第13話 岡山県
岡山県庁三階。
知事室と副知事室がある、岡山県庁の権力が集合する階である。
そして、同階には三つの応接室が存在する。
第一応接室、第二応接室、特別応接室である。
『第三』ではなく、『特別』の冠を授かった特別応接室は、特別なときにのみ解放される。
平成三十年。
厚生労働省が立ち上げた肝炎総合対策推進国民運動『知って、肝炎プロジェクト』の肝炎対策特別大使との対談。
令和三年。
ANAホールディングス株式会社との『地方創生の推進に向けた包括連携協定』の締結。
令和五年。
他の模範となる事業者を表彰する『岡山県経営革新アワード』の授賞式。
岡山県に革命を――否、世界に革命を起こす可能性がある場合のみ、特別会議室の開かずの扉が開かれる。
特別応接室の扉の中には、長机と椅子が置かれていた。
椅子の数は合計二十八。
岡山県の市町村の数と、もう一つである。
そして室内には、二十六の影があった。
長机の最も奥、即ち上座に座るのが岡山県知事、吉備武彦桃温羅である。
そして、吉備武彦桃温羅に最も近い位置に座るのが、岡山市長、岡山水葉。
室内に実体があるのは、その二人だけだ。
残りは全員が立体映像。
椅子に座っているように見えるが、その体は立体映像で透けている。
本人は特別応接室におらず、それぞれの市役所や町村役所からリモートでの参加だ。
リモート大国、岡山。
日本全体で外出の自粛が起きた時、岡山中学・高校は、文化祭の中止ではなくリモート文化祭へと切り替えた。
岡山県の宇野では、カードゲーム『UNO』の大会の参加者をリモートでも受け入れ、国内外問わずに参加できる大会を開催した。
岡山県は、リモートによる生活をいち早く取り入れた県なのだ。
さらに、宿場町として栄えた岡山県矢掛町では、AR技術によって当時の町並みを再現。
岡山市の新庁舎を建設する際は、3Dモデリング技術によって新庁舎のイメージ動画を公開。
岡山県は、立体映像の技術も当然のように保持している。
その結果が、特別応接室で実現している会議。
リモートによって全ての市町村長を即座に召集でき、かつまるで顔を合わせているような状況を創り上げているのだ。
これこそ、最先端IT技術の使い手、大都会岡山なのだ。
「全員、揃ったようだな」
吉備武彦桃温羅は自慢の顎髭を撫で、周囲を見渡しながら言った。
特別応接室の中には、二十六。
即ち、県知事一人と、二十五の市町村長がいる。
「揃っていません。高橋市長と浅口市長が来ていません」
吉備武彦桃温羅の言葉に、岡山水葉が起立し、挙手して意見する。
岡山水葉の短いツートンヘアーは、右が青色で左が緑色。
岡山市の美しい水と美しい新緑を表していた。
額に巻いたハチマキには『OKAYAMA』の文字が書かれ、自身の岡山愛を明々と示されている。
一方で、着衣しているスーツは黒い無地のシンプルなもので、岡山県という巨大組織を運営する一人であると、形式的に主張している。
「うむ。高梁のと浅口のには、別件を対応してもらっておる。この場にいないのは、私の指示だ」
「そうでしたか。失礼しました」
理由が分かると、岡山水葉はすぐさま着席し、背筋をピンと伸ばして次を待った。
吉備武彦桃温羅は再度周囲を見渡し、他に意見がある者がいないか確認したうえで、改めて前を向いた。
「まずは、突然の招集に応じてくれたことに礼を言おう。すでに皆、違和感に気づいてはいるだろうが、私の口から言葉にさせてもらおう。岡山に、鬼が出た」
どよめきは、あがらなかった。
この場にいるのは、大都会岡山の一員にして市町村長。
岡山県への違和感など、あくびをしている間にも察することができる実力者たちだ。
まして、鬼。
岡山県において、鬼退治は太古の歴史より続いてきた宿命であり、市町村長となった者は義務教育のようにその事実を学び、後世に継いでいる。
「新庄の」
「はい」
吉備武彦桃温羅が顔を新庄姫子の方へ向けると、他の二十五人の顔も一斉に動いた。
新庄姫子は軽く礼をし、口を開く。
「私が確認したのは早朝。空に浮かぶ黒い球が畑に落ち、そこから鬼が生まれました。見た目は……そう、まるで一つ目の巨大なカマキリでした。その後、鬼を倒し、県知事に報告をあげました」
「うむ。迅速な対応、感謝するぞ新庄の」
「恐れ入ります」
新庄姫子の言葉で、この場にいる全員が鬼の姿を共有した。
即ち、一つ目とカマキリ。
自身の継承した情報にある鬼の姿とすり合わせ、頷き納得する者もいれば、首をひねる者もいた。
「新庄のから報告を受けた私は、他の鬼を洗い出すために美作のに電話を入れた。美作の」
続いて、吉備武彦桃温羅は美作さかの方へと顔を向ける。
「県知事からの連絡を受け取った拙者は、すぐにベルピール自然公園へ向かい、リュバンベールの鐘を鳴らしたでござる。そして鐘の音を反響を聞き、久米南町、浅口市、美作市に一体ずつ、鬼がいることを確認したでござる」
「うむ。美しい鐘の音だった。新庄のの話と併せると、鬼は、我らが岡山県に四体落とされたということだな」
「左様でござる。拙者はすぐさま久米南殿と浅口殿に連絡し、拙者自身も美作市に現れた鬼を成敗したでござるよ。ただ、新庄殿の話と違って、美作市に現れた鬼は巨大なアメーバの形をした一つ目の鬼でござった。誠に斬りにくかったでござるよ」
「うむ。鬼の形は不定、ということだな」
美作さかの言葉で、この場にいる全員が鬼の特徴を共有した。
鬼は一つ目である。
鬼は巨大である。
そして、鬼に特定の形はなく、地球の生物の姿をまねている。
「久米南の、お前のところに現れた鬼はどうだ?」
「おお、私のところは一つ目のニホンザルであった。闇に囚われた、哀れな魂であった。南無阿弥陀仏」
吉備武彦桃温羅の言葉に、久米南歌然は既存の情報に捕捉するよう答えた。
「うむ。この場にはいないが、浅口のも、ゴリラのような鬼が出たと言っていた」
鬼退治を終えた市町村長の話をすべて聞き終えたところで、吉備武彦桃温羅は一冊の本を取り出した。
吉備武彦桃温羅が岡山県立図書館から借りてきた『桃太郎』の本を。
「全て、我らが先祖が残してくれた記録の通り。そして、かつての歴史が繰り返されるならば、四体の鬼はただの雑魚鬼。侵略先を観測するための先発隊にすぎぬ。いよいよ、真の鬼が降ってくると言うわけだ」
ピリリと緊張感が走る会議室。
その扉が、何度も乱暴に叩かれた。




