あの子は狭間に佇む光
四国八十八か所巡りを終えられたお役目様は、お屋敷にお戻りになってからしばらくの間、静かに休養をとられていた。
実務的な対応はハザマ様にすべてお任せし、ハザマ様が活動限界で動けなくなった時は御影様がサポートするという、見事な連携体制が整っていた。
お体の具合を伺うべくお見舞いに訪れた私に対し、お役目様は私の胸の奥を見透かすように、優しく穏やかな声をかけてくださった。
「……初音、御影との婚約はやめてもいいのよ? いきなり自分とは血のつながりのない子が現れて、しかもその子が普通の子ではないとなれば、これから先どれほどの苦労があるか分からないから」
お役目様の慈愛に満ちた言葉を受け止めながら、私は誤魔化すことなく、自分の本当の気持ちをお伝えした。
「……私は以前、ハザマ様との婚約のお話をいただいた時、自分の身に余る責任に恐れをなして逃げ出しました。室生の家を担う覚悟もなく、自由を失うのが怖くて……御影様の優しさに逃げ込んだんです。今のこの状況は、きっと私のそうした打算に対する報いなのだと思います。だからこそ……今度は逃げずに、私自身も我慢することなく、御影様をどう支えていくべきか、それだけを考えています」
私の言葉を静かに聴いていたお役目様は、ふっと目を細め、愛おしそうに微笑んだ。
「あなたが屋敷神に好かれる理由が、よく分かるわ……」
「ふふっ……どうせなら屋敷神様じゃなくて、普通に男性にモテたかったのですけれど」
「男性との恋愛にはどうしても期限があるけれど……あなたなら、もっと尊くて大切なものを掴み取れるはずよ」
お役目様の温かなエールに、私は深く感謝を込めて微笑み返した。
*****
それから後日。御影様が連れてきた男の子は、一目見た瞬間に「これは……DNA鑑定なんて受けるまでもないのでは?」と思ってしまうほど、御影様の幼少期に生き写しの顔立ちをしていた。
だが、その子は言葉を発することができず、何を考えているのかも全く読めない不思議な雰囲気を纏っていた。一人にしておいてもぐずることもなく、何時間でもただそこに静かに座り続けている。
その無垢で、どこか浮世離れした佇まいを見つめているうちに、私の口から思わずその言葉が零れ落ちていた。
「……あ。この子、ハザマ様だわ」
かつて私が少女の頃、小学校の校庭で遠目に見かけた、あの静寂を纏ったハザマ様の姿そのものだったのだ。
私の呟きに、御影様も静かに頷いた。
「……そうなんだよ。この子は……あの世とこの世の狭間にとどまっている子なんだ」
「……この子のお名前は?」
「光だ」




