第26話 津山市
「あー……! いってえなあ、ちくしょお!」
勝央金太は、たんこぶができた自身の頭部をいたわるように撫でる。
体に致命傷はなく、自慢の金髪は相変わらずサラサラではあるが、勝央金太の心中としては完全敗北である。
相撲の国に金太郎の子孫として生まれたにもかかわらず、相撲を知ったばかりの相手に負けたのだから。
「次会ったら……ただじゃおかねえええええ!!」
屈辱的な感情を拳に乗せて、勝央金太は思いっきり地面を殴った。
ボキッ。
「あでえええええ!?」
そして、軽快な音とともに指を骨折した。
「いでえ! ちくしょおおおおお! それもこれも、全部鬼野郎のせいだ!!」
腫れた指に息を吹きかけ、痛みの熱を治めようとする。
逆の手で地面を殴ろうかと振り上げた拳をそのままに、骨折した拳も振り上げて、立ち上がって空に叫ぶ。
その佇まい、まさに石垣島にある具志堅用高の像。
「次会ったら……ただじゃおかねえええええ!!」
地面を殴って骨折したくだりをなかったことにして、勝央金太は決意を固める。
次がいつあるかは勝央金太にもわからず、そもそも次が来るのかもわからない。
しかし、これは男のプライドの問題だ。
「鬼野郎めええええええ!! 覚悟しやがれえええええ!!」
勝央金太は、叫んだ。
直後、その全身に巨大な影が落ちた。
「……ん?」
勝央金太の真上に、落ちてくる緑鬼の背中が見えた。
着地点はもちろん、勝央金太をぺしゃんこにできる位置。
待ちに待った、“次”である
「うおおおおおおおおおおお!?」
振り上げていた両手は、決意から逃走のポーズへと意味を変え、勝央金太は影の外へ必死に走った。
「おおおおおおおおおお!!」
落下物が起こす空気の流れにより、サラサラの金髪の動きが大きくなる。
このままでは潰される距離にまで近づいてきたと察した瞬間、勝央金太は思いっきり地面を蹴って、影の外目掛けて飛び込んだ。
ズシン。
勝央金太が顔面から地面に倒れ込んだ瞬間、足元に緑鬼の巨大な体が落ちた。
「あっぶねえええええ!!」
勝央金太は振り返り、落ちて来た緑鬼を確認した。
顔はスリ傷だらけでじんじんと痛むが、潰されていた時の痛みよりははるかに小さい。
先程まで勝央金太が立っていた場所は大きくへこみ、へこんだ地面をベッド代わりに、緑鬼はぐうぐうと眠っていた。
「寝てんじゃねえよおおおおお!!」
勝央金太は緑鬼に一発入れてやろうかと拳を振り上げるも、現時点で起こしてしまうのは得策でないと判断し、しぶしぶ拳を下ろす。
緑鬼は、強かったのだから。
勝央金太一人では、倒せなかった程度には。
だから、勝央金太は待った。
緑鬼を吹き飛ばしただろう二人を。
緑鬼に吹き飛ばされながら視界に入った、二人を。
影が再び、勝央金太に落ちる。
「津山太優、着陸する!」
巨大モビルスーツが、勝央金太を踏み潰した。
「おいいいいいいいいいい!?」
「んん? 今、勝央市の市長の声が聞こえたような?」
「下! 下ああああああああああ!!」
「気のせいか。では、鬼退治を再開するとしよう」
「気のせいじゃねえよおおおおお!!」
巨大モビルスーツの頭が動き、眠っている緑鬼を視認する。
一歩、また一歩。
巨大モビルスーツが歩を進め、勝央金太はようやく巨大な足から解放された。
巨大な足音が周囲に響いても、緑鬼は眠り続ける。
そして、巨大化し続ける。
寝る子は育つ。
寝る鬼は育つ。
「……冗談だろ?」
風船でも膨らましているのだろうかと思うほど、緑鬼の体は急速に膨らんでいく。
顔が、体が、両手足が、まんべんなく巨大化していく。
「ああ、よく寝た」
緑鬼が目を開き、むくりと起き上がった時、緑鬼の身長は巨大モビルスーツを越えていた。
「ああ、小せえなあ」
そして見下ろす。
緑鬼よりも小さい、巨大モビルスーツを。
「はあっ!」
津山太優が巨大モビルスーツを動かし、緑鬼の顔面を殴打する。
が、鉄と鉄がぶつかったような重い響きを拳に受けて終わった。
緑鬼は、微動だにしない。
「さっきよりも固い、か」
くしくも、緑鬼も津山太優も、小さな生物は大きな生物に勝てないという点で合意している。
それ故に、アプローチこそ違えど、互いに巨大さを求めて来た。
そして今、巨大さは緑鬼に軍配が上がっている。
「面倒だ。終わらせよう」
緑鬼は両掌をぐっと組み、合わさった両手を巨大モビルスーツの頭部に振り下ろした。
「ぐおぉ!?」
巨大モビルスーツの頭部がへこみ、全身が揺れ、負荷に耐えられなくなった膝が一時的に機能停止する。
膝から煙を上げながら、巨大モビルスーツは跪いた。
まるで謝罪でもしているような態勢の巨大モビルスーツの背に向けて、緑鬼は再び両手を振り上げた。
「やむを得ん!」
瞬間、巨大モビルスーツのコックピットが開き、津山太優が飛び出した。
隆起する筋肉。
全身に貼りつく茶色い毛皮。
そして、こめかみから生える二本の角。
「和牛モード!」
津山市は、和牛の一大供給地。
山陽と山陰を結ぶ要所であった津山市では、八世紀には農耕や運搬用の牛が存在し、古くから牛肉を薬として食べる『養生食い』の文化があった。
長年培った和牛を扱う文化は、牛骨周辺の肉から大動脈まで、和牛の全てを使いつくすほどの技術を持つ。
それは、本場の日本食の証明である『セイバージャパン』、引き継がれるべき食文化の証明である『100年フード』に選ばれるほど、高純度な技術である。
つまり津山市は、最も人間と和牛のマリアージュに長けた市。
そして、最強のマリアージュから生み出されたものが、人間と和牛の長所を混じり合わせた人類の進化。
合成獣である。
「ぶもおおおおおおお!」
小さな両手が、緑鬼の巨大な拳を受け止める。
「止め!?」
「らっせえーい!」
津山太優は、止めた拳をそのまま両手で挟み込み、力ずくで持ち上げた。
「ぐおお!?」
津山太優を起点に、緑鬼の体はぐるぐると回転し、そのまま放り投げられる。
ずがんと、緑鬼の頭が岩場に衝突する音がした。
「……っ!」
鬼を超える怪力。
その代償は、当然ある。
人間と和牛。
異なる種族同士の融合は、神の領域を犯す力。
代償も大きい。
莫大な体力と生命力の消耗である。
全身に走る筋肉痛に耐えながら、津山太優は巨大モビルスーツに再び乗り込む。
そして、コックピットに座ると、新鮮なホルモン料理が目の前に現れた。
津山太優はそれらを貪り食って、失った体力と生命力を回復する。
コックピット前の画面には、地面に倒れる緑鬼の姿が映っていた。
睡眠によって、再び体が大きくなっていく緑鬼の姿が。
「まったく。どこまで大きくなるんだよ」
緑鬼は大きないびきを数度かき、ぱちりと目を開けた。




