第30話 美咲町
「МI・SA・KI! МISAKI!」
「МI・SA・KI! МISAKI!」
「МI・SA・KI! МISAKI!」
「I’m a Perfect Human」
百々人形が口を開き、美咲敦彦を讃える。
美咲敦彦は、自身を賛美する言葉を全身に浴びながら、両腕を左右に広げてポーズをとる。
戦場において、自身を魅せるためだけの行動は無謀を越えて無情だ。
堂々と君臨する美咲敦彦に向って、緑鬼は突撃する。
五月蠅いものは、目の前から消してしまえ。
それだけの感情。
「ふっ」
が、美咲敦彦は動じない。
美咲敦彦が片手を上げると、百々人形たちが左右に分かれる。
緑鬼と美咲敦彦の間を遮る者はいなくなり、広い道ができる。
美咲敦彦はポケットから卵を取り出し、向かってくる緑鬼に投げつけた。
「…………!?」
卵は見た目以上の重量を持っており、緑鬼の脳を震わせ、緑鬼の上半身を後方へと傾かせた。
緑鬼にぶつかった卵の殻は割れ、中から黄身が飛び出す。
美咲敦彦は、放射線を描きながら自身の方に飛んでくる黄身を、白米の盛られた茶碗で受け止めた。
そう、完成させたのだ。
完璧な――Perfectな人間を育て上げる、美咲町の秘密を。
それは、完全食『TKG』。
美咲町は、TKG(卵かけご飯)発祥の地。
極めて完璧な食材、白米。
極めて完璧な食材、卵。
それぞれが単体で完璧足りうる食材を、あえて混ぜ、完璧を超えた究極を作り出したのが美咲町だ。
そして、TKG発祥となり得た地力が、美咲町の広大な養鶏場の存在。
東京ドーム約二個分の広さを持つ養鶏場は、西日本最大の養鶏場であり、毎日大量の卵が産み出され続けるのだ。
即ち、卵王国美咲町。
美咲町出身の美咲敦彦は、幼い頃よりTKG――完全な食事を摂取して生きてきた。
人間の体を作るのは、食事である。
美咲敦彦は完璧な食事で育つことにより、完璧な人間へと進化した。
「いただきます」
美咲敦彦は白米の上に落ちた卵をかき混ぜ、白米を黄金色に染める。
さらに醤油を垂らし、黄金を黒く潰すことで、自分色へと染めあげた。
文句の付け所がない、完璧な料理。
美咲敦彦は、豪快にTKGを啜った。
「ごちそうさま」
茶碗を地面に置き、奈義里と津山太優に向き直る。
「すまないな。あの鬼、奈義と戦いたがっていたように見えたが、奪ってしまった」
「気にしないでくれ。鬼退治が優先だ」
天才とはいつだって、あるべき姿を越えていく。
今回のあるべき姿とは、緑鬼と奈義里が戦い、決着をつけることだ。
もしも緑鬼が現状を観察していれば、奈義里と決着をつけるために自身の意識を封じたにも関わらず、突然現れた美咲敦彦に押されている現状は看過できないだろう。
もっとも、意識を封じている以上、その屈辱を感じることもできないのだが。
「そうだな。とはいえ、最後の役目は残しておくから安心しろ。俺が戦い続けるより、奈義のアレを使ったほうが早くケリがつく」
上体を起こした緑鬼が、美咲敦彦を睨みつける。
美咲敦彦は緑鬼の方へ向き直り、両手を左右に広げ、顎を上げて見下してみせる。
「すぐさま終わる! このWarは!」
緑鬼が駆け出したとき、美咲敦彦もまた駆け出した。
美咲敦彦は、完璧な人間だ。
だからこそ、自分のできることを明確に理解している。
他人のできることを明確にしている。
美咲敦彦は、歌が上手くない。
美咲敦彦は、ダンスが上手くない。
できることは、現状を見たうえでし、目標に向かって最善を尽くすことだ。
「……………………!!」
緑鬼の拳と、美咲敦彦の投げつけた卵が、接触した。
「まったく。彼は、どこまで把握をしているのか」
単身で緑鬼を止める美咲敦彦の背を見ながら、奈義里が呟く。
その横へ、巨大モビルスーツが着地する。
「どういうことだ?」
「美咲には、俺達が緑鬼を退治するための時間稼ぎをしていたのがわかっていたってことさ。途中から来たのにな」
「? 時間稼ぎ?」
「……そういえば、緑鬼にバレないように、説明をしていなかったな」
「なんだ? どういうことだ?」
「それは……ん?」
津山太優の問いに答えるより早く、奈義里の体が光り、巨大化を始めた。
ただでさえ人外の大きさに至っていた奈義里だが、それさえも一笑に伏せるほどに大きくなっていった。
美咲敦彦の言葉の真意を語ろう。
アレとは、勝央金太の解いた五つの封印。
即ち、さんぶたろうの封印。
さんぶたろうとは、かつて奈義の地を納めていた領主である。
先代領主であった人間の父と、絶世の美女に化けていた大蛇の間に産まれた男の子は、太郎と名付けられて、とにかく大きく成長した。
家よりも、村一番の大木よりも、那岐山よりも大きくなり、とうとう頭が雲を突き抜けるほど大きくなった。
奈義の地から京の都まで、三歩で歩いたその姿。
いつしか『三歩太郎』と呼ばれ、やがて訛って『さんぶたろう』と呼ばれるようになった。
そして、さんぶたろうは死後、体を五つに分けられて五つの神社に祀られた。
頭は、奈義町関本の『三穂明神』。
右手は、美作市右手の『右手大明神』。
肩は、鳥取県智頭町の『河野神社』。
胴体は、奈義町西原の『杉神社』。
足は、奈義町高円の『諾神社』。
さんぶたろうの撒いた奈義の血は、大男の血。
生まれる者共は、皆大男。
人間とは比べ物にならない程の大男。
さんぶたろうの封印は、未来の子孫たちが人間とともに住むため、その体を小さくするために必須だった。
逆を言えば、勝央金太の手によって五つの封印が解かれた今、奈義里は本来の姿へと回帰するのだ。
奈義町と京都を三歩で移動するほど、大きな体へ。
「来たな」
「……………………!?」
緑鬼と美咲敦彦に、大きな一つの影が落ちる。
雲を突き抜け、太陽の光を遮るほど、巨大な体が作り出す影が。
奈義里は拳を握り、緑鬼へと振り下ろした。
緑鬼は驚異の対象を変更する。
美咲敦彦から視線を外し、落ちてくる拳に自身の拳で殴り掛かった。
結果は、言うまでもない。
小さな生物では、大きな生物に勝つことなどできない。
緑鬼の拳は奈義里の拳にコツンとぶつかり、次の瞬間全身ごと潰された。
奈義里が拳を離すと、地面にべっこりと開いた穴の中心で、原形をとどめない緑鬼が潰れて死んでいた。
「まったく。この世界は、本当に平等じゃないな。この体格差、完璧なだけの人間の俺では勝ち目がない」
優雅にTKGを召し上がる美咲敦彦の姿が、緑鬼との戦いの終わりを告げた。




