第14話 岡山県
市長村長が、乱暴に叩かれる扉に視線を移す。
特別応接室に全市町村長が集まっていることは、メッセージアプリによって岡山県庁の全職員に共有されている。
つまらない用事で扉が叩かれることなど、ありえないのだ。
逆を言えば、この扉の音は、緊急の連絡に他ならない。
「知事、私が」
「いや、良い」
立ち上がろうとした岡山水葉を言葉で制し、吉備武彦桃温羅は席を立って、特別応接室の扉を開ける。
特別応接室の廊下には、息を切らした職員が立っており、吉備武彦桃温羅を見て捲し立てるように話した。
「じゅ、重要な会議中に申し訳ありません! しかし、緊急事態です! テレビを! テレビをつけてください!」
「テレビ?」
職員と話をしている吉備武彦桃温羅に代わり、岡山水葉はすぐさま立ち上がってリモコンを手にし、特別応接室のテレビをつけた。
いつもであれば、バラエティ番組を放映している時間ではあったが、今日は違った。
特別応接室を訪ねて来た職員同様、この世の終わりのような顔で臨時ニュースを読むアナウンサーの姿が映っていた。
赤い文字で緊急事態の言葉が映っており、テレビ局側の必死さが伺える。
「き、緊急速報です! ただいまNASAから発表があり、地球の周囲に謎のガスが発生しているようです! ガスは大気圏を抜けて、地上に降り注ぐ可能性があるそうです! そして、もしガスに有毒性な物質が含まれていた場合、人類のほとんどが死亡する可能性があると推定されています! これを受けて日本政府は、全国民にガスマスクの配布を急ぎ進めているとのことです!」
「ふーむ」
事態を把握した吉備武彦桃温羅は、どこか納得したような表情で顎をポリポリと書く。
「知事! ごらんのとおりです! 至急、我々も何か対策を」
「必要ない」
吉備武彦桃温羅は、焦りを隠せない職員の方を向き、どっしりとした声で伝えた。
職員は一瞬呆気にとられ、しかしすぐに怒りと焦りの混ざった声で叫んだ。
「必要ないとはどういうことですか!? これは、岡山全体の……いえ、地球全体の問題なのですよ!?」
「必要ない」
が、叫びに対する吉備武彦桃温羅の声は、職員の予想外に穏やかだった。
吉備武彦桃温羅は職員の肩を優しく叩き、言い聞かせるように言った。
「既に、対策の準備は完了している」
「……は?」
「すまぬが、今は会議中だ。指示は、追って出す」
吉備武彦桃温羅の言葉を聞いて呆気にとられた職員は、全身の力が抜けてその場にへたり込んだ。
バタンと閉まった扉を見つめ、空っぽになった心のまま、しばし呆けていた。
――既に、対策の準備は完了している。
そして、その心の中に、吉備武彦桃温羅の言葉が満たされていく。
吉備武彦桃温羅の自信にあふれた言葉は、職員にも自信を与えた。
吉備武彦桃温羅の自信にあふれた振る舞いは、職員にも正しい振る舞いを与えた。
「お、おい、県知事はなんと!?」
遅れてやってきた別の職員に、彼は堂々と答えた。
「何も問題ない。怖がることはない。まずは、県知事の指示を待ち、指示が来ればすぐさま動ける体制とろう」
閉まった扉の先。
特別応接室を歩き、吉備武彦桃温羅は元の席に着く。
用を終えたと判断した岡山水葉もまた、テレビを消し、元の席に着いた。
吉備武彦桃温羅は再び『桃太郎』の本を手に取り、見せるように前へと突き出す。
「失礼した。だが、これで状況は皆に共有できたと思う」
吉備武彦桃温羅と職員のやりとりは、他の市町村長の耳にもきちんと届いていた。
市町村長たちは各々、身振りにて共有できたことを意思表示する。
「『桃太郎』によると、鬼は宇宙より飛来する。飛来した鬼どもは、第一段階として、偵察用の鬼である餓鬼をふりまく。第二段階として、毒ガスで世界を包み込み、地球に存在する生物を滅ぼす。そして第三段階として、いよいよ本丸の鬼が地球に降り立つ。今は、第二段階が始まろうとしているところと言ってよいだろう」
毒ガス。
それは生物を殺すための最適解。
過去の人間の戦争においても、有効な手段として使われている。
鬼たちもまた、同様の思考を持っているということだ。
人間と同程度以上の知性と知識を。
悪意的な。
「それで知事、対策の準備はできているのですよね?」
「無論だ!」
岡山水葉の言葉に、吉備武彦桃温羅は『桃太郎』の本を机に叩きつけながら立ち上がる。
「たった今より、『大都会憲法』第二章を施行する!!」
大都会憲法。
それは、日本国憲法と並ぶ、もう一つの憲法。
日本国憲法は、日本国民の自由と権利を守るために制定された最高法規である。
天皇を象徴とし、戦争を放棄し、三権分立や地方自治によって、平和を維持するための内容が盛り込まれている。
いわば、平時の法規。
対し、大都会憲法は、いつか訪れる鬼の襲来から地球全ての人類を守るために制定された最高法規である。
天皇を象徴とし、大都会岡山が創り上げた現代科学を遥かに超える大都会テクノロジーの使用を許可する内容が盛り込まれている。
いわば、有事の法規。
大都会憲法第一章。
第一章 天皇。
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
中略。
第二章 大都会。
第一条 大都会岡山は、日本国の首都であり、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 大都会岡山は、高すぎる技術力によって世界の技術バランスを乱さぬよう、平時においてその存在を秘匿し、有事においては技術力の行使、及び大都会岡山の県知事に日本国の全指揮権移譲を実施する。
「大都会テクノロジー、起動!!」
長机に小さな正方形の線が入り、さらに正方形を二等分するように線が入る。
二つの長方形は、両開きの箱のように左右へ開いた。
開いた中からは赤いスイッチがせり上がり、吉備武彦桃温羅は目の前のスイッチを拳で思いっきり殴りつけた。
岡山県庁が――否、岡山県の全てが地下へと沈んでいく。
山も、川も、建物も。
何もかもが沈んでいく。
令和六年。
東京都がミサイル攻撃に備え、地下シェルターの整備方針を固めた。
緊急時、都民は地下シェルターに逃げ込むことで、一時的にミサイルなどの脅威から身を守ることができる。
しかし、地下シェルターには欠点がある。
地下シェルター専用の空間ごとに食料や電源、通信設備を備える必要があるため、一つにつき億円単位の整備費がかかるコストの高さだ。
故に、都内全てへの整備は現実的でなく、一部の都民が恩恵を受けられるのがせいぜいだ。
対し、大都会岡山は、県一つをまるごと地下へ沈めることによって、新たな電源と通信設備の新設という課題を解決した。
岡山県という既存の巨大インフラをまるごと流用することで、圧倒的低コストで全県民への地下シェルターを実現した。
現代科学を遥かに超える、大都会テクノロジーの神業である。
全てが沈み切り、まっさらになった岡山県に地下より現れるのは、岡山県の真の姿『大都会岡山』。
旭川の側に現れるのは、東京ドームと見間違えるほど巨大なホールと、その上に立つ円柱型の建物。
何を隠そう、岡山県庁の真の姿である。
周囲には、百階建てを優に超える巨大な高層ビルの数々。
岡山県庁にこそおよばぬ高さだが、日本中を探し回っても大都会岡山以外では越えられぬ高さである。
新幹線の線路の近くには、宇宙エレベーターと見紛う細長い円柱が立ち、円柱の頂点にはユーフォ―のような円盤が引っ付き、青いライトをもって岡山市を照らしている。
大都会岡山が地上に現れたことで、『DONBURAKO』が起動する。
先に述べた通り、大都会岡山はその存在を秘匿する義務がある。
故に、時間を止めるのだ。
大都会岡山以外の、地球上全ての時を止めるのだ。
大都会テクノロジーが一つ、時間停止システム『DONBURAKO』。
大都会岡山が辿り着いた、完全防御システム。
時間が停止すれば万物は動くことができず、当然毒ガスも地球へ侵入することはできない。
地球の文明が三次元を支配しているならば、大都会は四次元目の時間をも支配している。
なお、時間支配の代償として、岡山県の時間は常に僅かな乱れを観測している。
例えば、週刊少年ジャンプの新刊は、岡山県では発売日に店頭へ並ばない。
ほとんどの書店に『新刊が並ぶのは発売日の二~三日後です』と貼り紙が貼られているほど、岡山県では発売日に店頭へ並ばない。
時間の乱れが、配達される日をゆがませるのだ。
代償である。
時間という不可侵領域に手を出してでも世界を守ろうとした、圧倒的技術力ゆえの代償である。
現代技術では説明できない武器が並んだ特別応接室で、吉備武彦桃温羅は立ち上がり、叫んだ。
「第一段階、餓鬼の侵攻には遅れをとった。第二段階、毒ガスの散布は防いだ。ならば第三段階、本丸の鬼の侵攻には先手をとる番だ!!」
力強く、勇ましく、吉備武彦桃温羅は机を拳で叩き、砕いた。
「鬼どもに目に物を見せてやれ! 岡山に来たことを後悔するようになればいい!!」
これより始まるのは、鬼退治。
人と鬼の、戦いである。




