爆弾教授の講義と、ゆるい犬のスケッチ
室生 初音 : 地方の芸大生
室生本家のお役目候補
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
中の人は月島秀青で芸大の助手をしていた
室生 御影 : お役目様の内孫三人衆の内一人
霊的能力を持つ 初音の婚約者
雨宮 青児 : ハザマ様の異母兄弟 絵の才能が凄い
『化学・芸術論』の授業中のことだ。
この授業を担当している教授は、なんでも爆発物の権威でもあるらしい。
最初は真面目に化学の講義をしているのだけれど、だんだんと爆発物や爆弾の話が止まらなくなっていく。
「昔、温度が高くなると吹っ飛ぶ爆発物をうっかり覗き込んでしまってね。それが爆発して、今は目があまり見えないんですよ……」
そんな物騒な話に耳を塞ぎたくなりながら、私は教授の目を盗み、手元のノートにこっそりと落書きをして時間を潰していた。
長沢芦雪や円山応挙といった、江戸時代に活躍した画家が描いたような『ゆるい犬』の絵だ。
我ながら力の抜けた線に満足して楽しんでいると、ふと、斜め後ろからじっと見つめられる気配を感じた。
振り返ると、すぐ後ろの席に雨宮青児さんが座っていて、頬杖をつきながら微笑ましそうに私の落書きを覗き込んでいるではないか。
今は授業中だ。声を出して誤魔化すこともできず、私は大学内でもトップクラスの実力者に気の抜けた絵を見られた恥ずかしさから、ばっと両手でノートを隠した。
*****
チャイムが鳴り、学生たちがざわめきながら教室を出て行く中、青児さんはさっそく「さっきの絵を見せて」と声をかけてきた。からかわれると思った私は、必死に言い訳をする。
「あ、あれはただの息抜きの落書きだから! 本気を出せば、もっと上手く描けるの!」
「人目を気にせずに描いた絵にこそ、その人の本質が出るんだよ。僕は、君を知りたいんだ」
彼はいつものように少し影のある瞳で、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「えぇ……?」
「ここの学生が描く絵は、教授からの評価やライバルである学生を意識した絵ばかりだろ? でも、さっき君が描いていた絵はのびのびしていて、すごく良かった」
「犬がうんちしてるポーズとか、散歩に行くのを嫌がってリードを引っ張ってる絵とかだよ……? いくらなんでも、青児さんに見せるのは恥ずかしいよ」
「……僕のも見る?」
そう言って、彼は自分のスケッチブックを差し出してくれた。覗き込むと、猫派らしい彼が描いた、LIMEのスタンプになりそうな愛らしい猫のイラストが並んでいた。
「わあ、このままLIMEのスタンプになりそう! 青児さん、こういう可愛い絵も描けるんだね」
私が和やかな空気に心から感心していると、彼はさらりと言ってのけた。
「今日、僕の家に来ない?」
いきなりのお誘いに、心臓がドキンと跳ねる。
「私の婚約者、かなり嫉妬心が強くて……。坂井さんが一緒なら行きます」
「彼女、今日はアルバイトで来られないんだ」
「じゃあ、また坂井さんのバイト休みの時に呼んでください」
ふぅ、なんとか断れた。
できるだけ、疑われないようにしなければ。御影様や……坂井さんに。
私が内心で密かに安堵の息を吐いていると、彼はふっと目を伏せ、どこか寂しげに呟いた。
「残念だな。君にまたモデルになって欲しかったのに」
――どきりとした。甘く、危険な響きだった。
才能ある画家に特別な存在として求められるなんて、自分の自尊心がものすごくくすぐられる……。
私は少しだけ揺れそうになる心をぐっと堪え、真っ直ぐに答えた。
「青児さんに『モデルになってほしい』と言っていただけるのは、とても嬉しいです。でも、さすがに坂井さんや自分の婚約者に不誠実なことなので……」
「わかった、諦めるよ。……それじゃあ今日、一緒に食事しない? 食事くらいなら構わないと思うんだけど?」
一歩引いてからの、見事な再提案。家に行くのを断った手前、それすらも無下に断るのは気が引けたし、何より少しだけ彼のペースに呑まれていた。
「学食でなら……」と条件付きで、私はそのお誘いを承諾することにしたのだった。




