第16話 高梁市
石垣の上に建つ、瓦屋根と白い壁によって建築された城。
鎌倉時代から続く伝統的な日本の城が、鎌倉時代の容姿をそのままにして宇宙に浮かぶ。
鎌倉時代では決して手の届かなかった夜の先に浮かんでいる様は、芸術的の一言である。
輝く星の光は白壁を照らし、まるで城の到来を歓迎しているようだ。
「ありえん……! 絶対に、ありえん……!」
赤鬼は窓にへばりつきながら呟く。
不可能なのだ。
人類よりも高い技術力を持つ鬼にとっても、宇宙船を使わずに宇宙へ到達すること、ましてや建物をそのまま宇宙にあげることなど、不可能なのだ。
赤鬼の視線が城の屋根から石垣に動き、石垣を支える大地にまで到達する。
「なんだ? なんだあれは?」
そして、人影を視界にとらえた。
宇宙空間だと言うのに、その人影は宇宙服を着ておらず、ただまっすぐに鬼たちの宇宙船を見下していた。
「私は高梁市市長だ。貴様らの攻撃により岡山県の森林が破壊された。緊急事態につき、私が臨時に交渉をする」
高梁市。
岡山県の中西部に位置する市である。
人口は二七六五〇人。
岡山県が存在する土地にかつて存在していた古代日本の国家『吉備国』。
吉備国は備前国、備中国、備後国の三つに区分され、そのうちの備中国の中核をなしたのが高梁市である。
そして、高梁市の頂点に立つのが、高梁市市長である高梁お松である。
茶色いショートカットの髪は無重力空間の宇宙においてもぴっちりとセットされたままで、ほんの僅かも靡くことはない。
金色の瞳は茶に染まったサングラスで隠されてはいるが、それでも宇宙船を見下す凶悪な眼光を隠しきれてはいない。
一方で、そんな凶悪さを隠し込んでいるのではと疑うほどに、茶色いスーツは礼儀を重んじていた。
高梁お松は一歩踏み出し、宇宙船に一歩分近づく。
交渉。
高梁お松の言葉通り、この一歩は交渉のための接近でしかない。
「にゃああ」
高梁お松の足元では、一匹の猫が鳴く。
純粋無垢な鳴き声ではあったが、宇宙船を見下ろす瞳は、高梁お松と同種の物である。
「降伏の機会を与えよう。今すぐ宇宙船を旋回し、元の星に帰れ。三分間待ってやる」
高梁お松は、交渉条件を高らかに宣言した。
条件とは即ち、全面降伏である。
赤鬼は、高梁お松の言葉を聞いて目を丸くし、すぐに全身をさらに赤くした。
人間の言語では表現できえぬ赤は、赤鬼の怒りの証。
「人間ごときが、何の冗談だ?」
怒りをにじませる赤鬼の言葉が放たれた直後、言葉よりも先に体が動く青鬼が動き出す。
「たわけがあああああ!!」
赤鬼の横を駆け、宇宙船の窓ガラスを棍棒で叩き割り、窓から跳ぶ。
目標地点は、当然に高梁お松の立つ空飛ぶ城。
備中松山城である。
備中松山城。
日本において、最も高いところに現存する山城である。
通常は、標高四三〇mの臥牛山小松山山頂にそびえ立ち、高梁市の町を見守っている。
しかし、有事の際は姿を変える。
備中松山城の別名は、『天空の城』。
あまりに高すぎる場所に位置するが故、雲海に包まれた幻想的な姿を見ることができるため、そう呼ばれている。
表向きは、だが。
備中松山城が天空の城と呼ばれる真の所以は、天空に在るからに他ならない。
鎌倉時代より存在する備中松山城は、千年前から続く大都会テクノロジーの結晶。
備中松山城は世界唯一の浮遊する城であり、天空どころか宇宙へも到達するのである。
宇宙空間に浮遊する宇宙船。
宇宙空間に浮遊する備中松山城。
その二つの間を、跳躍力によって移動せんとする青鬼。
「交渉決裂か。聞き分けのない鬼だ」
何の邪魔もなければ、青鬼は備中松山城への着地に成功していた。
備中松山城の領土へと。
「んにゃー!」
が、跳躍する青鬼の体は、高梁お松の足元に待機していた猫、さんじゅーろーのタックルによって阻止された。
腹部への激痛を前に、青鬼の表情は苦悶にゆがむ。
「た、たわけえええ!」
青鬼の感情とは逆走し、青鬼の体は宇宙船へと無理やり戻された。
割れた窓から青鬼は再び宇宙船の中へ入り、背中から床に倒れる。
「勝手なことをするからだ、馬鹿め」
赤鬼は青鬼の独断行動を叱咤し、そのうえで備中松山城を睨みつけた。
他の鬼たちもぞろぞろと窓に近づき、備中松山城を視界にとらえる。
「糞が! なんで俺たちの邪魔をする!」
黒鬼が叫ぶ。
「ああ、面倒だ。今すぐレーザーで撃ち落とそう」
緑鬼がやる気なく呟く。
「それはいい! 時空間ごとぶっ壊そうぜ!」
黄鬼が楽しそうに言う。
赤鬼は自身の眉間を親指と人差し指でつねった後、再び備中松山城を睨みつける。
「すべて許可する! 我らを愚弄した罪、死を持って償わせてやれ!」
青鬼も起き上がり、赤鬼の許可の元、五体の鬼は各々の方法で行動を開始する。
が、遅い。
遅すぎた。
高梁お松は言った。
交渉決裂か、と。
「貴様らは、再び天空の城の元にひれ伏すことになるだろう!!」
即ち、高梁お松の次の一手は、言葉ではなく実力行使である。
再び、という言葉が示す、かつての鬼退治で鬼を沈めた手段によって。
高梁お松は首にかけたペンダントの青い石を片手で握り込み、邪悪な視線を鬼たちに向けた。
鬼たちもまた、異様な雰囲気に視線を高梁お松へ向ける。
「大都会之雷」
滅びの青い光が放たれた。
ペンダントから発せられた目を開くことを許さぬ強烈な光は、鬼の視界を奪い、同時に宇宙船の制御を奪った。
宇宙船の機関部が破壊され、宇宙船の壁が剥がされる。
宇宙船は一瞬にして、その動きを奪われた。
「あぁあぁあぁあ!? 目が、目がぁ~!」
目を塞ぎ遅れた青鬼が、両目を手で押さえて吠える。
残り四体の鬼は光から目を隠すことに成功し、青い光が落ち着くとすぐに、周囲の状況を把握できていた。
「お、おのれ! 許さん! 許さんぞお! 覚えていろ! 全員、緊急脱出用の宇宙船に乗れ! この船はもう持たん!」
最も正確に把握したのは、赤鬼だ。
他の鬼に避難指示を出し、未だ視界を失っている青鬼を無理やり小型宇宙船に投げ込んで、自身も素早く別の小型宇宙船に乗り込んだ。
一人用の小型宇宙船。
鬼が五体、小型宇宙船も五機。
流れ星のように宇宙を駆け抜け、落ちるように地球へと吸い込まれていった。
滅びの光は小型宇宙船に、致命的でないまでも正常な運転ができないダメージを与えていた。
破片となっていく宇宙船に、落ちていく小型宇宙船。
「見ろ! 鬼がゴミのようだ!」
高梁お松は、避難する鬼たちの様子を天上より観察し、高らかに笑った。
鬼たちは、落ちていく。
岡山県へと。
落ちていく先に、既に岡山県の市町村長が待ち構えているとは、鬼たちは思ってもみないだろう。
防犯大国、岡山。
岡山県は、防犯ボランティア団体構成数が四十七都道府県中第二位。
向かってくる災厄に対し、即座に迎え撃つ体制を整えることができる。
「さあ、戦争の始まりだ」
全面戦争が、始まる。
人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。




