次期お役目の誕生
お役目様の具合が悪くなったのは、春の初めのことである。
床に伏した御園様の息は日ごとに細くなり、屋敷の者は皆、死期が近いと悟っていた。お役目様が逝けば、次のお役目を継ぐ者が決められるのが習わしだ。
圧倒的な力を持つ屋敷神が憑いた者がお役目となる。
次期お役目候補とされる五名が急遽、屋敷へと召集された。屋敷の大広間に五人の候補が座っている。
ハザマ様、御影様、律様、陸様、そして私、初音。
誰も口を開かなかった。行灯の火が、五つの影を畳に長く伸ばしていた。
「今夜が峠だろうな」
ハザマ様が低くつぶやいた。御影様は目を閉じたまま動かない。陸様は膝の上で手を握りしめ、律様はただ天井を見上げている。
初音だけが、じっと襖の奥を見つめていた。
その奥の間で、お役目様は静かに息を引き取ろうとしていた。
お役目様の魂は……張り詰めていた糸がふつりと切れたのがわかった。呼吸の音が止まり、部屋に重苦しい沈黙が落ちた、その時だった。
スッ……と音もなく襖が開き、小さな影が座敷へと足を踏み入れた。
「光くん……?」
私が止める間もなく、彼は迷いのない足取りでお役目様の枕元へと進み出た。あの世とこの世の『狭間』に佇む、無垢な少年。
いつもは感情を表に出さない彼の片手には、淡く神秘的な輝きを放つ、一つの美しい玉が握られていた。
「あれは……死返玉か……!?」
御影様が微かに声を震わせた。
それは、死者の魂を現世へと呼び戻すとされる、秘宝……物理的なものではなく、エネルギーが凝縮され、光の玉になっていた。
光くんがそっとその玉をお役目様の胸元に掲げると、部屋中の空気が一気に研ぎ澄まされ、目も眩むような清烈な光が弾けた。
強烈な神気が渦を巻き、生と死の境界線が曖昧になり、部屋全体が異次元に接続されたかのような圧倒的な霊圧。
やがて光の渦がお役目様の体を優しく包み込むと、止まっていたはずの胸が、わずかに上下し始めた。血の気を失っていた頬に、再び生気の色が差していく。
「う、ん……」
お役目様が、ゆっくりとその目を開かれたのだ。死んだはずの魂が、現世へと生還を果たした瞬間だった。
誰もが言葉を失い、ただ目の前の奇跡に圧倒されていた。
ハザマ様も、御影様も、律様も陸様も、そして私も。五人の候補者全員が、震えるような静寂の中で同時にひとつの真理を悟っていた。
次代お役目を巡る家同士の思惑など、最初から意味を持たなかった。
生と死の理すらも覆し、死返玉を己の手足のように扱う強大な力。
それを屋敷神が与え、何の気負いもなく行使できる、この幼き少年——光くんこそが、誰もが納得するほかない『真の次期お役目様』だった。




