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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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25/30

25.総理官邸

 忠道と香帆が乗車した輸送防護車は立花班長がハンドルを握り、助手席には中村小隊長が座っていた。


 そして二人が座る向かいの席には、木暮SPが仲間のSPと共に乗り込んでいた。


「世利さん、ご無事で何よりでした。悪意に憑依され意識が戻ったのは世利さんだけだと聞いて

驚きました。早速、預かっていたものをお返し致します」


 木暮SPは鞄から忠通の拳銃と警察手帳を差し出した。


「咄嗟の事で本当に助かりました」


 忠道は頭を下げながら受け取ると、拳銃の弾倉を開いて弾数を確認した。


「確かに。ありがとうございます」 


「あの状況で冷静に武器を手渡されたのは正義感以外の何物でもありませんよ。だから世利さんが

指名手配されるなんて有り得ないと信じていました」


忠道は静かに頷くと手を伸ばし、木暮SPと固い握手を交わした。



 首相官邸前の交差点に、SPの黒塗り車両が先頭となり、輸送防護車と機動隊のワンボックスが

静かに停車した。


 各車両からは制服の異なる隊員たちが静かに降車し、木暮SPを先頭に二列縦隊で、総理官邸入口の

検問を敬礼して通過した。


そして一行は総理官邸前のアプローチを、公邸に向かって気配を殺して進んだ。最後尾に続く忠通は、

香帆のヘルメットに装着したアクションカメラに写り込まない様に、香帆の斜め後ろを歩いていた。


 カメラのライブ映像は、市ヶ谷の本部でモニターされており、全ての隊の情報を統括していた。


 玄関に入ると通常は左右に入口をガードするSPが立番しているのに誰も居ない。


 木暮SPは不審を抱きながら、赤い絨毯が敷かれた階段を二階へと進むと、執務室入口の左右を守る

SPの姿も無かった。


 携帯無線に小声で呼びかけたが誰も応答しない。


 異常事態に木暮SPは警棒を取り出し、もう一人のSPに部屋への突入の合図を送った。


 木暮SPが執務室の扉を静かに開けて中の様子を伺うと、ソファーに石村総理が横たわっていた。


「総理!」


 想定外の状態に隊員達はその場で凍り付いた。すると後方にいた北波医官が駆け寄り、石村総理の

脈と呼吸を確認した。


「まだ生きています。特に外傷はないようなので意識を失っているだけの様です。すぐ救急車を

呼びましょう」 


「一体何があったのだ?」


 中村小隊長が声を上げると、香帆は天井際に設置された小型カメラを見つけた。


「監視カメラの映像はどこで見られますか?」


「玄関横にある警備室でモニターしています」


 木暮SPの返答を受け、機動隊は石村総理の警護に残り、他のメンバーは一階にある警備室へと

向かった。そこにも常駐している筈のSPの姿は無かった。


 直ちに監視カメラの映像を確認すると、十五分ほど前に大泉防衛大臣が執務室を訪ねて、石村総理と

握手を交わした所で、総理がソファーに倒れ込む映像が残されていた。


 すぐさま中村小隊長が市ヶ谷の作戦本部に状況を報告すると、防衛大臣を除く閣僚からは悪意の

抽出が成功し、倒れていた石村総理の状態を鑑みると、大泉防衛大臣が総理から悪意を取り出し、

逃亡したとの結論になった。


 香帆はヘルメットに装着したアクションカメラの録画スイッチを停止させ、忠通に顔を寄せた。


「石村総理は高齢だから、ファザーは閣僚の中で一番若い大泉防衛大臣乗り換えたのかな?」


「多分そうだよ。突入の気配を察して行動に出たんだな。それに警護のSPも全員居ないということは、

SP達もファザーの分身に憑依されたのだろう」


「ファザーの分身が分散したなら、本体の力は弱まっていれば良いけど……」


 香帆が呟き、衛星電話を切った中村小隊長が声を上げた。


「作戦本部の決定で、これから臨時ニュースを流し、大泉防衛大臣の行方を一般に公開して情報を

得るとの事です」


 警備室の壁にあるテレビのスイッチを入れると、臨時ニュースが始まっていた。


 総理官邸のプレスセンターから誰も居ない記者席の向こう側で、官房副長官がカメラの前に立って

会見を始めた。


「昨晩発生した無差別殺傷事件以降、悪意を持った綿帽子に石村総理以下、閣僚が憑依されましたが、

今夜二十一時に自衛隊と警察の混成チームの活躍で各閣僚から悪意を除去することに成功しました。

しかし唯一、大泉防衛大臣の所在が掴めて居りません。よって大泉防衛大臣を見かけた方は、

最寄りの派出所か警察署へご連絡下さい。併せて市民の皆さんは、昨晩同様に外出を控える様に

お願い致します」


「これで足取りは掴めそうだな。所で石村総理以外の閣僚も昏睡状態だろう。昨日から同様に昏睡した

人々は世利警部補以外、誰も目覚めていないよな。せめて閣僚だけでも小花さんの奇跡の光で

目覚めさせることは出来ないかな……」


 中村小隊長の問い掛けに、香帆はマザーに訊いてみた。


「奇跡の光を何度も使うと体力を消耗するので、出来れば閣僚を一か所に集めて頂けないでしょうか」


「やって頂けますか。ではすぐ作戦本部に連絡してみます」


 中村小隊長はすぐさま作戦本部に連絡を入れると、総理官邸の記者会見室に閣僚を集めることとなり、

忠道と香帆は公邸を出て総理官邸へと向かった。


 

 記者会見室は、昨日の騒動が何事も無かったかのように、椅子は片付けられ、中央に広いスペースが

設けられていた。


 忠通と香帆はヘルメットを脱いで壁際の長椅子に座り、渡されたペットボトルのお茶で喉を潤した。


一息つく間もなく、ストレッチャーに載せられた総理大臣が運び込まれ、その後、救急車のサイレンと

共に、大臣を載せたストレッチャーが次々と到着した。


 それぞれ帯同した医者や看護師がストレッチャーを囲み、会見室はあっという間にごった返した。


 小暮SPが二人に近づき小声で耳打ちした。 


「全閣僚が揃いましたが、光を放つときは閣僚だけにしますか?」


 香帆は即答せず、忠道に視線を送った。


「マザーどうしますか?」


「そうね、ファザーが神の評判を下げたので、私が挽回のために、皆さんにマザーの存在を知って

貰いましょう」


「分かりました。では閣僚が乗ったストレッチャーを会見室の中央に並べて頂き、医療スタッフや

閣僚警護のSPは廻りで見学して貰いましょう」


 香帆の提案に、小暮SPは大声で指示を出した。


 そして香帆は徐に立ち上がると、中央のストレッチャーで眠る石村総理の傍に立った。


「皆さん、私はこれから閣僚の意識を戻すために祈りを捧げます。奇跡の光を放ちますので驚かないで

下さい。その光は私の身体に宿るマザーという守護神の力です。昨晩からファザーという破壊神が

無差別殺傷事件を引き起こしていますが、マザーの意識はファザーの暴走を止める為に、私たちに

力を貸してくれています」


 香帆は思い出したようにバックからカメラを取り出し、忠道に撮影を頼んだ。


「それでは始めます」


 取り囲んだ医者や看護師の怪訝な表情を気にもせず、香帆は徐に両手を広げた。


 無意識の動作は、マザーの意図なの?と一瞬、疑念を抱いたが、昏睡状態の閣僚達を助けたいという

思いは揺るがない。


 ――忠道を助けたときと同じ気持ちになればいい。 


 香帆は石村総理の疲れた寝顔に意識を集中した。


 ――眠りから目覚めて! お願いマザー、力を貸して下さい!  


 香帆の身体の奥底から何かが沸き上がり、そして両肩を通して腕から手先へと伝わり、指先が仄かに

輝き始めた。


 その光は次第に輝きを増し、黄金色の光の粒となって零れ落ち、総理の頭部を包んだ。


 そして香帆が両手を上に掲げると、流れ出す黄金色の光の粒が他の閣僚の上にも降り注いだ。


 廻りを囲んでいた医者や看護師たちは一瞬身構えたが、危険が無い事を悟ると、揺れる光に手を

差し出した。


 そして床に横たわって目を閉じている救急隊員も居た。


 彼らは皆、昨晩から次々と救急搬送される患者達の対応に追われ、一睡もせず治療にあたり疲労は

限界を超えていた。


 降り注いだ光はその疲れた身体に染み渡った。


 奇跡の光を体験した人々は、お互い顔を見合わせて、目の下の隈が消え去り、輝く瞳になっていると、

指を差して笑い合った。


 気が付けば光は収まり、記者会見室には奇跡を目撃した人々が立ち尽くしていた。


 そしてストレッチャーの上で、閣僚達が起き上がり辺りを見回した。


「目覚めて良かった」


 香帆の呟きで人々は我に返り、担当する大臣の元へ駆け寄った。


「降りないで! 横になって下さい!」 


 看護師たちの声が響き、集まっていたストレッチャーが一斉に広がった。


「香帆、大丈夫か?」


 忠通が香帆の背中に声を掛けると、振り返った香帆の身体がよろめいた。


 忠通は咄嗟に手を伸ばして細い体を受け止めた。


「ちょっと力がぬけちゃった……」

「少し休もう」


 忠通はさっきまで座っていた長椅子に香帆を座らせた。


「市ヶ谷では平気だったのに……」

「家に帰って休みたいところだけど、休ませてくれないみたいだ」


 二人が座る長椅子の前には、看護師たちが集まり香帆に向かって手を合わせていた。


 そして看護師に支えられた石村総理が顔を出した。


「また君たちが助けてくれたのか……どうもありがとう」


 忠道は総理と握手を交わしながら、大事なことを思い出した。


「総理、私達を指名手配されましたが、解除して頂けますか?」

「そんな命令は出していない。私に憑依したファザーの仕業だろう。すぐ解除させるよ」


 石村総理は香帆に手を伸ばした。


「奇跡の光で助けて頂いたそうで、本当に感謝致します」

「意識が戻って良かったです」


 香帆は総理の手を軽く握り返し、優しく微笑んだ。


「マザーに色々お話を伺いたいのですが……そうはいかない様ですね」 


 中村小隊長が駆け寄り声を上げた。


「ファザーの居場所が分かりました。市民の通報で防衛大臣とSP達が、東京スカイツリーの展望台に

居たそうです」


「香帆、行けるか?」

「大丈夫よ。行けるわ」


 立ち上がった香帆は再びふらついた。忠通が支えたが、どう見ても辛そうだ。


「このまま香帆を家に連れて帰りたい……」


 忠道が香帆の肩を強く抱き寄せた。


「私も帰りたい……だけど私たちがファザーを止めないと、誰も止められないわ」


 香帆は腕を振りほどき、忠道の正面に立った。


「私にはマザーがついているわ! 絶対、負けない。さあ行くわよ」


 忠道は香帆のいつもの調子に安堵した。


――俺が香帆を絶対守る! 


 忠通は心に誓った。


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