第15話 鬼
太陽系第三惑星。
地球。
その近くに、一機の巨大な宇宙船が浮かんでいた。
円盤型の宇宙船の中心にはだだっ広い部屋があり、部屋の中に五つの椅子が円状に置かれていた。
五つの椅子にはそれぞれ鬼が座っている。
二本の手と二本の脚を持つ五体の鬼は、座っている影だけ見れば人間に見えなくもない。
ただし、額から伸びる一本の角が、明確に人間ではないと示している。
椅子に座った五体の鬼たちは、顔を見合わせて首をかしげていた。
首をかしげる理由は単純だ。
餓鬼の生命反応の消失、そして放った毒ガスが時間停止という手段をもって止められたことへの疑問だ。
餓鬼の見た物聞いた物は、全て五体の鬼へと共有されており、だからこそ現状が信じられなかった。
餓鬼は人間を食らい、栄養を補給することで増殖し、偵察範囲を広げることができる。
想定であれば、地球全土が偵察範囲となっていてもおかしくはなかった。
当初の侵攻計画が大幅にずれたことで、鬼たちは怒り、戸惑い、考えていた。
「地球にこんな技術があるなんて聞いてねえぞ糞が!」
黒鬼が、不満の感情を吐き捨てる。
黒鬼の全身は、黒い瞳がどこにあるか迷うほどに黒く、まるで地面に伸びる影と同化しているようであった。
感情を吐き捨てた口の唇も、歯も、喉の奥さえどす黒く染まっていた。
「ああ、面倒だ。もう帰って寝よう。地球の侵攻など、手間をかけてやることではない。ああ、面倒だ」
緑鬼が、面倒くさそうに言う。
緑鬼の全身は、新緑のように青々しく、しかし不自然なほどにぎらぎらと輝いていた。
森林の中に紛れれば、即座に見つかってしまうほどに。
「もういっそ、時空間ごとぶっ壊そうぜ! そうだそうだ! そうしようそうしよう!」
黄鬼が、他の意見を踏み潰すほど大声で言った。
黄鬼の全身は、周囲への警告色に相応しく真っ黄色で、見るものすべてに警告を与えているようだ。
黒い目と併せれば、蜂の腹と同じ程度に危険のシグナルを出している。
「たわけ! 温羅様もおるのだぞ! 破壊なぞ出来るか!」
青鬼が、黄鬼の言葉を叱咤する。
青鬼の全身は、どんな恐怖に染まった時よりも真っ青で、海を皮膚で飼っているようだった。
叱咤に怒気が含まれていたが、体の青は僅かも赤に染まらなかった。
「よもや、地球人の欲がこれほどの技術力を持つに至るとは思わなかった。だが、結果は変わらん。時間停止程度、我々でもできる。地球侵攻に想定より少しだけ時間がかかる、それ以上でも以下でもない」
赤鬼が、現状を俯瞰したうえでの結論を放つ。
赤鬼の全身は、怒りよりも警告よりも赤く、五体の誰よりも存在感を放っていた。
手に持っていた棍棒を、杖のように床へ叩きつけ、周囲を鼓舞する。
「ああ、面倒だ。結局戦わなければならないのか。ああ、面倒だ」
やる気を示す赤鬼とは対極的に、緑鬼はため息をつく。
嫌なことから逃げるように席を立ち、気を紛らわせようと宇宙船の窓から外を除く。
キラキラと輝く星。
青々と輝く地球。
その両者が、緑鬼のささくれた心を、一かけらほど癒した。
「……ん?」
そこで、緑鬼は宇宙に気になる物を発見した。
「赤鬼」
「なんだ?」
「ここって、宇宙だよな?」
「なんだ突然。寝ぼけているのか」
地球を侵略するために宇宙へ出たことは、五体の鬼の共通認識。
まして、ここは宇宙船の中。
頓珍漢な緑鬼からの質問に対し、その質問の背景を探るように、赤鬼は緑鬼の元へ近づいた。
「宇宙に、城って浮かぶのか? そんな面倒なこと、誰かがしているのか?」
「……なんだと?」
緑鬼が指さす方を、赤鬼も見る。
そして、充血した眼をさらに大きくかっぴらく。
赤鬼の瞳に映ったのは、巨大な城。
地球を離れ、宇宙へとぽっかり浮かぶ城だった。
城は、鬼たちの宇宙船の横にぴったりと貼りつき、並走をしていた。
「ば、馬鹿な!? この宇宙船は今、ステルスモードなのだぞ!? 外部からの視認など、できるはずがない! い、いや、それよりも、何故城が浮かんで!?」
人類にとって、宇宙とは未知で不可視。
朧げな星々の光を観測し、その姿を想像するにとどまっている。
人類がステルスモードの宇宙船を見つけることなど、不可能と言っていい。
ただ、一つの望遠鏡を除いて。
「おー! 見えた見えた!」
岡山天文博物館。
浅口市鴨方町と小田郡矢掛町にまたがる竹林寺山の一角に建てられた博物館である。
竹林寺山には古墳時代以降の遺構と弥生時代後期の遺構が発見されており、歴史的価値の高さが窺える。
そして、岡山天文博物館に存在するのが、二つの望遠鏡。
即ち、『国立天文台百八十八センチメートル望遠鏡』と『京都大学せいめい望遠鏡』である。
国立天文台百八十八センチメートル望遠鏡は、国内最大級の百八十八センチメートル反射望遠鏡をはじめ、九十一センチメートル、五十センチメートルの反射望遠鏡、六十五センチメートルクーデ型太陽望遠鏡を備えている。
要するに、なんかたくさんのなんかを備えている。
無数の望遠鏡は太陽系の中に止まらず、さらに遠くの宇宙の奥にある天体の位置や明るさを探査してきた。
そして、国内で唯一、惑星を発見している望遠鏡でもある。
京都大学せいめい望遠鏡は、東アジア最大級の三メートル八十センチメートル望遠鏡を備えている。
その大きさは、惑星を発見した国立天文台百八十八センチメートル望遠鏡のおよそ倍。
国内で唯一、惑星を発見している望遠鏡の、倍である。
さらに、鏡を削る研削技術や分割鏡の技術には、将来の超大型望遠鏡を作る最新技術として注目されている新技術が採用されている。
まさに、大都会岡山の最先端な技術力がなせる業であり、卓越した陰陽師にして天文の動きを極めた安倍晴明の名を冠するに相応しい望遠鏡である。
これら二つの望遠鏡を有する浅口市は、日本で、いや世界で最も宇宙に存在する物体を発見する能力が高い都市。
即ち、宇宙技術大国、岡山。
「おーい、お松ー!」
宇宙船を発見した浅口平和は、位置情報を送信する。




