第27話 奈義町
「ずいぶん大きくなったのお」
津山太優に遅れること少し。
もう一人の男――奈義町町長、奈義里が現れた。
居眠りから目覚め、立ち上がる緑鬼を見上げて、自分より大きくなったことを認識する。
「ははは。そうでなくてはな」
奈義里は、そんな緑鬼に向って軽い拍手をする。
それは、努力を賞賛する拍手。
拍手をするたびに揺れるちょんまげが、そんな賞賛をちゃかしているように見える。
「おー。奈義の町長じゃねえかー」
奈義里の姿を確認した勝央金太が、奈義里の元へと近づく。
「勝央、生きてたか」
「おかげさんでな」
「津山には殺されかけなかったか?」
「白いロボットに、思いっきり踏んずけられた」
戦場にも関わらず、奈義里は勝央金太と二言三言交わし、現状の元凶ともいえる津山太優――否、巨大モビルスーツへと視線を移す。
津山太優もまた、コックピットの中から奈義里の姿を確認する。
「遅かったじゃないか」
「ああ。誰かさんが鬼を勝手に投げて、あげく俺を放ってさっさと行ってしまったからな」
「……? そんなやつがいたのか。誰だ? 次の県議会で課題に挙げておこう」
「お前だよ」
「はっはっは! 面白い冗談だ!」
穏やかだった奈義里と勝央金太の会話に対し、津山太優との会話はいささか説教的だ。
もっとも、津山太優が奈義里にした仕打ち、即ち砂をかけられたあげく放置されたという先の出来事があれば当然だと言えるが。
とはいえ、原因の根幹である津山太優は、奈義里の言葉を聞いてなお自分のこととは思い至っておらず、ただ笑った。
「はあ。もういいわ」
馬鹿につける薬なしとはよく言った物。
奈義里は、津山太優に嫌味の一つも言うことをそうそうに諦めた。
「で、どうだ? 戦えそうか?」
「ちょっと、休憩が必要だな」
代わりに、津山太優の声から体調を案じた。
津山太優の声はいつもより疲れが混じっており、巨大モビルスーツが放つ音はいつもよりノイズが乗っていたからだ。
奈義里は、再び勝央金太の方を向く。
「勝央は、動けるか?」
「ああ。ちょーっとは休めたからな」
「そうか。なら、頼みがある」
奈義里は懐から地図を一枚取り出して、勝央金太へと差し出した。
地図には、岡山県奈義町を中心とした地理が描かれており、五つの神社の位置に赤丸がつけられていた。
「その五つの神社の封印を解いて来て欲しい。十分以内で」
「いやここ、勝央町いいいいい!? どんだけ離れてると思ってんのおおおおお!?」
「できないか?」
「できるわあああああ! 金さんに出来ねえことはねえんだよおおおおお! でも十分以内は無理でええええす!!」
勝央金太は奈義里から地図をひったくり、緑鬼に向って中指を立てた。
「勝負はお預けってことにしといてやるぜ! 生きてたら、今度こそ本気の金さんが相手をしてやらぁ! 馬ー鹿! 馬ー鹿!」
そして地図の示す方向に向かって、一目散に走り去った。
勝央金太の言葉は、一見すると負け犬の遠吠えであり、敗者の精一杯の強がりである。
しかし、心の内は違う。
勝央金太は確信していた。
自分がもう、緑鬼と戦えないだろう未来を。
緑鬼が奈義里に敗北する未来を確信していたから。
勝央金太が立ち去った後、奈義里はゆっくりと緑鬼を見上げる。
「どうやら、待ってもらっていたようだな」
緑鬼は、奈義里の言葉に大きなため息を零す。
「別に。お前らが話をしている間は、戦うなんて面倒なことをしなくていいからな」
「それは、お気遣いを感謝しよう。せめてものお礼に、お前の死後は墓を作って、丁重に弔ってやろう」
奈義里は、腰に刺した二本の刀を抜く。
否、それは刀であって、刀でない武器。
右手に白ネギ。
左手にアスパラガス。
奈義町の特産品である。
奈義町。
岡山県の北東部に位置する町である。
人口は五七六五人。
ひと呼んで『奇跡のまち』。
「……? 一人で向かってくる気か?」
「ああ」
巨大モビルスーツとの二人がかりで向かってくることで、さらに面倒な戦闘になると踏んでいた緑鬼は、拍子抜けした声で言った。
戦闘民族である緑鬼にとって、奈義里の行動は勝率を下げる愚かな選択だ。
だが、奈義里にとっては違う。
奈義町は、孤高の街。
平成の大合併への不参加を決め、町単体での成長を実現した『奇跡のまち』なのだ。
「いくぞ」
奈義里は跳び、二本の刀を振り下ろす。
緑鬼は二本の刀の軌跡を正確に把握し、刀一本を腕一本で掴む。
思惑が外れたと言えば、奈義里の刀が緑鬼の掌を真っ二つにしたことだろう。
鋼より硬い緑鬼の掌、その半分が地面に落下し、鈍い落下音を響かせる。
「……おお?」
「呆けている暇があるのか?」
二本の刀は、公転する星々のように綺麗な曲線を描き、そのまま緑鬼の腹部を切りつけた。
緑鬼の腹部には美しい十字が刻みつけられ、その切り傷から血が噴き出す。
「お前、明らかに、さっきのやつより強」
刀は止まらない。
続いて、緑鬼の口を左右から切り捨てた。
緑鬼は言葉を続けることができなくなり、代わりに流れてくる三度目の刀を噛みつき止めた。
奈義里は、即座に刀を歯から引き抜き、後方へ跳んで距離をとる。
奈義里は、強い。
強いが故に、奇跡のまちと呼ばれる。
その根源は、圧倒的な未来への備え。
緑鬼との戦う予習など、とっくの昔に終えている。
そんな未来への備えは、町の成長にも如実に表れている。
昭和三十六年。
陸上自衛隊の誘致。
莫大な補助金を原資に、奈義町は町の改革を進めた。
在宅育児支援手当。
高等学校等就学支援。
医療費を高校生まで無料化。
出産祝い金交付。
不妊治療助成。
膨大な公的サポートの充実。
結果、令和元年の奈義町の合計特殊出生率は『2.95』。
日本全体の合計特殊出生率の約二倍。
たった一つの自治体として生きることを選んだ奈義里は、たった一人ですべてと戦える備えをしている奇跡の人間とも言えるのだ。
緑鬼は、かくんと首を落とし、再び眠りについた。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




