モン
歩みを進めたカナトは天高くそびえる城壁の前に着いた。城壁には二階建ての建物ほどの大きさの城門が備え付けられていた。
城門には銀色の甲冑に銀色の兜、腰には切れ味の良さそうな直剣、右手に長物の槍を装備した衛兵が2名、門番として睨みを利かせており、そこを通ろうとする新人達を物言わぬまま、静かに見つめていた。
(凄い威圧感だな...)
若干緊張しながらも、他の新人同様、門番の前を通る。2名の刺すような視線を感じた。門番はカナトの顔と頭上を交互に見ると、正面に向き直り、次の通行人に視線を移した。
門番がいるという事は、門を通らせたくない存在がいるという事に他ならない。そして、門番の視線を考慮すると、自ずとその存在が何かがカナトには理解出来た。
“PC殺し” 通称 赤名前
他PCを意図的に攻撃・PKした事で、キャラクターの表示ネームが白色から赤色に変わっている事を指す。
PKする目的は様々だが、主な目的は2つ。
1つ目は、PCが戦闘、その他により死亡した時に負うペナルティ、通称デスペナルティによるアイテムドロップを目的とした“商業PK”
2つ目は、単純に人を殺す事を目的とした“快楽PK”
門番は、こうした赤名前が街に侵入しないように目を光らせている。今までの情報を精査し、カナトは結論付けた。
その結論を裏付けるように、門番はカナトを始めとした通行人の顔と頭上を注視している。
恐らく、門番NPCには、通行人の頭上に名前が見えており、名前と顔をデータとしてworldのAIに染み込ませているのであろう。
(見るからに強そうな装備をしているからな。あの門番だったら、赤名前も街に入れないな)
そう思わせる強さが、門番2名からは発せられていた。街の中は、安心して過ごす事が出来ると思いながら、カナトは城門を通った。
城門を抜け、王都アリストラに足を踏み入れる。すると目の前に、初狩り前にも見た看板がその存在を主張していた。
“どこでも宿屋”
「...もしかして」
色々な思いを交錯させながら、どこでも宿屋の入り口を開けた。
「へーい!いらっしゃい!休憩かい?お泊りかい?転送かい?」
割腹の良い、声の大きな男がカナトを出迎えた。年齢は40歳程であろうか。頭の上で1つに結んだ赤毛と、顎髭が特徴的であった。
看板と同じく、この光景も、このやり取りも初狩り前に体験した物であった。
「...さっきも会ったね」
「はーん?お客さんとは初めましてだ!誰かと勘違いしてるんじゃ?」
「え、でもさっき広場から狩場へ転送してくれたじゃないか?」
カナトの言葉に、声の大きな店主は眉間に皺が寄った。
「“広場の”と勘違いしてるのか!?よーく見ろ!こっちの方が髭の艶も良いし、歯だって白い!!」
声の大きな店主は自慢の髭をひと撫でし、ニカッと笑って自慢の歯を見せた。
それでも違いは分からない。というより何処からどうみても初狩り前に転送してくれた店主であった。
(...全く同じ容姿なのに違う人物っていうのはあれか。ポケットの中のモンスター的なやつの回復センターシステムか)
親戚の叔父さんが子ども時代に流行っていたというゲームを譲ってくれて、プレイしていた幼少期を思い出した。携帯型のゲーム機で行うゲームで、そのゲームの中にあるモンスターを回復する施設の受付キャラクターも、どの街に行っても同じ姿であった。
(...違う人物であるという事を強調したいのか)
このような設定を今後も目の当たりにするであろう事はこの時に予測出来た。とにかく今はこの設定を受け止め、装備を売る露店が多いであろう先程の広場に戻る事を優先する事にした。
「確かに、立派な髭だね。それに歯も凄いきれいだ。」
「おお!分かってくれたか!一番髭の艶が良くて歯が白い“東門の”店主だ!覚えておいてくれ!」
「ここは東門なのか。覚えておくよ」
「そうだ!ちなみに“南南東の”店主も中々に髭が綺麗だ!何でも、わしの髭の艶に憧れて、髭の手入れを入念に行っているんだそうだ。うかうかしてると1番の座を“南南東の”に取られてしまうってんで、わしも最近はより入念に...」
「分かった分かった!髭の話は凄い面白いし、参考になるから、おれに髭が生えてきたらまた教えてよ!とりあえず、広場までの転送をお願いしたいんだけど」
「こりゃーすまん!髭の事になるとついアツクなっちまって!」
本来の自分の仕事を思い出し、鍵束から一本の鍵を抜くと、カナトに差し出した。
「105号室だ!転送のやり方は...分かるよな!?」
「うん。行きたい所を考えながら椅子に座ればいいんだよね」
「まぁそれでもいいけどよー。もっとすまーとな方法を教えてやろうか?“広場の”は教えてくれなかったであろうな!」
“東門の”店主は“広場の”店主に対抗心剥き出しである。
「スマートな方法って?」
「それはな、行きたいとこを想像しながら椅子に足から飛び乗るんだ!そうすれば、尻餅をつく事なく足から転送先に着地出来る!」
そんな方法があったのか。その方法であれば、転送先で尻餅をついて周囲から冷笑を帯びた視線を浴びる事は回避出来るであろう。
「なんで“広場の”店主は教えてくれなかったんだろう」
カナトの言葉に、“東門の”店主は眉間に皺を寄せて吐きすてるように話始めた。
「“広場の”は新人に教えないんだ!あいつは、てめーが靴が乗った椅子の拭き掃除をしたくないからって新人には教えないんだ!しょーもねーやつだろ?だからあいつに1番大切な第一階層の広場の店主は務まらないんだ!!!」
次第に言葉に熱が籠もる。このままここにいると愚痴を言う相手にされてしまうので、105号室に向かう事にした。
「教えてくれてありがとう。遠慮なく足から乗らせて貰うね。えーと...」
「“東門の”だ!俺たちに名前は無いし、必要も無い!!」
カナトが名前を気にした事が嬉しいのか、自分の不満を少しでも人に話せた事が嬉しかったのか声の大きな店主“東門の”は大きな声でガッハッハと高らかに笑った。
「じゃあ“東門の”。行ってきます」
「おう!また利用してくれ!」
カナトは105号室の鍵を開け、広場を想像しながら椅子の上に足から飛び乗った。