第12話 浅口市
餓鬼は察した。
この相手には、今のままでは勝てないと。
屈伸をしている浅口平和の動きは、少なくとも餓鬼の脳にインプットされたデータにはなく、それ故対処法もわからない。
データがなくとも力押できれば勝機はあったが、現実は見ての通り。
餓鬼の力は、明らかに浅口平和に劣っていった。
餓鬼は、生きることを諦めた。
ドンッ。
ドンッ。
ドンッ。
ゆっくりとした、ドラミングの音が響く。
餓鬼は、浅口平和を殺す気で殴るのと同じ強さで、自身の胸を殴った。
肋骨が悲鳴を上げる。
心臓が悲鳴を上げる。
ドクンドクンと脈打つ餓鬼の心臓は、餓鬼の拳によって無理やりに強く脈打たされる。
血の流れが加速し、生物の限界を超えて血が全身を巡る。
加速した血の流れは、餓鬼の身体能力を限界以上に引き出した。
餓鬼の目が真っ赤に充血し、目から血が涙のように流れ出す。
餓鬼は、限界を超えた力で地面を蹴った。
蹴った場所のアスファルトが砕け、宙へ放り出される
「うおっ!?」
「ウボオオオ!!」
浅口平和が気づいたときには、餓鬼の体が目の前に存在し、その拳が浅口平和の腹部にめり込んだ後だった。
「ぶふぅ!?」
浅口平和の体が、後方へ吹き飛ばされる。
餓鬼は、吹き飛ばされる浅口平和に脚力で追いつき、その体を蹴り上げる。
屋根よりも高い空中を漂う浅口平和は、自分の状況を確認しようと周囲を見渡し、組んだ両手を上に掲げている餓鬼と目が合った。
「うおおっ!?」
「ウホオオン!!」
餓鬼の組んだ両手が、再び浅口平和の腹部を撃ち抜く。
浅口平和は隕石のように落下し、民家の屋根を突き抜け、一階の床で大の字になって倒れた。
「痛くはねえけど、市民の家壊しちまった……。市長なのに」
浅口平和の後を追うように、餓鬼が床へと着地する。
当然、家が損傷することなど気にかけることもない。
バキバキに割れた床の上で、餓鬼は浅口平和を思いっきり殴り飛ばした。
壁を砕き、民家を囲むブロック塀を破壊し、浅口平和は道路をごろごろと転がった。
「ウホオ!!」
民家の壁の穴を自分が通れる大きさまで強引に砕き、餓鬼は民家の中から姿を現した。
「よっと」
ぴょんと跳びはねて起き上がる浅口平和を見て、餓鬼の恐怖がぶり返す。
どうやれば殺せるのか、答えを求めて全身が震える。
一方、浅口平和は笑った。
「おめえがドラミングした時、血の流れが加速したのが見えた。そういうパワーアップの方法があるのを知れてよかった。おめえとここで会えてよかった。これで俺は、まだまだ市民を守ることができる!」
浅口平和は脚を広げ、膝を九十度に曲げる。
そして、弾性を帯びた脛を縮め、ポンプのように血を全身に巡らせる。
浅口平和の身体能力を限界以上に引き出す。
「お前はもう、俺にはついてこれねえぞ。『大都会2』!」
真っ赤に染まった浅口平和の体からは、蒸気が噴き出し始める。
餓鬼は、血の流れを加速させる代償として、寿命を支払った。
如何に鬼の体といえど、本来起こるはずのない速度で血が全身を巡れば、体の負担は死へ近づくほどだ。
しかし、浅口平和の体は弾性を持つ。
血管も、心臓も、帯びた弾性によって血の流れを受け止めている。
膨大な疲労感という代償だけで、浅口平和は餓鬼の技を奪ってみせた。
「ウホォ……!」
「ノビノビの……JET銃!」
餓鬼には見えなかった。
浅口平和が腕を伸ばした瞬間も。
浅口平和の拳が餓鬼の腹部にめり込む瞬間も。
途方もない痛みを感じたころには吹き飛ばされ、地に付していた。
浅口平和の攻撃をかわすことはできない。
そう思い至った餓鬼は、立ち上がり、自身の筋力を固めた。
血の流れを無理やり操作し、筋肉の位置を無理やりずらす。
餓鬼の体の前面を、鉄壁のように固くする。
攻撃を受け止め、一撃で返り討ちにする。
それが、餓鬼の見出した唯一の勝機。
「ノビノビのおぉおぉぉぉ!!」
浅口平和は両手を後ろに伸ばし、消えたと思えるほどに高速の走りで餓鬼に接近する。
「ウホオ! ホオッッッ!!」
そして、弾性によって戻る速度と浅口平和の走る速度が掛け合わされた両腕が、餓鬼の腹部にめり込んだ。
餓鬼の体は、立ったまま後ろへ下がる。
道路から浮き上がらぬ足は、アスファルトを削り進んでいく。
数メートル下がった時点で動きが止まり、立ったままの姿勢を保ち続けた餓鬼は、勝ち誇ったような笑みで浅口平和を睨みつける。
「……本当に頑丈な奴だな」
浅口平和は、倒れない餓鬼に敬意を称して、笑った。
そして、倒すことができなかった餓鬼に追撃をしようと、両手を構えた。
「おっ?」
が、餓鬼の体は崩れていった。
腕が落ち、膝が崩れ、腹がひび割れて砕け落ちていく。
ボキリと折れた首と共に、笑ったままの頭部が道路へ落ちる。
頭部は、道路とぶつかった場所から崩れ始め、ボロ炭のように小さく砕けていった。
餓鬼の体の全てが消滅した時、ようやく浅口平和は戦いを止めた。
体の赤は、通常の色に戻る。
浅口平和はそのばに座り込み、空を見上げた。
「あー、しんどー」
浅口市を守ることができた。
市民を守ることができた。
それだけで、浅口平和の心は満たされていた。
「市長ー!」
戦いを終えた頃、浅口市役所本庁の職員たちが浅口平和に追いついた。
浅口平和は声のする方を向き、笑顔で手を振った。
「おー! お前たちー!」
職員たちも、浅口市の市民であり、浅口平和が守りたい存在なのだ。
浅口平和の元気な様子に、職員たちは安心し、浅口平和の元に駆け寄った。
そして蹴りを入れた。
「いってーな!? 何すんだよ!?」
「この馬鹿市長! 勝手に動くなっていつも言ってんでしょうが!」
「なんだよ! 勝ったんだからいいじゃねえか!」
「良くありません! こんなに道路も壊して! 直すのにどれだけの税金がいると思ってるんですか!?」
「俺は難しいことはわかんねえ! お前らに任せた!」
「こ、この馬鹿市長!!」
軽口もまた、平和の証。
わいわいと賑やかに、今日も浅口市の日常は続いていくのだ。
「そうだ市長。今回の件、県知事への連絡は入れておきますね」
「おう! 任せた!」




