御影様の過去はタブー
お母様の一言から、御影様が今までに何人かお付き合いしていた女性がいたことが発覚した。
「今まで、元カノのことなんて……何ひとつ教えてくれなかったじゃないですかぁ!」
私が唇を尖らせて彼を責めると、御影様は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……言っても喧嘩にしかならないだろ? 過去のことなんて、俺だって言いたくねーよ」
私は胸の奥で渦巻く、やきもきした気持ちを隠しきれないまま問い詰める。
「——今までに、どんな人を連れていったんですか?」
「そうだな……。ただ俺が好きになっただけの女は、母さんに見抜かれてことごとく弾かれたな。今回は、初音のあの無欲さが気に入られたんじゃないか?」
「……そこまで見るんですね、お母様は」
「そりゃあな。連れてきた女が金目的じゃ、『家』を維持できないんだよ。特にうちみたいに、霊的な祀り事を重んじる家ではさ」
御影様はふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それに、初音がうちの屋敷神に好かれてるってことは、惟光から母さんに報告済みだからな。そりゃあ、白川の家としては初音との繋がりを欲しがるよな」
「……なんだか複雑です。それって、私自身の人間性を気に入ってくれたわけじゃなくて、屋敷神様に好かれている『私のステータス』をお母様が評価しただけですよね。少しがっかりしました」
私がため息をつくと、御影様は私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「あの屋敷神に気に入られるってこと自体が、なかなか稀なことなんだから……そこはもっと誇っていいぞ」
「う……」
——と、見事に丸め込まれ、肝心の『元カノの話』からは意図的に話題を逸らされてしまった。
結局、過去の女性関係については何ひとつ聞き出すことができなかったのだった……。
*****
御影様がどうしても教えてくれないのなら、惟光さんに聞くしかない!私は廊下を通りかかった惟光さんをサッと捕まえると、直球の質問を投げかけた。
「ねえ惟光さん、御影様が昔お付き合いしていた女性たちのこと……こっそり教えてもらえませんか?」
すると惟光さんは、心底困り切ったような顔で恭しく頭を下げた。
「申し訳ありません、どちら様のことでしょうか……? 年のせいか、さっぱり忘れてしまいましてね。最近は特に物覚えが悪くて……それでは、失礼いたしますね」
そう言うや否や、恐ろしいほど滑らかな足取りで立ち去っていった。
「うわぁぁー! あからさまにボケたフリされたー! 惟光さーん、ひどい〜!」
私が去り行く背中に向かって抗議していると、いつの間にか後ろに立っていたハザマ様が呆れたように声をかけてきた。
「惟光は白川家の犬だからな。期待しない方がいいぞ」
ハザマ様に言われて、私ははっと思い出した。
そういえば惟光さんは、御影様のお母様が室生家に嫁がれた際についてきた、白川家ゆかりのお付きの人だったのだ。
日頃から惟光さんをあまり信用していない様子のハザマ様は、彼の動向を鋭く警戒しているらしい。
「今でも逐一、白川の方へ屋敷の報告を入れているからな」
(あ……そういえば前、惟光さんが『ハザマ様は用件以外の事は一切話されませんね』って言っていたっけ)
ハザマ様がここまで惟光さんを用心し、距離を置くのはなぜなのだろう。素朴な疑問をぶつけてみた。
「月島家と白川家って、別に仲が悪いわけじゃないですよね? ハザマ様がぶっちぎりでお役目様になる可能性が高いから、ライバル視されているだけで……」
するとハザマ様は、どこか遠くを見るような静かな瞳で首を横に振った。
「……その、ぶっちぎりでお役目になる可能性が高かったのは、五歳までの幼い頃までだったんだ。年々、可能性が低くなっているのは周囲にも知られていることだ。……私が純粋な『器』じゃなくなってきたからな」
「あ……秀青さんが、ハザマ様という『器』に入っちゃったから……ですか?」
「そう」
ハザマ様自身の苦悩や複雑な境遇が透けて見え、私は胸がぎゅっと締め付けられた。けれど、彼という存在が今ここにいてくれる愛おしさを込めて微笑んだ。
「でも……私はこうして秀青さんに会えるだけでも、すごく嬉しいですよ」
素直な気持ちを伝えたつもりだったのに、ハザマ様はフイッと顔を背けると、急に子供のように拗ね出したのだった。
「……ふん。さっきまで御影の元カノのことしか頭になかった癖に。……私も奴のカノジョのことなんか、すべて忘れたからな」
そう捨て台詞を残すと、さっさと自分の部屋へ戻っていってしまった。
(ええぇ……!?)
結局、誰も私に御影様の過去を教えてはくれなかったのだった……。まるでそのことがタブーであるかのように。




