結婚前の秘密開示
私の誕生日に婚姻届を出そう——そう二人で決めた日。私は意を決して、御影様に向き合った。
「結婚する前に、お互いに隠し事がないか確認しておきたいんです。……私の借金は、奨学金の三百五十万円です。そして、過去にお付き合いした人は……月島秀青さん一人だけです」
私の決死の自己開示を聞いて、御影様は呆れたように息を吐き、冷ややかな視線を向けてきた。
「初音、それさ……お前の秘密なんてそうたいしたものじゃないから、先に自分から言って俺の秘密を聞き出そうってぇの? ……天然なのによく考えたな」
「だって、おかしいじゃないですか! 惟光さんはボケたふりして私の質問をかわすし、ハザマ様は『もう忘れた』なんて言うし……絶対に触れちゃいけないタブーに触れてるとしか思えません!」
私がぐっと身を乗り出して詰め寄ると、御影様はようやく観念したように深くソファに背を預け、苦々しく吐き捨てた。
「……四年以上も前のことだ。当時、俺は『これだ』と思った女性を屋敷に連れてきたことがある。容姿は抜きん出て綺麗で、教養もあった。だが……母さんが彼女の本性を見抜いて、婚約に辿り着けなかったんだ。いわゆる、玉の輿狙いだったからな」
「……上昇志向の強い方だったんですね」
「そう言えば聞こえはいいがな。婚約が絶望的だと悟ると、彼女は強硬手段に出たんだよ。避妊具に針で穴を開けるという手にな……」
「あ……。ま、まさか……」
「子供ができた。彼女はその既成事実を突きつけて母に詰め寄り、半ば強引に婚約までこぎ着けたんだ」
「え……っ!? それからどうなったんですか?」
————嫌な予感しかしない。
「彼女がこの屋敷に入り込んでからが、本当の修羅場だった。……彼女、屋敷の中でハザマを見かけて、一目惚れしたんだよ。それまで純粋な恋なんてしたことがなかったらしくてな……あろうことかお腹の子を堕ろすとまで言い出した」
「……っ!?」
「俺も必死で説得したんだぞ? ハザマは当時、一日二〜三時間くらいしかまともに動けないし、床ずれができないように面倒みなきゃいけないから、お前が思うよりずっと大変なんだってな」
「そ、それで……どうなったんですか?」
「ハザマは彼女に『興味もないし、意中の人がいる』と、冷たくはっきり断った。俺は彼女に『子供は俺が引き取るから、お願いだから産んでくれ』と頭を下げて頼んだが……彼女は『子供は堕ろすから』と、そのまま屋敷を飛び出していった。それきり、会っていない」
痛々しいほど握りしめられた御影様の手が震えていた。
「………………本当に、お子さんがどうなったか真相はご存知ないのですね?……」
「……探そうと思えば、今からでも探し出せる。だが……当時の心の傷がぶり返すのが怖くて、俺には探す勇気がないんだ」
「だから、惟光さんもハザマ様も、あんなにはぐらかしたんですね……」
「昔の傷をほじくり返しやがって! だから言いたくなかったんだよ……。子供が本当に俺の子だったのかも、それとも本当に堕ろされたのかさえ、俺は知らない」
御影様は苦痛に顔を歪め、吐き出すように言った。
「……彼女をハザマに一瞬で奪われた時のトラウマが残ってたから、初音が雨宮に言い寄られて落とされそうになった時、つい激昂してしまったんだ。……ハザマのあの顔が、憎くてたまらない」
「……ハザマ様自身は、何も悪くないじゃないですか。……それより御影様、お子さんが無事に生まれているかどうか、今からでも調べましょうよ。私も絶対にお手伝いしますから」
「……もし生まれてたら、初音はどうすんだよ? 俺の隠し子を引き取って、一緒に育ててくれるっていうのか?」
どこか試すような、それでいて怯えた瞳で尋ねる御影様に、私はまっすぐ視線を返した。
「普通に考えればですよ?ちゃんとDNA鑑定をした上で、適切な環境下で責任を持って育てましょう」




