第25話 津山市
「弱い」
吹き飛んでいった勝央金太の姿が見えなくなると、緑鬼は面倒くさそうに呟いた。
緑鬼にとっては、わかっていた結末。
それゆえに、退屈。
結果が分かることを淡々とこなすことほど、緑鬼にとって苦痛な時間はない。
結末の根拠は、圧倒的な体の大きさ。
「勝てねえんだよ。小さな生物じゃ、大きな生物には。決して」
蟻は、イモリに勝てない。
イモリは、犬に勝てない。
犬は、象に勝てない。
自然界は弱肉強食。
そして、食べる側に回る生物は、たいていの場合大きな生物だ。
「ああ! まったくもって、その通り!」
「……ん?」
だが、例外はある。
それが、人間という小さな種族だ。
空から降り注ぐ巨大な声に、緑鬼は空を見上げ、降ってくるそれらに目を見開く。
一つは、ロボット。
全白を基調とした、人間型の巨大なロボット。
もう一つは、人間。
しかし、緑鬼の知る人間とは、比べ物にならないほど大きな人間。
着地と共に、地震に見紛う巨大な揺れが栗柄神社を襲う。
小さなお社はかたかたと音を立てて震え、木々が強風にあおられたかのように揺れる。
「なんだ……お前ら?」
「津山市市長! 津山太優だ!」
津山市。
岡山県の北部に位置し、県北最大の都市である。
人口は九万と七六四五人。
高品質の和牛の飼育してきた歴史から、新鮮なホルモンが手に入りやすく、ホルモン焼うどんを代表とするホルモン料理が有名な市である。
「つやま……たゆう?」
緑鬼が復唱した瞬間、白いロボットの拳が緑鬼の顔面を撃ち抜いた。
「ぶあっ!?」
「太優が男の名前で何で悪いんだ!」
仰向けに倒れる緑鬼に追い打ちをかけようとする津山太優――否、津山太優が操作する白いロボットを、もう一人の人間が羽交い絞めて止めた。
「まあまあ」
「……っ! 何故、止めるんだ!」
「ここは神社の敷地内。争いごとは良くない。それに、我々が暴れ回るには、ここは狭すぎる」
「……確かにな」
羽交い絞めから解放された白いロボットは、緑鬼に歩いて近づき、上半身を起こした緑鬼の顔を指差した。
「二度と、俺の名前を馬鹿にするなよ! そして、お前と正々堂々の戦いを申し込む。広い場所へ移動しようじゃないか」
「……面倒だが、いいだろう。乱戦よりは、多少マシだ」
津山太優の提案を意外にも同意した緑鬼は、ゆっくりと立ち上がる。
「よし。……しかし、俺は勝央町の地理には疎く、広い場所が分からない。勝央市の市長はいないのか?」
「そういえば、姿が見えないね。勝央町でのトラブルなのだから、彼が真っ先に現場へ来ると思ったのだが」
「ここにいた金髪の男なら、俺が向こうへ吹きとば……げぶあっ!?」
津山太優の探している人間が、自身が先程倒した人間だと気づいた緑鬼は、何の気なしにそれを口にする。
対する津山太優の返答は、言葉ではなく拳だった。
先程よりも強い拳は、勝央金太が飛んでいった方向へと緑鬼の体を吹き飛ばした。
「勝央市の市長を傷めつけやがって……。何でそんな簡単に人を殺そうとするんだよ! 死んでしまえ!」
理不尽な言葉を投げつけられたまま、緑鬼もまた彼方へと消えていった。
「で、どうするんだい? これから」
我に返った津山太優の乗る白いロボットの肩を、ちょんまげ頭の巨大な人間かポンと叩く。
「ううむ……」
津山太優は腕組みして悩んだ後、豪快に笑った。
「はっはっは! 大丈夫さ。ガンダムは、飛べるんだ!」
「……そうかい」
白いロボットの全身から発される笑い声に、巨大な人間は呆れた表情で自身の額を抑えた。
白いロボット。
それ即ち、巨大モビルスーツ。
国道一八一号線沿いにある道の駅『久米の里』に設置されているロボットである。
身長は七メートル。
自動車メーカーに技術者として勤めていた津島市民が、一人で設計図を書き、一人で制作したロボットである。
その期間、実に七年。
その外観、まさにZガンダム。
コックピットは実際に人間が乗れる仕様であり、人間の代わりに手足を動かし作業ができる、完全二足歩行型汎用機械が目指されている。
現時点では一般人による完全な操作は不可能だが、現在コックピットに座るのは津山市市長の津山太優。
未完成の物を完成として扱うことなど、造作もない。
コックピットに座る津山太優が操縦桿をガシャガシャと動かすと、白いロボット――巨大モビルスーツは、背中から強い風を地面に向けて放ち、その勢いを以って空へと浮かんだ。
「わぁっ!? 砂が口の中に……! ぺっ! ぺっ!」
巻きあがる砂ぼこりなど気にしない。
「変形!」
舞い上がった巨大モビルスーツは、人間型を止めて、その形状を変える。
頭は前に傾き、目と鼻の部分が胸につくと、そのまま胸の中へと格納されていく。
手と脚は直立不動にまっすぐ伸ばし、手は左右の壁に、脚は噴出孔へと形を変える。
先端からは角の様な三角形が飛び出し、左右には赤いウイングが生える。
さながら飛行機。
巨大モビルスーツの移動形態である。
「じゃ、先に行くぜ!」
アナウンスが発せられたかと思うと、巨大モビルスーツは急加速し、あっという間に空の彼方へと消えていった。
取り残されたもう一人は、組んだ両手を上にあげてグッと背伸ばす。
そして、着地した時の揺れで倒れた木を一本掴んで、巨大モビルスーツの飛んでいった方向へと投げ飛ばした。
「少しは周りのことを考えんかい!!」
怒声が、木々を揺らした。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




