奪う男と見抜く男
人物紹介
室生 初音 : 地方の芸大生
室生本家のお役目候補
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
中の人は月島秀青で芸大の助手をしていた
室生 御影 : お役目様の内孫三人衆の内一人
霊的能力を持つ 初音の婚約者
雨宮 青児 : ハザマ様の異母兄弟 絵の才能が凄い
昨夜はオールナイトで愛し合ったため、とにかく眠たくて仕方がない。今日はアトリエで卒業制作に全集中する日だ。授業がない分、どうしても気が緩んでしまう。
(す、少しだけ……ほんの少しだけ寝よう……)
私は作業机に突っ伏してじっと息を潜めていたが、抗いがたい強烈な眠気に誘われ、そのまま深く眠りこけてしまった。
*****
……どれくらいの時間が経ったのだろう。
ハッと体を起こす。静まり返ったアトリエで、頭を振った。
ん? 何かがいつもと違う……。
(なに……? なにか違和感を覚える)
あ、……婚約指輪がない!!
鎖に通していつも首にかけていた大切な指輪が、胸元から消えているのだ。
血の気が引く思いで周囲を探すと、机の上のスケッチブックに、見覚えのある筆跡でメッセージが残されていた。
『君の大事なものは、僕の家のアトリエで預かっている』
(青児さん……!? なんでこんなことをするの! 大事な大事な指輪なのに……! 私から奪うなんて!)
強い怒りと抗議の思いを胸に、私は彼の家へと走った。
*****
青児さんの家に着くと、彼の姿は見当たらなかった。
松脂のような強いテレピンの匂いが充満するアトリエを探していると、中央のイーゼルに描きかけの大きなキャンバスが置かれているのに気づく。
吸い寄せられるように近づいて息を呑んだ。そこに描かれていた女性は……私だ!
これを見せたくて、私の指輪を奪っていったの……?
キャンバスをじっと見つめていると、不意に頭がくらくらと眩暈を起こした。
……視界の端がぐにゃりと歪み、色と光が混ざり合っていく。手足の先端から感覚が消え、急激に力が抜けていく……!
(ど、どうしよう……!)
助けを呼ぼうと口を開いても、唇が痺れてうまく動かない。朦朧としていく意識の中で、私は必死に胸元のチャームへ祈りを捧げた。
(GPSチャーム……お願い、御影様をここへ導いて……!)
意識が今にも消え入りそうになったその時、ハンカチで口元を押さえた青児さんが目の前に現れた。
「……よっぽど、大事な指輪なんだね。やっぱり来た」
青児さんは床に倒れ込んだ私の身体を静かに抱き上げると、アトリエの隅にあるモデル用のソファへと横たえた。
「テレピンに、スコポラミンを混ぜたんだ」
(な、なんで……こんなことをするの……?)
声にならない視線で問いかけると、彼は冷たい唇を私の唇に重ねてきた。そして、私の胸元のボタンを外そうとしてきた――その時。
カチャン、パリン! と窓ガラスが割れる激しい音がアトリエに響き渡った。
「俺の女に、何してんの?」
怒りに満ちながらも、恐ろしいほど静かな声。
ガラスを割って鍵を開け、そこに立っていたのは……御影様だった!
「……………!?」
青児さんは顔を強張らせ、絶句している。
「そんなに人の女が欲しいわけ? 女ばっかり追いかけてないでさ、そろそろご自分の内面と向き合ってみたら?」
御影様は床に落ちていた青児のパレットナイフをひょいと拾い上げた。
「俺はお前みたいな絵の才能はないが……今から面白いもん見せてやんよ」
そう言うと、御影様は手に取ったパレットナイフを両手のひらに挟み込み、サイコメトリーで残留思念を読み取り始めた。
「お前が中二の時、母親が家を出て行ったな。その時に言われた言葉が、お前のその後の人生を歪めた。
『父親を本妻から奪うために子供をつくった』と。……お前は母親の『道具』として生まれてきたわけだ」
青児さんは顔を真っ青にし、全身を微かに震わせながら、俯いて御影様の言葉を聞いている。
「でもな、やっぱり母親なんだな、家から出る時、お前が物心ついたころから描いた絵を全て持って行ってる。息子が描いてプレゼントした母の絵も」
青児さんは俯いた顔を上げ、ハッとして御影様に視線を移した。
御影様は筆を取り、パレットの油絵の具を染み込ませた。
「お前の母親は……今、ここにいる」
御影様は、青児さんが描きかけていた私の肖像画の上にわざと筆を走らせ、母親が暮らす場所の地図と大まかな住所を書き込んでいった。
そして、呆然と固まる青児に、諭すように静かに言ったのだった。
「会いにいってやれよ……そうしないと、いつまで経っても人から奪い続ける人生になるぞ」




