に星であるならば、それは凶星。
世界に災いを落とさんとする、凶星である。
「ああ、ちくしょお! 見事にやられた!」
高梁市に落ちた黄鬼は大声で叫び、空を見上げる。
自身を叩き落した高梁お松に一言文句でも言ってやろうかと思ってはいたが、宇宙に浮遊する備中松山城を地上から肉眼で補足するのは鬼と言えども困難であると悟り、早々に諦めた。
ここが高梁市であると黄鬼が理解していれば、あるいは高梁お松が自身お故郷に戻ってくるのを待つという選択肢もとれたかもしれない。
しかし、当然ながら黄鬼に、来たばかりの地球の土地勘などない。
一発やられた怒りは、その辺の木を蹴り飛ばして憂さ晴らしとした。
メキメキと音を立てて倒れた大木を踏みつけながら、黄鬼は辺りを見回す。
そこは、備中松山城の三の丸跡。
高梁市の市街から備中松山城の天守閣へ至る山道の途中にある、開けた城跡である。
普段であれば観光客であふれるその場所には、今日に限っては黄鬼ともう一人しかいなかった。
「誰だ?」
黄鬼が人影に尋ねる。
「吉備中央風太様だ。しがねえ鳥頭の、町長様よ」
吉備中央風太は、オーバーオール越しでもわかる出べそのふくらみを、ぼりぼりと掻いて笑った。
吉備中央町。
岡山県の中部に位置する計画都市である。
人口は一〇五〇七人。
かつての吉備国の中央に位置する、岡山県のど真ん中。
現在では計画都市として、医療福祉から娯楽までを調和させた都市開発を進めている。
「本来ならよお、高梁市の市長様が先陣切るってえのが礼儀だと思うんだが。まあ、あれだ。高梁市の市長様はお前ら叩き落すために宇宙へ言ってたんだから、先陣は俺で勘弁してくれや」
「そうか! お前は、さっきの人間の仲間か!」
「んー、仲間つうか、仕事仲間っつうか?」
黄鬼は、目の前の人間が恨みある高梁お松の仲間だと理解し、ニヤリと笑った。
黄鬼は、人間が自分以外を傷つけられても悲しむことができる生物だと知っているから。
目の前の吉備中央風太を殺すことが、間接的に高梁お松をいたぶることだと即座に知った。
「ならば丁度いい! お前の首を取り、宇宙に浮かんでいた忌まわしい人間への手土産としてやろう!」
「そいつは、ごめん被るねえ」
黄鬼が駆け出すと同時に、吉備中央風太は背中から美しい羽根を生やした。
ブッポウソウという鳥に見紛う美しい青い羽根は、力強く羽ばたいて強い風をひき起こした。
風が周囲の木々を揺らし、黄鬼の体に大気の壁としてぶつかる。
「こんなものか! わかる! わかるぞ! お前は、さっきの人間よりも弱い!」
が、黄鬼は意に返さず、前進を続ける。
「まいった。重いやつだ」
「死ねえ!」
吉備中央風太の眼前まで迫った黄鬼は、握った拳で殴りつける。
「悪いが、死ねないねえ」
吉備中央風太は背に広げていた羽根を丸め、拳を防ぐように前方へと持ってくる。
拳と羽根が衝突し、があんと衝突音が響く。
ボキボキと、黄鬼の指の骨が砕ける音が響く。
「……!? なにい!?」
黄鬼は拳を引っ込め、青い羽根を凝視する。
一見すると、ただの骨。
しかし、その高度はさながら金剛石のようであった。
ブッポウソウは、通称『森の宝石』。
空を舞う、美しい青である。
吉備中央風太のブッポウソウをモチーフとした羽根は、その通称に恥じぬよう、美しさと硬度を兼ね揃えている。
「小癪な!」
黄鬼は、何度も拳を振り下ろす。
が、青い羽根を一向に破ることができず、ただただ拳に痛みが蓄積していった。
「さあ、どうするね?」
余裕そうな表情をする吉備中央風太の顔を睨みつけた後、黄鬼は視線を下へと落とした。
足元へ。
吉備中央風太が立つ大地へと。
「らあっ!」
「うお!?」
そして、大地を蹴り上げた。
吉備中央風太は、立っていた場所ごと宙を舞う。
「おい、嘘だろ!?」
「羽根ごときで守れる場所なんざ、限られてんだよお!」
黄鬼は跳躍し、吉備中央風太の前で両手を広げ、蚊を叩くように手で挟み込む。
吉備中央風太はすぐさま羽根を少し開き、黄鬼の両手防ごうとする。
黄鬼は、両手で羽根をバシンと叩いた後、羽根を掴んで動きを止めた。
「もっかい言うぞ? 羽根ごときで守れる場所なんざ、限られてんだよお!」
そして、吉備中央風太の頭部へ頭突きした。
「ぐっ!?」
羽根は硬いが、吉備中央風太の体自体は並の人間だ。
額から血を流し、跳びそうになる意識を必死で抑える。
「そら、もう一発だ!」
黄鬼は再び頭を後方へ傾け、頭突きへのタメを作る。
「おらあっ!」
勢いのあるスナップで黄鬼の頭が、再び吉備中央風太を狙う。
「『はれまに』!」
が、二発目は防がれた。
吉備中央風太の目の前に現れた、白い壁によって。
「ぐうっ!?」
白い壁は、黄鬼の頭部からの出血で赤く汚れる。
その隙に、吉備中央風太は力づくで黄鬼の手を羽根から剥がす。
「もういっちょ。『はれまに』!」
そして、落下して地面に倒れた黄鬼の周囲に、白い壁を作り出す。
白い壁は、縦に長いドーム状となって、黄鬼を完全に閉じ込めた。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




