24.市ヶ谷記念館(旧陸軍総司令部)
市ヶ谷駐屯地へと向かう車両は、目立たない様に時間を空けて朝霞駐屯地を出発した。
忠道と香帆は小隊長が乗る輸送防護車に再び乗り込んだ。
後部座席の防弾窓は小さく、座ったままでは外の景色は見えない。
心地よい揺れの中、香帆は忠道の肩にもたれて眠っていた。
腕を絡め、握った手の温もりで、忠道の心は幸せな気持ちに包まれたが、この先、手を放した後に、
再び手を繋ぐことが出来るのか……とネガティブな感情に囚われた。
――何が起きようと、香帆の傍に居て、身を挺してでも守り抜く!
忠道は自分自身に言い聞かせた。
車は減速し、高速道路から一般道へと降りると、信号待ちで停車した。
ハンドルを握る班長が振り返って声を上げた。
「あと十五分程で市ヶ谷に到着します」
隊員達は一斉に身支度を始めた。
携帯無線機を装着して通信の確認を行い、靴紐を強く結び直して荷物を抱えた。
その一切の無駄がない動作は、日々の訓練の賜物だ。
忠道は感心しながら香帆と無線機の確認を行った。
準備が整った所で、車両は市ヶ谷駐屯地の正門に到着した。
市ヶ谷駐屯地は戦前、陸軍省の参謀本部が置かれ、戦後はGHQに接収されて、その後、自衛隊に
引き継がれていた。
そして輸送防護車は、その陸軍総司令部があった市ヶ谷記念館前に到着した。
時間を置いて特殊武器防護隊の車両が次々に到着し、降車した隊員達が玄関前に整列した。
全員の到着を確認すると、小隊長が姿勢を正した。
「これから大臣毎の班に分かれて行動することになるが、各班のリーダーは我々が担う様なので、
班員の安全を最優先にしてくれ。頼んだぞ」
「はい!」
統制の取れた精鋭たちの機敏な動きを、後方から忠道と香帆は見守っていた。
忠道がふと横を見ると、香帆は取材用のカメラを構えて撮影していた。
腕にはプレスと書かれた腕章を着けて、堂々と撮影している姿に忠道は感心した。
「撮影許可取っていたの?」
忠道は小声で香帆に訊いた。
「総理官邸用の腕章なら、市ヶ谷駐屯地でもカバーしているわ」
香帆はニヤリと微笑み、動き出した精鋭部隊にレンズを向けた。
玄関のエントランスを抜け、奥の大講堂に案内されると、そこには黒スーツを着たSP達と、
背広やジャンパーを着た刑事達、そして制服を纏った屈強な機動隊の隊員達がそれぞれの島を
作っていた。
その中に特殊武器防護隊のメンバーが割り込み、新たな島を作った。
小隊長は忠通と香帆を連れて、正面の長机に並ぶ幹部達の前へと進んだ。
「朝霞所属の特殊武器防護隊八十名到着しました」
中央に座って敬礼に応えた幹部と目線を合わせると、それは懐かしい顔だった。
「おお、中村一尉、久しぶりだな」
「ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」
日焼けした顔で微笑んだのは、中村小隊長が特殊武器防護隊に配属されたときの上官だった。
今は統合作戦司令官として陸、海、空の領域横断作戦を指揮していた。
中村小隊長は忠通と香帆を紹介した。
「お二人は生中継で見ましたよ」
司令官が気さくに手を差し出すので、忠道と香帆は恐れ入りながら握手を交わした。
「一特防は既に市中に散った綿帽子を回収して廻ったと聞いたが、成果はあったのか?」
「はい、観測機器に留まっていたものは、七割ほど回収できました」
「そうか、では現在の敵と称されるものを一番知っている君たちに、特別班の指揮を取って貰いたい」
「了解しました」
それから中村小隊長は、ファザーとマザーの存在を司令官に伝えて、この場で説明する許可を得た。
挨拶が終わると早速、統合作戦司令官が壇上に立った。
「今、我が国は未知の侵略者の攻撃を受けている。そして現在、総理大臣以下、閣僚達が侵略者の
悪意に憑依されたとの情報を得た。よってここに国を守る諸君ら精鋭部隊に集まって貰った。
悪意が憑依したとはいえ、閣僚を取り押さえて悪意を抽出し、本来の内閣の機能を回復しなければ
ならない。よって各部隊はそれぞれの特性を生かし、閣僚を傷つけること無く、作戦の遂行を
お願いしたい。作戦の詳細は悪意の抽出に成功した特殊武器防護隊の中村小隊長にお願いする」
司令官は一礼して壇上を後にすると、中村小隊長がマイクの前に立った。
自己紹介をして会場を見回すと、そこに集まった精鋭達は、全員が小隊長を凝視していた。
「我が特殊武器防護隊は総理官邸に於いて、警察庁長官から抜け出た悪意が、運悪く憑依した
横浜署の世利警部補を保護し、朝霞駐屯地の隔離室で悪意を抽出することに成功しました。
まずは先に映像を見て頂きたい」
正面の大型モニターには、香帆がパソコンを繋げて、総理官邸の記者会見室で拘束された警察庁長官
から抜け出た白い綿帽子が映し出された。そして映像がクリアに映った所で香帆は画面を静止した。
「これが悪意を持った綿帽子です。大きさはテニスボール程度で、憑依された者を拘束すると抜け出す
ことが分かり、我々は抜け出した綿帽子を、このパスタの瓶に閉じ込める事に成功しました。
その綿帽子は他の無差別殺傷事件の現場でも出現しています」
続けて流れたのは、愛が集めた事件現場の映像だった。犯人が拘束されるシーンから始まり綿帽子が
抜け出る五か所の映像が、発生場所のテロップと共に流れた。
集まった男たちの中から驚きの声が上がった。
「そして最後は綿帽子を確保した場面を見せます」
映像は隔離室で忠道が隊員達に押さえつけられて、悪意が抜け出し、瓶に確保した所で終わった。
「このように悪意が憑依された者を複数人で押さえつけると、頭部から綿帽子が抜け出すことが、
そこに居る最初に犯人を逮捕した世利警部補のチームが発見しました」
急な紹介に、忠通と香帆は恐縮した顔で軽く頭を下げた。
「ではこれから諸君は各隊の人数分けに従い、在京中の閣僚の人数である十八班に分かれて頂きたい。
各班の指揮は陸自の特殊武器防護隊が行い、大臣拘束の先導は警護で現地を知るSP、そして大臣の
拘束はSPと刑事が中心となり、綿帽子が出たら一特防が確保し、そして機動隊員は出入口を塞ぎ、
大臣が逃亡しようとしたときに阻止して頂きたい。当然、想定外の事態が起きると予想されるので、
その場合は適宜、大臣と諸君の身の安全を最優先にして対処して欲しい。そして決して綿帽子には
触れない様に。憑依された場合、その人物が新たな脅威になります」
そう言うと中村小隊長は会場の男たちの顔を見廻した。
「ここまでの所で何か質問がある方は挙手願います」
小隊長の投げかけに機動隊の隊員が手を上げた。
「綿帽子が悪意の塊だということは分かりましたが、その綿帽子自体の正体は何ですか?」
中村小隊長は忠通と香帆に視線を送った。
「では、その説明は横浜署の世利警部補と、横浜新聞記者の小花さんにお願いします。お二人は現在、
指名手配されていますが、悪意に乗っ取られた総理の命令だと確信していますので、我々はお二人を
信じ、こうして行動を共にしています」
二人は壇上に上がり忠通がマイクを受け取った。
「私は横浜署捜査一課の世利です。総理大臣官邸の記者会見室で悪い見本を演じたので、憑依されたら
どうなるかは、分かって頂いたと思います」
忠通が間を置くと、会場からは失笑は起きず、真顔が静かに頷いた。
「では前後しますが、これから綿帽子が出現した経緯をお見せします」
忠通の前説で、香帆は学から入手した宇宙線が観測された映像と、無差別殺傷事件が発生した場所の
映像を流した。
「このように、極高エネルギー宇宙線が降り注いだ場所と、犯行現場が一致したことにより、今回の
無差別殺傷事件は、宇宙から飛来したモノが悪意を持ち、人に憑依して事件を起こしたと考えました。
そして特殊武器防護隊が各地の観測機器を調査し、その機器の中に残っていた綿帽子を多数回収し、
その仮説が証明されました」
会場にどよめきが広がったが、すぐさま男達の視線は忠通に集中した。
「地上に降り注いだ極高エネルギー宇宙線が悪意を持ち、無差別殺傷事件を引き起こし、抜け出したのは
綿帽子ですが、その正体は……万物を司る神でファザーと名乗りました。ファザーは滅亡の神で、
地球に必要のない人類を排除するのが目的だと話しました。そして四散したファザーが無差別殺傷事件を
引き起こしましたが、今、閣僚に憑依したファザーは、国家権力を悪用して大規模な行動を起こすと
思われます。よって国と国民の生命を守るために皆さんに集まって頂きました」
「神に立ち向かうなんて無理だろう!」
「勝つ見込みはあるのか?」
会場に広がった動揺に忠通は香帆に視線を送った。
そして静まる様に両手を上げた。
「今、人々を傷つけているのはファザーという破壊神ですが、ファザーが居るなら当然、守護神である
マザーが居らっしゃいました」
「冗談はやめろ! もう帰るぞ!」
機動隊隊長の声に、一番端の列が帰り支度を始めた。
「ちょっと待ってください!」
香帆が慌てて壇上に駆け上がった。
「私は横浜新聞記者の小花です。この世利警部と宇宙線研究所の天海研究員とは幼馴染で、今回の事件で
行動を共にしてきました。そして先ほど説明のあったマザーですが、訳あっていま私の身体にいます」
会場に失笑が広がった。真顔で話したのに……香帆は慌てた。
――マザー、信じて貰えません。マザーが直接話して頂けますか?
――そうしましょう。香帆の声を貸してください。
「では、皆さんに信じて貰えるために、今、マザーに替わります」
香帆が静かに目を閉じると一瞬にして会場が静まった。
そしてゆっくりと目が開くと、慈悲深い眼差しが会場を静かに見廻した。
「私は天地創造の神で……守護神のマザー」
声質は香帆なのに、口調が全く別人だった。
「今、ここにいる皆は、辛い記憶を抱えている様ですね。私の存在を信じて貰うために、貴方達の
苦悩を浄化しましょう」
そういうとマザーは会場を包み込むように両手を広げた。
するとその指先が微かに光り始めた。
男たちは一瞬、条件反射で身構えたが、悪意の無い安全な光だと感じ取り、力を抜いた。
そして小さな黄金色の光の粒は指先から零れ出し床に落ちると、跳ねる度に数が増え、輝きは波を
打って会場全体に広がった。
次第に光の粒は輝きを増し、眼も開けられない程の眩しい白い光の中に、男たちは包まれた。
優しく温かい光。
遠い昔に忘れ去った無条件の母性愛。
息を吸う度に身体の中に温もりと安らぎが広がっていく。
そして男たちの心の奥底に幾重にも積もった苦悩は、光に洗われ四散した。
気が付けば光は消えて、静寂の中、嗚咽する声が聞こえていた。
男たちはいつの間にか零れた涙を拭い、周りの同僚と顔を見合わせた。
言葉で確かめる必要もなく、全員の眼光が精気に溢れていた。
「最初に謝らなければなりません。我々天地創造の神はこの地に人類の審判に訪れるつもりでしたが、
不慮の事故に遭い大気圏で意識が四散し破壊神と守護神が分離してしまったのです。そして散らばった
破壊神の分身達は審判を下すことなく、人類の排除を始めたのです。本当に申し訳なく思います。
皆さんにはこれから国の指導者たちに憑りついたファザーを確保して、排除を止めさせる為に、
私に力を貸して下さい」
マザーが男達の顔を見廻すと全員が静かに頷いた。
「きっと貴方達がこの国と人々を守り抜くと、私は信じています」
マザーは微笑み静かに目を閉じた。
そして目が開くと申し訳なさそうな顔をした香帆が現れた。
「信じて頂けて良かったです。私も新聞記者ですが、この国の人々が幸せに暮らせる事を願うのは
皆さんと同じです。どうか宜しくお願いします」
香帆は頭を下げながら雛壇を降りた。
そして中村小隊長の指示で男たちは各班に分かれて集まった。
SPが各閣僚の所在地の見取り図を広げて、侵入経路から大臣の居室への道順を確認した。
各班は覆面パトカーや自衛隊の人員輸送車に乗り込み、閣僚達の所在場所へと出発した。




